このたび2021年度の環境工学部門長を拝命いたしました東京電力エナジーパートナーの佐々木です。どうぞよろしくお願い申し上げます。私は大学を卒業して東京電力に入社してから、主に需要側の省エネルギー活動や研究開発等に携わってきました。
需要側の技術には様々な省エネ・再エネ技術がありますが、その中でも、ヒートポンプ技術に関わることが多く、日本機械学会の技術ロードマップにおいても、環境工学部門で取り纏めた「ヒートポンプ給湯機」や「電動 カーエアコン」のテーマについて、「2030年までに至る技術ロードマップ」の作成にも関与させて頂きました。ヒートポンプ技術は古くからある技術ですが、高効率化、小型化、静音化、大容量化、冷媒対応、蓄熱対応、インバータ対応、給湯対応、寒冷地対応、熱回収・未利用熱利用など様々な技術向上の取組が進められ、多様な形で発展しています。給湯分野に関しては、2001年に日本で初めて製品化されたCO2冷媒ヒートポンプ給湯機「エコキュート」が700万台を突破(2020年6月の累計出荷台数)するまでに成長しています。一方、ヒートポンプ技術も含めた、すべての省エネ・再エネ技術分野においては、さらなる技術向上が求められており、これらの高度な技術課題をどう克服していくかが重要となっています。
環境工学部門ホームページでも公開している「環境工学部門ビジョン2030」でも言及していますが、近年、「環境」に関連する様々な取り組みが強化されています。国連のSDGsは必ずしも環境に限定したものではなく、包括的な持続可能開発目標群ですが、企業等の具体的な活動目標としては地球環境対策や地域環境対策が重要項目となります。また、サーキュラー・エコノミー(循環経済)への転換も求められており、従来の「大量生産・大量消費・大量廃棄」の線形経済からの転換が必要となっています。サーキュラー・エコノミーは製品と資源の価値を可能な限り長く保全・維持し、廃棄物の発生を最小化した循環型経済を目指すもので、従来の3R(リデュース、リユース、リサイクル)に加え、循環性と収益性を両立するシェアリングやサブスクリプション等も踏まえた、持続可能な経済活動です。これにより、従来の大量生産・大量廃棄経済の課題である、資源側と廃棄物処理側の制約・限界を解消することが期待されています。
さらに、近年、巨額の資産を超長期で運用する機関投資家がESG投資(環境・社会・ガバナンス要素も考慮)に注目しており、企業側の対応が必須となっています。このESG投資実施(国連の責任投資原則に署名)の機関数は2018年には2千機関が署名し、投資総額も30.7兆ドルと投資市場の約3分の1まで達しましたが、2020年には3千機関を超えるまでに増加し、金融においてESG課題が重要であるとの認識・理解が急拡大しています。
このESGのEnvironment要素において、最も注目されているのは気候変動で、今後の気候変動に関連する様々な状況変化に対して、企業が持続的成長や中長期的収益拡大が実現できるかが重要なポイントです。また、2019年に経産省が運用機関に対して実施したアンケートでは、2割程度が「資源循環・廃棄物」、「水資源」、「エネルギー」、「生物多様性」にも関心を持つと回答しています。気候変動に関する評価は、金融安定理事会(FSB)の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)により、事業リスク・成長機会の開示が推奨されており、世界では1,669の企業・機関が賛同しています(2020年12月時点)。なお、日本では2019年5月のTCFDコンソーシアム設立を機会に賛同企業が急増し、英国や米国を抑えて、国別では最大の332の企業・機関が賛同しています。
気候変動対策に関しては、欧州の温室効果ガス削減目標強化、温室効果ガス排出ゼロ実現のための「欧州グリーンディール」、中国の2060年温室効果ガス排出ゼロ宣言、米国での民主党のバイデン大統領就任(2050年までの温室効果ガス排出ゼロを表明)等の動向がありました。それらの結果、韓国やカナダも含めて120カ国以上が温室効果ガス排出ゼロ宣言を表明しており、先進国の脱炭素社会実現に向けた行動に足並みが揃いつつあります。
