人工心臓

artificial heart

 生体心臓の機能を部分的あるいは完全に代行するポンプを人工心臓と呼ぶ.人工心臓の本格的研究は,1957年アメリカにおいて開始され,我が国でも1959年東京大学において独自に研究が開始された.人工心臓は血液ポンプ,駆動装置,計測・制御装置,エネルギー源からなるシステム的研究であり,血液ポンプや駆動装置の性能や耐久性,血液ポンプや計測システムの血液適合性,システムの小型化,解剖学的適合性,制御方法の適合性など多くの問題点が解決できず,当初の十数年間は絶望的な研究結果であった.しかし,1970年代の後半からは補助心臓が,1980年代には完全人工心臓の臨床応用が開始され,今日では心臓手術後に回復しない心臓の補助や心臓移植への繋ぎとして使用されている.
装置学的に見ると,機械工学と関係が深いのは血液ポンプと駆動装置である.血液ポンプは左心と右心の二つのポンプからなるが,生体心臓と同様の拍動流を生じるものと脈動のない連続流によるものの二つの方式がある.連続流ポンプは遠心ポンプがその代表的なもので,補助心臓としては臨床応用されているが,高速回転による溶血や回転軸に伴う血栓形成がネックになり,10日前後がその使用限界とされている.現在,磁気浮上などこの問題を解決すべく研究が進められている.拍動流ポンプはサックやダイアフラムなどの柔軟な膜でポンプ容積を変化させて血液を吸引・拍出するもので,流入,流出用の人工弁を必要とする.血液ポンプは年間4~5千万回も駆動され抗血栓性も要求されるので,その設計にあたっては力学的構造,生体力学的構造,解剖学的構造などの配慮が必要である.一般に血液ポンプの材料にはポリウレタン系の高分子が,弁には弁置換用の機械式人工弁が用いられているが,特殊なものとして生体弁や高分子膜製人工弁も用いられている.ポンプ内の微小血栓形成,カルシウム沈着などが耐久性や小型化と並んで依然として大きな問題である.
血液ポンプを動かす駆動装置には,①空気圧駆動型,②機械駆動型,③電気一流体駆動方式の3種類がある.空気圧駆動方式は,これまでの拍動型補助心臓や完全人工心臓の大半に用いれた方式であり,安定性や信頼性は高いが小型化して体内に埋め込むことが不可能という欠点がある.現在人工心臓は,エネルギー源を除いた全てのシステムを体内に埋め込む方向で研究が進められており,補助心臓では上記②の方式のものが,ほぼ完成して臨床に用いられているが,完全人工心臓では②,③の方式のものがようやく動物実験の段階で,小型化,コンプライアンスチャンバの必要性,システムの信頼性など多くの問題点を抱えている.上記の方式の他に,コンプライアンスチャンバが不要で小型化が可能な完全人工心臓のシステムも開発されつつある.図は,体内埋込型完全人工心臓の完成図である.体外に装着したバッテリから経皮的に無線的に体内に電気エネルギーが伝送され,体内のブラシレスDCモータを駆動するものであり,21世紀の初頭での臨床応用をめざして日米欧が激しい競争を展開している.

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