Q 学会活動は就職に有利か?あるいは、社内での評価に有利でしょうか?
<ストックホルムにて>
研究所の評価指標の中でも学会発表のウエイトはものすごく大きかったですよ。例えば特許とか学会発表とか、それ以外のものもみんな点数をつける方式がある。直接の評価には使わないけれども、アクティビティの指標としてやったときに、学会活動のアクティビティのウエイトは結構大きかった。だから、その人のアクティビティとして学会活動は非常に評価される仕組みになっているのです。ただ、狭量な上司がいると、“何をやっているのだ”ということで締めつけをするケースがないとは言えない。だから、そういうことに対して若い人たちの芽を摘まないようにするための仕掛けを、別途、研究所はいろいろつくっているのです。そういうこともあるので、あまり心配しないで、のびのびと仕事をすることが会社の中で仕事をする一番の秘訣だと思います。
もともと企業は人材育成の中で、社外で通用する人間になりなさいと言っているわけです。社内だけで通用するような人間では困るから、社外活動も一生懸命にやってくださいという教育をする。自分でどう思っているかという自己申告をしてもらうときには、研究者でも技術者でも、例えば社内で一流とか、日本で一流とか、世界的な権威とか、そういうことをちゃんと申告しろというような評価項目があります。世界で一流になるのが一番いいわけですが、そうなろうと思ったら世界に目を開いていなきゃ困るわけでしょう。
大体、社内で認められるより社外で認められるほうが早い。私だって社内では「いいかげんに論文でも書いて、その研究は終わりにしなさい」と言われていたのが、外からデレゲーションが来て評価された途端、社内での評価が一遍に上がったわけだから、そのほうが手っ取り早いですよ。
Q 理系で企業に就職すると偉くなれないから文系的な仕事を探していますということを言う学生がいます。理系と文系の差についてはいかがでしょうか。
それは間違いです。理系のほうが偉くなっていますよ。会社の本社組織の中に人事とか経理とか企画という組織がありますね。役員はみんなそれを担当するわけですが、それ以外に、役員でも事業部門の担当というのがあるわけです。はっきり言って、本社の組織は事務系の組織です。だから、みんな事務屋に見えてしまうけれども、もともとは技術出身の人が営業の担当役員だったりするわけです。ある程度以上になると、技術をやってきたとか営業をやってきたとかいうのは関係ない。その人が持っている能力で割り振られるわけだから。
技術職の平均給料については私もちゃんと調べていないからはっきり言えませんが、技術系の仕事に携わっていれば技能職以外はみんな技術職なのです。そして、役員の給与まで含めて技術系の平均賃金をとっているかと言うと、かなり怪しいですね。社長はどういうふうに数えるのか、よくわからないけれども、事務系だったら役員まで含めて平均をとる。上のほうになると、もともとは技術屋の人まで事務職の給料に入っている可能性があるわけです。その辺をきちんと整理しないでいるから、おかしくなってしまう。会社の中で技術的な仕事をやっていて、その中で管理職に向く人は管理職に進むし、管理職に向かないで専門的な能力を生かしたい人は専門職としてちゃんと処遇されるというシステムになっていて、給料はそんなに差がないのです。
それこそ特許を持っていたりすると、全然違いますよね。特に日本の場合、特許法で業務発明については発明者に報奨として返さなければいけないという決まりがありますし、それの上限がどんどん上がっていて、今だと年間1000万円以上の報奨金をもらっている人がいますから、そうすると年収なんて倍以上になってしまうわけですよ。
人によっては社長を超えるような給料になりかねないわけで、それが認められているのは技術者だけですよ。営業が幾ら商売で大成功したからといって、稼ぎの何割かを報奨でもらえるようなことはない。しかし、技術者は、発明の結果が事業化されて儲けたとなると、その特許使用料の何%かはペイバックされてくるわけです。技術者でないと、そういう特典はない。そういう意味では、技術者はすごく優遇されている。
少し話が変わりますが、機械屋というのは設計をやっていますね。設計ということは、機械に限らず、いろいろな技術を持ってきてコンバージして新しいものをつくるという格好になるわけです。だから、物をつくろうと思ったらセンサーに対する知識も必要になるし、エレクトロニクスに対する知識もある程度は必要になる。そういう発想があるから、技術的な意味での広い視野に立てるのです。
そういう部分は大学の教育でもぜひ強調してほしいのだけれども、そういうポテンシャルを持っているから、機械系の出身者は会社の中で偉くなっている人が結構多いのです。つまり、何が必要かということが大体わかる。会社というものは、何か新しいことをやろうと思ったら、それに必要な人材を集めて、新しい組織をつくったり新しいプロジェクトをつくったりするけれども、そこで必要な人を集め切っていなければ必ず失敗するわけです。設計をきちんとやった人たちはそういう感覚が持てるから成功する確率が高いという話になって、そういう意味で、ちゃんとした機械屋は活躍ができているのです。
Q 学生のときにこれだけは身につけておいてほしいということはなんでしょうか。会社に入ることに不安なドクターコースの学生も含めてお聞かせ下さい。
月並みですが、やはり基礎的な部分が第一です。それから、自分を売り込むためにも、深い専門性を一つだけは身につける。ただ、会社に入ったら、やることが変わる可能性もあるのです。事業はどんどん変わっていくので。そういうときに一番役に立つのはやはり基本的な素養ということでしょう。結局は勉強できる能力を身につけてほしいということなのです。これは、難しいですよ。そのときに勉強をするかしないということではなくて、勉強できる能力をどうやって身につけるか、そこだと思います。別に勉強をしていようがしていまいが、必要なときに勉強できないと困る。要は好奇心です。好奇心をどうやって育てるか。正直な話をすると、私は流体力学を突っ込んでやっていたから他の分野にはほとんど興味がなかった。だから、流体力学の関連で数学もせっせと勉強しましたが、原子炉の安全性をやれと言われたときは本当に困った。全く興味がないのだから。でも、一つのことを徹底的にやっていると、新しいことに取り組むときの勉強の仕方が分かってくる。だから、あまり恐れることなく、一つのことを徹底的に極めてもらえばいいと思うのです。そうすれば、ほかのテーマを与えられても、また新しい専門ができるわけだから、むしろ幸運だと。だから、ドクターのときには自分が今やっている研究を徹底的に突っ込んで、できるところまでやってしまう。これ以上やることがないというところまでやる、それが一番の理想だし、他のことにも心おきなく取り組める。そこで培われた物の考え方とかアプローチの仕方は、深くなればなるほど問題のとらえ方がだんだん抽象化されて本質的になってくるから、ほかの部分でも役に立つはずなのです。