日本でも、2020年10月の臨時国会において、菅総理が2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロにすることを宣言しました。また、東京都、京都市、横浜市を始めとして190を超える自治体が2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロを表明しています。そもそも、材料としての石油化学製品にもエネルギーにも使える便利な化石燃料は長い歴史の中で生成された貴重な有限資源であり、シェールガス・オイルの開発により経済的・技術的に採掘できる量が増加したといっても、人類活動が超長期にわたり継続する以上、究極的には化石燃料消費社会(特にエネルギー側)から人類が卒業せざるをえないことは認識されていました。それが、温暖化対策の必要性の高まりにより、2050年までの脱炭素社会実現という目標が明確に設定されたということです。脱炭素社会では、化石燃料を使用した火力発電、コージェネレーション、暖房、給湯、運輸が実質的に使用できない厳しい条件ですが、欧州の一部や米国の一部自治体においては、2050年のストックでの温室効果ガス排出ゼロを見据えて、系統電力のゼロカーボン目標、新築建物へのPV設置義務化・石油暖房禁止・都市ガス配管接続禁止・実質的な燃焼設備導入禁止となる年間CO2排出量規制、2030年代からのエンジン車禁止などの、電力分野、熱分野、運輸部門における挑戦的な施策が実施されつつあります。また、国内最大の火力発電事業者がグリーンアンモニア燃料等を考慮した2050年ゼロエミッション宣言をするなど、国内民間企業の挑戦も急速に進んでいます。
日本政府も「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、この挑戦を「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策を示しています。さらに、2兆円のグリーンイノベーション基金が創設され、カーボンニュートラル社会の実現に必須となる3つの重点分野である「電化と電力のグリーン化」、「水素社会の実現」、「CO2固定・再利用」について、社会実装につながる研究開発プロジェクトを推進していく方向です。
これらの実現は極めて難しい目標ですが、先進国および中国が足並みを揃えて脱炭素の技術開発にチャレンジする体制が整うことは、将来、大きな社会変革が本当に実現するためのドライバになります。当然、日本における脱炭素社会は人口減少社会、高齢化・少子化社会、感染症パンデミック対策社会、自然災害(地震、台風、洪水、河川氾濫)に対するレジリエンスが強い社会、高度経済成長時のインフラ更新対策、社会コスト増に対応した低所得者対策などとの高度な両立も踏まえた社会構築が必要です。世界の政治が挑戦的目標を決断した以上、次は各国の技術者が脱炭素社会実現に向けた最大限の努力で答えることが必要です。ぜひ、私たち日本の研究者・技術者も国内外で連携・協力しながら、この極めて困難な課題に新たなイノベーションと着実な技術向上で貢献したいと考えています。
環境工学部門は機械学会の中でも横断的なテーマを掲げた部門であり、機械工学の幅広い分野の知識を統合して問題解決に当たっています。2020年度現在の部門登録者数(学生員は含まない)は第1位から第3位までの合計が約2,300名で、第5位までの合計では約3,200名が登録しています。環境工学部門の中には4つの技術委員会を設置し、第1技術委員会では「騒音・振動評価・改善技術」、第2技術委員会では「資源循環・廃棄物処理技術」、第3技術委員会では「大気・水環境保全技術」、第4技術委員会では「環境保全型エネルギー技術」について専門的な講習会や見学会等を企画・実施する予定です。また、環境工学全般に関わる情報交換の場として、環境工学総合シンポジウムを開催します。昨年、高野山で開催を予定していた環境工学総合シンポジウム2020はCOVID-19の影響により、残念ながら中止とさせて頂きましたが、2021年度についてはWeb講演会として実施させて頂きます。直接、顔を合わせた討議や懇親会ができないのは残念ですが、最新の環境技術に関する研究成果などを、リアル開催に比べて、手軽に発表・聴講・議論ができる場となりますので、是非ともご参加いただければと思います。
環境工学部門は先に述べたとおり、様々な専門分野やバックグラウンドを持つ数多くの研究者、技術者が永遠の課題である「環境」というキーワードを通して集まる集団です。各会員が所属する組織内での議論よりも、幅広い視点の意見が得られる共創の場でもあります。是非とも部門の活動、各種行事に積極的にご参加いただければと思います。
微力ながら、本部門の活性化と発展に尽力して参りたいと思いますので、皆さまのご協力をどうぞよろしくお願いいたします。