2016年度環境工学部門長
 高野 靖(株式会社日立製作所)

はじめに

 2016 年度、日本機械学会環境工学部門の部門長を拝命した株式会社日立製作所の高野です。会社では、製
品の静音化に関連した研究・開発に従事しております。大学時代は、騒音の伝搬解析の研究を行っていました。
機械学会の環境工学部門には、20 年ほど前に環境工学総合シンポジウムで騒音の計測・解析技術に関する発表をして以来、お世話になっています。一年間よろしくお願いいたします。
 英語で環境工学はEnvironmental Engineering と訳されます。英語でWeb 検索すると、廃棄物、排水の処理、排水や大気汚染による環境影響評価と対策技術など環境保全を取り扱う分野とする定義が一般的です。
一方、日本では学会ごとに定義が少しずつ異なります。日本機械学会の環境工学部門では、初代部門長の柏木先生が1990 年の「環境と地球」の第一号で述べられた、「環境工学とは環境創造と環境保全の双方を包含し、人間の快適性を追及するとともに、自然の健全性を保つための工学である。」という、より広義の概念のもとで活動を続けてきました。海外の学会との交流の際、話が噛合わない場合もあるのですが、我々の活動が、機械製品の快適性と環境保全の両立に多少なりとも貢献できているのではないかと考えております。

Engineering から工学へ

 近年、国内の生産年齢人口の減少に伴い、多くの学会で会員数減少と活動の低迷が問題となっています。
今後も、日本の特長を活かしつつ、より多くの学会が協力し、日本国内での工学の発展に寄与することが求められると考えます。日本の大学における工学部の歴史を調べ、日本の工学の特徴を、私なりに考えてみた内容を以下にまとめてみました。

  日本初の大学は明治10 年に発足した東京大学です。当時は法学部、理学部、文学部のみで工学部はありませんでした。明治19 年に理学部の工学科(機械工学、土木工学)や応用科学部門などが独立、工部省所轄の工部大学校と合併して、土木工学科、造家学科(建築)、機械工学科、造船学科、電気工学科、採鉱及冶金学科、応用化学科の7 学科からなる帝国大学工科大学として工学部が誕生しました。このとき、理学部から、機械や土木・建築、電気などモノ造りに関する分野を分離して工学部となっています。「脱亜入欧」を目指す日本政府は、国づくりのため、欧米の技術を学んだエンジニアを大量に育成する必要がありました。このため工学部を創設し、モノ造り分野の教員を集約する必要があったと考えられます。世界にはエンジニアを育成するため、学生数が1 万人を超える工科大学などもあります。しかし、Cambridge 大など、工学部(Faculty of Engineering)はなく工学科(Department of Engineering)しかない大学も数多くあります。工学部が大学定員の半分を占め、モノ造り関係の企業の研究・開発者はほとんどが工学部出身という日本の状況は、世界的には珍しいかもしれません。

 “工学は科学にあらず(Engineering is not science)”という言葉があります。これは、科学は個々の現象を調べて一般法則を見出し、工学は科学の一般法則を用いて個々の問題を解決するものである、との意味です。
しかし、日本では、さきほど述べた歴史的な経緯から、理学部では、機械・電気・建築・土木など、工業製品やシステムなどに応用可能な研究分野を網羅していませんでした。このため工学部に所属する研究者は、担当する製品・システム分野で発生したさまざまな現象を解明する必要に迫られ、科学的な研究も行うようになっています。1981 年、京都大学工学部の福井謙一教授がノーベル賞を受賞したことは、我々工学部出身者にとって大変な驚きかつ喜びでした。その後、物理学賞の青色発光ダイオードの3 名など、数えたところ日本生まれの工学部出身者7 名がノーベル賞を受賞しています。理学部出身の受賞者は11名ですので、理学部系出身者がほとんどの海外に比べ工学部出身者の比率が高いことがわかります。

