巻頭企画
「つながる工場」の本質と課題
IoTがもたらす製造業の革新とはどういうものなのか?
第4次産業革命と謳いドイツが官民一体となり進めているインダストリー4.0 の姿が次第に明らかになり、世界中で製造業のIoT 化に向けた動きが活発になってきた。
わが国でも製造業IoTのプラットフォーム化を進めるIndustrial Value Chain Initiativeに100社以上の製造業が集まっている。
IVIは本会の生産システム部門の「つながる工場」分科会が母体となった。
生産システム部門の元・現・次期部門長が集まり、「つながる工場」の本質、課題、それがもたらすインパクトについて語った。
出席者プロフィール
<フェロー> <正員> <正員> |
「つながる工場」の本質は自律化?
日比野:今日のテーマは、近年注目されている「第4次産業革命」と言われている製造業のIoT 化がもたらす本質的な意味と、そのインパクトの大きさです。最初に、私たちが「つながる工場」と呼んでいる製造業のIoT 化が「革命」といわれていますが、その辺についてご意見をお聞きしたいと思います。
まず、日本機械学会で「インターネットを活用した『つながる工場』における生産技術と生産管理のイノベーション研究分科会」を立ち上げ、現在IVI(Industrial Value Chain Initiative)理事長をされている西岡先生からお願いします。
西岡:革命の本質、みたいな話はどう答えていいか難しいですね。まず、これは革命なのかというところから議論しないといけません。ひとつ言えるのは、ものづくりにおいて、機械とか制御とかいわゆる理系の数式を使って語ってきた世界ではない要素が相当増えてきた気がします。つまり、従来の工学の世界から、人とか経営組織とか、いろんなファクターが増えてきて、議論の対象の次元がひとまわり大きくなったと感じています。
日比野:今は第4次産業革命と言われていますが、第3次と第4次の間には、日本では例えば1995年~ 2005年ごろに実施された経済産業省企画の産学官連携による国際共同研究プロジェクトIntelligent Manufacturing Systems(IMS)プロジェクトがあって、生産システムのデジタル化、自動化、自律分散化などの研究開発が行われたと思います。多くの優れた研究が行われましたが、IT デバイス、プラットフォーム、通信などのインフラや基本的なソフトウエアが十分でなく、やりたいこととできることに乖離があった。それが、IT のデバイス、産業用ミドルウエアなどのプラットフォームやソフトウエアが揃ってきて、これからIMS などの研究内容が実現可能になる変換点になるのかなという気がします。
西岡:自動化の話は第3次なんですよね。第4次はオートメーションじゃなくて「オートノマス」「自律化」「相互のコミュニケーション」ということで、繰り返しや効率の延長線ではないところです。延長線であることは大事ですが、「つながる」という部分が加わらないと第4次とは言えません。
日比野:つながる工場という言葉は西岡先生が作られたんですか?
西岡:いわゆる「スマートマニュファクチャリング」の「スマート」をどう訳すか迷ったのですけども、賢いっていう言い方もありますが、賢い工場っていうのがピンと来なかったので、「つながる工場」というふうにずっと言ってます。つながることがスマートであるための必要条件であるような気がしています。
野中:つながる工場という言葉はすごくいいと思います。欧米だとコネクティビティーという視点から機能だけで議論をするので、やはり社会とか実際の生活がどう変わるかというイメージが入った方がいいですね。本質というところでは、オートメーション、繰り返し生産と言われていた時代から、自律生産、自律的にものづくりをやる、というところが一つの変換点だと思います。繰り返しの精度を上げるという話だけではなく、自律であるが故にさまざまな仕組みを変えていく必要があります。ルールとか規制、標準化も全部変えていかないといけない話になってくるので、自律と自動というのはもう全然違うインパクトがあるのかな。そこの不連続点が第3次と第4次の差なのかなと私は感じます。
西岡:自律システムは、分散制御でも議論されますが、より一般的にいえば、複数が指令を出すことでシステムは混乱します。しかしそのほうが、ロバストだったり、あるいは拡張性とか成長性とか、その都度侃侃諤諤(かんかんがくがく)、議論する方がソサイエティーに近い。間違うかもしれないが、トータルでは非常に安定する。そもそも、対象の世界が広がると自律分散するしかなくなります。
サイバーはデジタルで表現されたリアル
野中:自律になると再構成が容易であるとか、成長ができるとか、まさにつながるところをダイナミックにできるという広がりを持てる。そこが「つながる工場」の核になると思います。そのためには、アナログをデジタルに変えないといけない。でも、デジタル化ってどこまでできるのかということが問題になる。例えば、モーター1個とかロボットだったらデジタル化は容易ですが、工場丸ごととかサプライチェーン丸ごとになると、デジタル化って何だっけ?となるので、まだこれからの議論になると思います。
