LastUpdate 2015.4.1
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ようこそ、JSME談話室 「き・か・い」 へ |
No.135 「マイクのいらない公会堂」日本機械学会第92期広報理事
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(うしろはMikeならぬMickey) |
機械に代表される科学技術が与えてくれる恩恵の一つは、限りある人間の力を拡大したり補助したりしてくれること──小さな子供たちでさえその恩恵に気付いている車や建設機械(1)などはいうまでもなく、体が弱いあるいは不自由な人々を対象とする科学技術の進歩への期待は大きい。しかし、その科学技術も使い方しだいでは、人間をひ弱にしてしまう場合もあるように思う。筆者はそのひとつの例として、さほど大きな会議室・講演室でもないのにマイクを用いて耳にがんがん響くような不自然な再生音で発言を聴かされる状況を思い浮かべてしまう。
それだけでなく、マイクのおかげで口先で早口でまくし立てても声がとおるので、おおぜいの面前で話す場合、現代の人は昔の人にくらべずっと多弁になったのではないかと思う。大昔たとえばローマ帝国の皇帝やわが国でも戦国武将などは、きっと今日のオペラ歌手のようにおなかに力を入れて体の底から声を出さないと、聴いている者たちに意志と意欲を伝えることができなかったにちがいない。いや、そこまでさかのぼらなくても、マイク普及以前の明治時代の議会や辻説法でも同様だったろう。演説する人たちはおのずと言葉も選び、相手の注意を集中させることに努力したはずだ。聴き手も耳を澄まして話し手の息づかいにまで注意を払ったはずだ。いうまでもなく、多くをたたみかけるように語ることは必ずしも説得力を増すあるいは理解を増すことにはつながるとは限らない。言葉は少なくともあるいは遅くとも大いなる感動や理解を与えることはいくらでもある。立て板に水のような流ちょうな語り口でも、うすっぺらな内容(情報)の話が増えているとしたら、人間としては退行ではなかろうか。
一方、原音で聴くしかなかった時代には、無意識的あるいは意識的に原音をよく伝えるような建物の音響設計が重視されていたのではないかと思う。いわゆる「ささやきの回廊(whispering gallery)」のドーム建築をはじめ、現在でも最高の響きとされるウィーン楽友協会の大ホールは床下や天井まで含めて美しい音響を生み出す秘密があるときく。これに対し、科学技術が十分発達した現代でも、見た目には立派でも音響的には行き届かない建物や部屋はいくらでもある。そもそも本エッセー執筆のきっかけとなったのは、信濃町の日本機械学会本部の大会議室で、肉声だけでは聴き取りにくい理事会、そしてあまり良質とはいえないマイクとスピーカーを使っての経験だった。残念ながら、筆者が勤務する新キャンパスの機械系会議室も音響的には優れない。その点、ある学会の理事会で利用させていただいた東京大学工学部2号館3階にある31A機械系会議室は声がよく通る快適な部屋であったことが印象的だ(壁面上方に並ぶ多数の大先生の写真群─ガラス板が音を反射する効果もあるのだろうか?)。
このような思いから、音響が命というべきコンサートホールに限らず、中規模の会議室・講義室・講演室・宴会室も、表面的なデザインよりもむしろ音響に十分な配慮をして設計・施工していただきたいと願っている(2)。そして、この動きを先導するものとして、従来式の箱物行政は感心しないものの、人と人との直接的な出会いが減る時代にあって地域住民などが肉声で快適に意見交換できる中規模(100人程度)の「マイクのいらない公会堂」を作っていただけるなら、その価値は計り知れないと期待する。以前からそのように思っていたところ、究極の音響を追究してきた米国のBose本社には「オーディトリアム」という社内プレゼンテーションなどに使われるマイク不要の部屋があることをテレビ番組で知った(3)。Boseといえば、足下から天井まで広がる壁一面の黒板に創業者のAmar Boseが寄りかかって話をしている講義室(おそらくMIT内)(4)の写真も一度見たら忘れられない。これらBoseの「オーディトリアム」と「講義室」はうらやましい限りの二つの「箱」である。
(1) たとえば、「ひらけ!ポンキッキ」という幼児番組には「はたらくくるま」というコーナーがあった。
(2) 蛇足ながら、筆者は学生と接する貴重な空間である教室での音響のわるさに加え、上下可動黒板の大きさが中途半端で使いにくかったり、(複数あっても見にくいことにかわりはない)スクリーンの大きさや配置など、無頓着な設計にも閉口することがよくあり、今後は教室の設計者に十分な配慮をいただくことを願っている。
(3) TBS がっちりマンデー https://www.tbs.co.jp/gacchiri/archives/2013/0825.html#b2
(4) Boston Business Journal http://www.bizjournals.com/boston/print-edition/2013/08/02/boses-lesson-for-the-ages.html?page=all