環境工学の課題

 日本で「環境工学」という言葉が使用されるようになったのは、建築分野が最初のようです。近代建築では、例えばコンサートホールなど、特別な目的で造られた建築物の音響、採光、空調換気などの問題を検討する分野の研究が必要となりました。そこで、建築学科の中に、建築構造物内外の光・音・熱・空気環境の予測・制御、あるべき姿など、おもに快適性に関する科学的な検討を含めた研究を行う「建築衛生学」「建築計画原論」と呼ばれる分野が生まれました。その後、1960 年代ごろから「環境工学」という名称が定着しています。この時点で、環境工学は英語の概念とは異なる分野が含まれたことになります。現在でも、日本の建築系の学科では、計画(デザイン)、構造(強度・耐震設計)とともに、環境工学が独立した研究分野として位置づけられています。

 日本人が環境問題を強く意識するきっかけとなったのは、1950 年代の高度成長時代に発生した、水俣病、新潟水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病のいわゆる4 大公害病でした。公害対策基本法が1967 年に制定され、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭の典型7 公害に対する対策が義務付けられたため、関連するさまざまな工学分野で環境保全技術の研究・開発が活発となり、日本は世界最高水準の環境対応技術を持つ国となりました。

 環境問題は一過性のものではなく、継続的に対応しなければならない課題です。社会人の皆様はISO14001で規定された環境マネジメントシステム(EMS:Environmental Management Systems)を連想される方も多いと思います。このEMS に基づきPlan-Do-Check-Action のPDCA サイクルを回す持続的な環境改善を目指した持続的な開発が今後も必要です。

 今後の人類の生存を脅かしかねない重要な環境課題として、地球規模の温室効果ガスの排出、生態系の破壊、資源の枯渇などが上げられています。ご存知のように、1997 年のCOP3 で、先進国による温室効果ガスの削減が規定された「京都議定書」が採択され、2005 年に発効しました。昨年11 月には、パリで開催されたCOP21 で、開発途上国を含むすべての国が温室効果ガスの削減目標を設定し、今世紀後半には排出量を実施的に0 とすることを目指す「パリ協定」が採択されています。

 しかし、我々はこの地球環境問題の重要性を理解しつつも、現在の生活の快適性を手放すこともなかなかできません。COP21 での合意が難しかった背景には先進国も開発途上国も、自分たちがよりよい環境で生活することを目指していることがあります。従って、「環境工学」の最大の課題は、生活環境の快適性を維持・向上しながら、地球環境問題などを解決可能な技術を実用化することであると考えられます。

 このような課題を解決することは、日本の得意分野だと考えます。さきほども述べたように、日本の工学の特徴は機械・電気・建築・土木など、それぞれの学科に、その製品・技術分野で必要なほとんどの技術が集約されていることにあります。このため、日本の企業の開発現場でも、複数の課題を両立させた新製品を、一社単独で開発することが可能でした。

 このような日本の工学のすぐれた開発能力が、いわゆる製品の「ガラパゴス化」を生む要因のひとつなのかもしれません。

おわりに

 日本機械学会の環境工学部門は、振動・騒音問題を担当する第一技術委員会、資源循環・廃棄物処理技術を担当する第二技術委員会、大気・水環境保全技術を担当する第三技術委員会、そして環境保全型エネルギ技術を担当する第四技術委員会に分かれて活動を行っています。最初に述べた初代部門長柏木先生の「環境創造と環境保全の双方を包含する。」という理念を実現すべく、環境負荷低減と、快適性・経済性を両立させた持続可能な都市を提案する「先進サスティナブル都市WG」の活動をすべての技術委員会で協力して行ってきました。本年、6 月29 日から7 月1 日まで金沢市で開催する「環境工学総合シンポジウム」ではこのWG 主催の特別講演を行う予定です。

 環境問題を解決するためには、相互に複雑な影響を及ぼしあう問題を解決する必要があり、学際的な活動も必要です。このシンポジウムは、実に40 もの学協会が協賛をお願いしております。また、機械分野にかぎらず、建築などさまざまな分野の方にも発表いただいています。講演内容はHPに掲載されていますので、ご確認の上、発表内容にご興味のある方や、発表者と討論されたい方は、ぜひ金沢までお越しください。

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