日比野:私が主査を務めさせていただいている「つながるサイバー工場研究分科会」*1 ではCyber Physical Production System (CPPS) という言葉を使っていて、「転写率」が大事であるといってい
ます。転写はモデル化と言ってもいいのかもしれませんが、全てを転写できるとデジタル世界を通じて意思決定ができるようになっていくと考えていますので、現場を見なくてもひょっとしたらサイバーの世界を見ることで意思決定ができる可能性があります。
野中:転写でまず重要になるのが、人間の五感をデジタル化できるかどうかですね。ただ、現象面をデジタル化するところはまだ第3次のレベルかもしれません。本当に工場全体とか社会全体がつながるためには、今はAIという言葉で全部ひっくるめてしまっていますが、例えば人の振る舞いとか、ロボットの振る舞いも、今までの蓄積とか記憶に基づいて行動するところがあるじゃないですか。そういう五感ではない何かに基づいたモデルとか記憶に基づいた振る舞いがあるので、そこをどうデジタルに転写できるかがすごく大事になると思います。そこがきちんとデジタル化できないと、本当の第4次とかデジタルツインってできないんじゃないでしょうか。五感以外の何かという部分は本当にオープンイシューですね。
西岡:私は転写率っていうのはあんまりピンとこないんです。アナログをデジタルにする際、デジタル化する何らかの目的があるわけで、仮にフィジカルな世界を全部デジタル側に転写できたとしても、その最終的な目的が思い浮かばないのです。意思決定しているのはフィジカルな人がフィジカルな脳みそでやっているリアルな世界の出来事ですから。ただ、最近思い始めたんですが、実はサイバーはいわゆるバーチャルではなくて、デジタルで表現されたリアルなんだと。今までのFace to Face でしかつながらなかったものが、デジタルの電波なり電線なりで人がつながることで意思決定をリアルの世界で超高速にできるようになったと考えればよいわけです。だから、生産現場の出来事をその都度データにするとしても、リアルの世界って常に動くじゃないですか。そうすると、どんどんそのデータが風化してくわけです。なので、転写率が高くてもそれが十分な鮮度で提供されないと役に立たないというか、かえってミスジャッジする可能性がある。だったらリアルタイムな転写ってことになりますが、それはリアルそのものですよね。
*1「つながるサイバー工場研究分科会」:CPPS( Cyber Physical Production System)とは何か、そのコンセプトと位置づけを明確にするとともに、それを支える要素技術を明らかにすることを目的に2016年6月に設置された。2040年の生産システムを予測し、CPPS において現状との技術的な差をバックキャスティングし、将来に向けて必要な要素技術を明確にする。参加者は産学官の専門家40名程度。2年間の実施で、2017年3月に中間発表を実施し、2018年3月に最終まとめの報告を実施する予定。
意思決定はフィジカル側で
日比野:今、西岡先生の話にあるフィジカルとサイバーの情報をどのようにリアルに扱うかという点で「転写」という考え方を導入すればよいかと思います。例えば、突発現象の後工程への影響、波及効果をリアルタイムにシミュレーションにより予測し、対処するリアルタイムスケジューリングなどの適用
が考えられます。また、蓄積した情報を次期の生産システム設計、製品設計などのエンジニアリングチェーンに活かすことも考えられます。さらに、リサイクル、メンテナンスなどライフサイクル全体での活用も考えられます。そのため、エンジニアリングチェーン、サプライチェーン、ライフサイクル全体での効率化が一層進むと考えられます。転写した情報の扱い方、意思決定の方法はこれから研究が進むと思います。その際モデルが重要になる。サイバーとフィジカルをつなげるためにはモデルが必要で、そのモデルは何らかの目的を持って作られます。モデルを通して目的にかなった意思決定に役には立つと考えます。モデルをどう作るかは、今後大変重要になると思います。サイバーフィジカルでは大きくは「気付き」と「予測」の技術が進展すると思っていますが、予測が最も大事になると個人的には思います。
野中:西岡先生のイメージでは、意思決定はフィジカル側っていうイメージなんですね。
西岡:そうです。
野中:例えばフィンテックは、高速取引のピュアなデジタルの世界です。あれはもう意思決定はないというイメージですかね。
西岡:人が関与する瞬間がフィジカルとの接点だと思います。
野中:なるほど。そういう定義ですか。
日比野:「つながるサイバー工場研究分科会」でも、AIが意思決定をするのか、最終的に人を中心として意思決定するのかが議論になっています。人が情報を見て意思決定するのか、それとも全てAI が意思決定するのかというところで意見が分かれます。
野中:事業サイドから見ると、人が保証していない意思決定をデジタル世界で勝手にやられて、誰が品質とか信頼性を長期にわたって保証していくかって、今のところ解がないんですよ。西岡先生が言われるように、意思決定はフィジカル側だということだと、すごく広がりが出てくると思います。
オープンシステムの責任の所在?
