LastUpdate 2015.9.1


J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.140 「v_BASEの話,歴史に学ぶ」

日本機械学会第93期副会長
小林 正生((株)IHI 技術開発本部 技監)

小林正生

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」(ビスマルク)

 これは金言集に良く載っている有名な言葉です.ビスマルクは日本の明治維新のころ,プロイセンで鉄血宰相と呼ばれドイツ統一に活躍したドイツ初代の首相です.たいへん印象に残る言葉と言えますが,困ったことにまず意味が良く分かりません.原文のドイツ語もありますが,英文訳ではドイツ語の原文に近く訳されていて,“Fools say they learn from experience; I prefer to learn from the experience of others.”となっています.これがなぜ上述の日本文になるのでしょうか.英訳では「愚者は(自分の)経験に学ぶと言うが,私は他者の経験に学ぶことを好む」という普通の言葉で,金言というほどのインパクトが無くなっているようです.しかし,ここで改めて日本語訳を見ると,「他者の経験」を「歴史」と訳していることが分かります.つまり,現在の他者だけでは無く,時間的な先人である他者を含んでいることに気がつきます.

 前置きが長くなりましたが本論に戻します.v_BASEというのは,vibration databaseの略で振動・騒音のトラブル対策事例のデータベースであり,ここには先人たち他者の貴重な経験が多く詰まっています.このデータベースは,日本機械学会 機械力学・計測制御部門の「振動工学データベース研究会」(略称v_BASE研究会)が作っているもので,「機械システムやプラントなどで遭遇した振動・騒音のトラブル対策事例について,経験データを集積しデータバンクを構築して産業界の設計力・検査力の向上に寄与する」ことを目的としています.この研究会は1991年1月に活動が始まり,今年で25年目を迎えました.ほぼ一世代分に相当する歴史のある研究会であり,今までに集まったデータ総数は945件になりました.当初のメンバもだいぶ入れ替わっていますが,機械学会会員の年齢構成で最も減少したといわれる,産業界の30才台の若手も多く参加している研究会です.

 データベース構築の基本的な考え方は“GIVE & TAKE”で,研究会メンバが相互に事例データを持ち寄ることが基本です.当初は,トラブル公表で自社製品の信頼性の低さを逆に印象付けてしまうことにならないか,また,トラブル解決事例は企業にとって相応の対価を払った貴重な財産で,それを安易に公表して良いのかなど多くの意見がありました.しかしトラブルは企業における創造的な営利活動とは次元の異なる異常な状態といえ,周囲からは早期の解決が強く望まれます.トラブルシュートの担当者は,自身の経験事例については専門家の本領を発揮して見事に解決することができますが,未経験の新しい事例では,まず過去の解決事例を探り,さらに問題に詳しい専門家に相談することになります.しかし簡単には行かず解決に多くの時間と費用がかかってしまうのが通例です.このため日本機械学会が中心になって,各自が経験した事例を相互に提供し合って,経験知識を共有しようとしてできたのが本データベースです.企業一社(研究会メンバ一人)で経験できる量と研究会に参加している企業全体(メンバ全体)で経験できる量では雲泥の差が有ります.振動・騒音の専門家が制約のある中から少しずつ提供可能なデータを持ち寄る,すなわち,データを提供(GIVE)し合うことで,より多くの情報を入手(TAKE)することができるわけです.

 データは全国に60人ほどいるコア委員がメンバに呼びかけて収集します.また,収集データについて事例研究を行い,トラブル解決法を学ぶことを目的にv_BASEフォーラムを開催します.フォーラムではコア委員の中から6名ほどがコーディネータとして進行役になります.こうして蓄積されたデータは,CD-ROMなど電子媒体を用いてデータベース化され,研究会メンバにフィードバックされます.研究会の発足当初はメンバに手持ちデータが多かったこともあり,年4回ほどフォーラムを開催(昔の通常総会講演会,全国大会,部門講演会など大きな講演会などで企画)してきましたが,最近は年1回の部門講演会(Dynamics and Design Conference,D&D)の恒例行事として,30数件のデータを集めて丸1日を通してフォーラムを開催しています.

 当初からデータ収集件数を目標1,000件としていました.1,000件集まるとデータベースとして確かに強力なものになります.先に収集件数を945件と書きましたように研究会メンバの積極的な参加の賜物で,もうじき1,000件に到達する状況になりました.しかしそれで活動終了ということではもちろん無く,次の目標を1,500件,2,000件に設定し,世代を超えた長期に及ぶ研究会として今後ますます発展していくことを強く望みます.

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