人工現実感は,現実と同じような環境や状況を計算機によって人工的に作り出すという考え方である.これらを実現するための技術は人工現実感技術と呼ばれる.また,人工現実感技術により作り出される空間および環境は仮想空間,仮想環境と呼ばれる.
人間は,さまざまな感覚を通して,外界の情報を受取り,また,さまざまな方法で外界に対する操作や意図の伝達を行っている.これらの,人間と外界との情報の授受およびこれに対する外界の反応などを,計算機,センサ,ディスプレイなどを利用して代替するというのが,現在の人工現実感実現のアプローチである.
人工現実感には,臨場性,対話性,自律性の三つの要素があるとされる(図1).臨場性とは,上述のような仕組みにより提示される情報と現実におけるものとの類似の程度をさす.すなわち,外界から人間への情報の流れに関するものである.対話性は,これに対して,人間から外界への情報の流れに関係する要素で,外界に対する操作を可能にする.自律性は,外界で生起する現象や操作の結果が現実と類似したものとなるために必要な要素である.
これらを実現するため,人工現実感のシステムは一般には次のような構成となっている.システムは,①ディスプレイ・サブシステム,②インプット・サブシステム,③シミュレーション・サブシステムの三つのサブシステムから構成される(図2).ディスプレイ・サブシステムは,現実性を実現するために,視覚・聴覚・触力覚などの提示を行う部分で,視覚情報の提示にはHMD(head mounted display)などが,聴覚情報の提示には三次元音像定位装置などが,また,触力覚の提示にはロボットアームを利用した力フィードバック装置が利用される.インプット・サブシステムは対話性を実現させるために,おもに人間の振舞いの計測を行う部分である.HMDが利用されているシステムでは人間の頭の動きに応じて映像を生成し直す必要があるため,頭部の運動の計測がインプット・サブシステムの一つの重要な役割となる.また,人間による外界の操作はおもに手指を介して行われるため,これらの部位に対する計測が重要であり,データグローブに代表されるような指の曲げ角などを含む手指の状態の計測デバイスが利用される.シミュレーション・サブシステムは自律性を実現する部分である.ここでは,インプット・サブシステムからの入力などに基づいて仮想空間の内部での事象や物体の挙動をシミュレーションにより実現する.現実世界においては,これらの現象は自然界の法則に従っており,仮想空間において同様の現象を実現するためにはこれらの物理学的な根拠すなわち物理法則をシミュレーションの中に組込む必要がある.