西岡:フィジカルとの接点という点では、昔はクリエーターが一人または一事業主体であったのが、現在のオープン系システムではいろんな人が関与しているので、複雑です。複数の誰かがそこにコミットしているはずなので、制度的な話としてきちんとそのプロセスについて何らかの仕組みを作ることで、誰が意思決定したか解釈できると思います。
日比野:複数の人が意思決定に関わると複雑な問題が出てきそうですね。
西岡:すでに難しい問題は出ていると思うんです。例えばオープン系のソフトウエアのバグは誰が責任持つのかとか。最終的には商品を売った業者でしょうけど、いろいろなデバイスの組み込み系の全ソースコードをオープンにしてエラーをチェックすることは不可能ですし、できあがった人工物の責任所在は分散化されて、結局だれも責任がとれないという状況になっています。
野中:オープン系における責任の所在というのは、そもそも所在をどう定義するのか、空間的にも時間的にも難しいですね。今は、トレースもできてない状況ですから。その中で、意思決定は全てフィジカルが行うという前提に立てば少し安心が広がるんじゃないかなとは思います。
西岡:例えば、一下請け企業として、製造プロセスの一部を請け負った航空機が事故を起こしたとします。もしそうなった原因がその企業にあった場合は賠償問題になりますが、現状では瑕疵がないことをしっかり証明することが重要です。全てオープンにすることは、競争上問題ですが、何かあった時に身の潔白を証明するためにしっかりと裏をとっておくことが必要になる。どこでエラーが紛れ込んだのかをしっかりとトレースできるようなデジタルの仕組みがあってこそ、それが可能になってくる。
野中:サイバーフィジカルにおける意思決定は誰が行っているのかを考えるとき、西岡先生が言われているタイプ(設計・開発で作られるもの)とインスタンス(製造により作られるもの)の考え方に共感するものがあります。インスタンス側でAI が意思決定したように見えるだけで、実はタイプ側で誰かが意志を持ってモデルを作っているということだと思います。
欧米は、ディスクリプションを書いて後工程、他のバリューチェーンに渡すという、タイプとインスタンスでいうとタイプを作り易い文化なんだと思います。日本は、阿吽の呼吸とか、現場のノウハウが重視されるので、欧米に比べモデル化が苦手なのかもしれません。
西岡:IoT の可能性の話をすると、「まず事例を教えてください」となる。「でも、5年後、10年後の事例はありません」と言っても、「いや、でもそうしないと分からない」となっちゃうんですね。モデル論なら未来は語れますが、インスタンスで未来は語れないんです。
ドイツは産学連携、アメリカは産主導
日比野:ここで話題を変えて、海外における製造業のIoT化の動向についてお話をお聞きしたいと思います。欧州の事情については野中さんがよくご存じだと思います。
野中:インダストリー4.0 という言葉自体が広まったのは、2011年頃から欧州で国の成長戦略に盛り込まれたからだと思います。技術だけでなく、先ほどの議論にもあった責任の所在とか法規制が関わってくるので、国際標準化や法改正が日本よりホットに議論されている気がします。
日比野:インダストリー4.0 の完成は20年後ということですが。
野中:ホワイトペーパーを見ると2035年まで引いてあります。インダストリー4.0 というすごく難しいテーマについて2035年にはこういう未来が待ってるよっていうので引き上げるようなイニシアチブをドイツ政府とかEU がやっているような気がします。かなり官主導の側面が強いと思います。
日比野:20年先を見て粛々と標準化が動いていると見てよろしいでしょうか。官主導といってもドイツはもともと産学連携が進んでいる。フラウンホーファー、企業、大学が連携をしながら研究を粛々と進めている。欧州では成長戦略の中にIoT 関係、スマートマニュファクチャリング関係が入ってきているので非常に社会的に盛り上がってきているというか注目されています。その中で今、標準化と法改正などが進んでいるということでよろしいでしょうか。
西岡:特にドイツでは大学教授のほとんどが企業出身なんですよね。だから、あえて産学の研究をしましょうではなくて、もうスタートラインから産学の研究をするというベースがあって、こういうインダストリー4.0 のような生産システムの話はめちゃくちゃ強い。
日比野:アメリカの状況はいかがでしょうか?
