LastUpdate 2016.11.2
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No.152 「始まりは、カリフォルニアの青い空」日本機械学会第94期財務理事
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1970年代に高校、大学生生活を送った自分たちの世代は、雑誌:ポパイに代表されるような、カリフォルニアの青い空はあこがれであった。バイト代を貯めて(1ドルが270円の時代)、大学3年の1977年夏、友人4名と西海岸を中心に3週間(もう1週間はハワイ)ほど、1週間のバスチケット付の格安航空券とレンタカーで旅をした。興奮と寝不足の中、到着した海岸沿いのロサンゼルス国際空港から見た空は、雑誌と同じように、青くまぶしかった。ロサンゼルス観光を後回しにして、2週間ほどグランドキャニオン国立公園や各地を回ってきた後、いくぶん内陸側のLA都心に到着した時、違和感を覚えた。ポパイの写真と違って、スモッグでどんよりしていて、遠くの山がかすんでいるのである。会社に入った後に知ったことであるが、自動車の排気ガスによって、ロサンゼルスは深刻な大気汚染問題にさらされており、マスキー法(クリーンエアアクトの1970年改正版)による排気ガス規制強化が、まさに、始まったばかりの時代を、旅していた。
1981年にトヨタに入社、エンジン部に配属され、排気ガス低減システムの開発を担当したのは、カリフォルニア旅行の延長線だったのかもしれません。ただ、国内向けも含め、全てのエンジンが排気ガス対策を進める必要があったため、自分だけでなく多くの新人同期が配属され、規制強化に、必死で対応していた時代です。例えば、北米のHCの規制レベルは、0.41(g/mile)から、0.075(g/mile)へと年を追うごとに厳しくなり、従来型の機械式のキャブレターでは、規制を通すことが困難となり、EFI(電子制御)の時代に大きく切り替わっていきました。
1991年、ロサンゼルス駐在となり、法規渉外を担当しました。法規渉外とは、規制当局(EPA: Environmental Protection Agency, CARB: California Air Resource Board)が、新たな排気規制強化を提案してきた時に、目標レベルを、技術の進捗を先取りしながら、当局や他社と議論を重ね、環境改善のためのおとしどころを探っていく作業となります。当時は、エバポ規制強化、OBD(On Board Diagnosis)規制強化、LEV(Low Emission Vehicle)規制強化等の議論がなされていたのですが、特に、CARBから出された、ZEV(Zero Emission Vehicle)規制は衝撃的な内容でした。即ち、日米7大メーカー(GM,フォード,クライスラー,トヨタ,日産,ホンダ,マツダ)にたいして、1998年からその乗用車とライト・トラックの販売台数の少なくとも2%にあたる量のZEVを販売しなければならないと義務付け、2001年からは、ZEVの販売量は5%に、2003年からは10%に引き上げるというものでした。CARBの思いは頑なで、大気を汚さないようにするためには、エンジンを載せていてはだめで、当時は、電気自動車しか選択肢はありませんでした。実際に、いくつかの電気自動車が市場に導入されたが、まだまだ、技術が未熟で電気自動車のマーケットは市場に存在しませんでした。
2003年の目標10%に対し、すでに10年以上経過していますが、2006年発表のドキュメンタリー映画:“Who Killed the Electric Car?”でもご存知のように目標は達成できていません。ZEV規制には技術の進捗や市場の状況を見ながら、見直すといった条項も入っており、定期的な規制の見直しが行われており、現時点では、2025年の、22%のZEVの販売量に対し、今も法規渉外が続いています。
1994年に日本に戻り、LEV(Low Emission Vehicle)の排気システム開発を担当しました。電気自動車とは言え、発電時には排気ガスを出すわけで、発電所から出てくる排気ガスレベル並みのエンジン排気システムなら、よいだろうとの思惑で開発を進めていたのですが、1996年3月にプリウス開発チームに参加しました。最初はプリウス用のエンジン開発担当でしたが、まともに走れる状況でなく、ハイブリッドシステムの開発の課題は限りなく多い状況で、愕然としました。
当時のチーフエンジニアの内山田主査(現在の弊社の会長)のメッセージは印象的でした。1969年にアポロでの月面着陸を成功させた事を比較に挙げて、ハイブリッドシステムも、達成すべきこと(ミッション)を細かく分解し、日程をたて、各チームがそれぞれの目標を達成すれば、アポロが月面に到着できたと同じように、ハイブリッドシステムも完成できるはずで、プリウスはそこを目指す。
われわれのチームのミッションは、
1)燃費を従来車の2倍にすること
2)走行中のエンジンの始動停止を滑らかにすること
3)排気ガスを、規制値の10分の1にすること
燃費を倍にするにはどうしても、走行中にエンジンを停止させる必要があるが、往復機関であるエンジンは、止めるときも、かけるときも大きな振動を伴って、とても商品になるレベルでない。さらに、エンジンをかけたり、止めたりすれば、燃焼も不安定となり、排気ガス浄化性能にいいわけがない。
で、どうしたかであるが、当時開発中であったVVT(Variable Valve Timing)機構をいち早く採用し、圧縮圧力を下げて、強制力を落とすと同時に、モータ&電池を活用してすばやくエンジン回転数を上昇させ、かつ、燃料噴射量や点火時期のエンジン制御の工夫で何とか乗り切った。機械学会的に言えば、機械工学を基盤として、電気工学、制御工学等、横断的総合技術を活用して問題を解決できました。
書き始めると、昨日のことのように多くの事が思い出されますが、紙面の都合もありこの辺りで、筆をおきますが、カリフォルニアのエピソードを最後に。
ハリウッドの青い空の下、デカプリオが、アカデミー賞授賞式にプリウスを自ら運転して登場し話題となったのは、自分史にとって、思い出深い1ページとなりました。