野中:理解としては産主導ですね。GEのインダストリアルインターネットも基本的に産が集まってコンソーシアムをつくるという。NIST(アメリカ国立標準技術研究所)も欧州のフラウンホーファーと一緒で、半分は「官」のこと、半分は「産」のことをやっているので、「産」と付き合っているところでは、標準化のプロジェクトをやっていますね。ただ、つながる工場での官主導とか学主導はあまり聞かないです。
機械学会のパワーはすごい
日比野:最後に、機械学会のことに触れたいと思います。「つながる工場」は生産システム部門の研究分科会としてスタートしましたが、西岡先生はIVI を立ち上げて機械学会の外に出られた。その辺の経緯についてお聞かせ下さい。
西岡:まず、機械学会で当時生産システム部門の有志が中心になって、その後に研究分科会を立ち上げました。そのとき思ったのは、やはり機械学会のパワーはすごいと。やはり経産省に行くにしても、セミナーの声掛けでも、3万人という日本最大級の会員をもつ学会のパワーを感じました。ただ、実際に分科会が動き始めて、提言を作成し、向かうべき方向性とアクションアイテムが見えきて、具体的なプロジェクトをある程度のお金とひとをかけて行う必要がでてきたときに、やはり学会内では限界があると感じました。学会事務局の方とも相談し、快く送り出していただいたという経緯です。
日比野:私も幹事として、運営に携わらせていただきましたが、機械学会で産学官が集まる研究分科会を広く研究者や技術者に参加いただき、実施するのはやり易いと感じました。機械学会の生産システム部門は登録が約2,000人です。生産システム関係の学会としては最大規模と思います。また、機械学会というブランドがあります。ただ、コンペティティブなフェーズになったら機械学会でもやりにくいというようなことを仰ったんですけども、例えば機械学会の中でオープンイノベーション的なことができるか、その辺どうでしょうか?
西岡:私はできると思うんですね。あるいはやるべきだと思います。ただ、一つポイントは学会員も学会の部門や研究分科会も、活動していくためには何らかの正当性を示すエビデンスが必要で、そこが従来なら研究成果であったり論文だったりするわけです。しかし、オープンイノベーションといった場合は、なかなか成果をきちんとして示せない。感覚的にしか伝えられないことが多い。それが何になるんだと言われた途端に、終わってしまう場合が多いんです。たとえば、IVIの場合は、その当時は今ほどIoT やインダストリー4.0 が重要だと分かってなかった。論文にはならないから「提言」としました。申し上げたいのは、そうしたことが仮にIVI のように成果につながらなくても評価する仕組み、スタートアップ系じゃないですけれども、そこですぐに役に立つ成果を持って帰らなくても、ネットワークができたとか、非常にインスパイアされたとか、というところでまずは良しとするような太っ腹な環境が欲しいですね。悩みを話し合うだけでもすごい刺激ですし、IVI が盛り上がっているのはそこが大きな原因なので、アウトプットについてはちょっと目を瞑ってくれる余裕があればいいのかなという気がします。
日比野:本日は、長い時間、座談会に参加していただきましてありがとうございました。IoT 環境下の新しい生産システムが求められています。日本機械学会生産システム部門では、このような動きに対応し、学会として対応可能な研究分科会の設置、講演会・講習会の企画などを行っていきたいと考えています。会員の皆様には、今後ともご協力を賜りますようお願い申し上げます。
〔2017年1月6日 (株)日立製作所 横浜研究所にて〕
キーワード:巻頭企画
【表紙の絵】
「博士ロボ工場~ロボットが働く時代~」
村越 和くん(当時13 歳)
ロボットは人間が入れない危険な所に行き、人間の代わりに働いたりしてくれます。また、自動車工場などではすでに使われてます。そんなロボットが工場にいればいいなと思いかいてみました。
でもロボットだけではだめなので絵の中には人間はいないけど、いつか会話などしながら働けたらなと思いました。