LastUpdate 2014.10.10
|
ようこそ、JSME談話室 「き・か・い」 へ |
No.129 「30年前の思い出の論文」日本機械学会第92期副会長
|
今年で64歳となった.大学院博士後期課程に1975年に進学し,研究者としての道を歩み始めてからほぼ40年が経過した.この間に英語の論文(査読有)だけでも100編以上発表した.どの論文にも愛着があるが,1982年にASME J. Appl. Mech.に掲載された論文には特に強い愛着がある.しかもこの論文は,掲載されてから20年後に予想外な貢献をした.誇りに思っている論文の一つである.
博士後期課程で異方クリープ損傷の力学的モデルについて研究し,1979年に工学博士の学位を取得した.その後,繰返し塑性の材料モデルの研究を始めた.きっかけは,Chabocheらが1979年の国際会議で発表した論文である.電動タイプライターでのタイプ打ちで,数式は手書きで記入された論文である.そのコピーが手に入った.Chabocheとの面識はなかった.彼は,今では塑性工学の分野で著名であるが,その頃は若手研究者であり,日本ではまったく無名であった.要するに素性のわからない論文であった.しかし,内容に魅力を感じた.この論文の本質を理解するとともに,繰返し塑性変形での加工硬化(繰返し硬化)について考えを巡らせた.繰返し硬化が繰返し数の増加にともなって飽和するという現象の微視的メカニズムを頭の中に描きつつ熟考した.考え続けるうちにアイデアが浮かんだ.負荷方向の反転後しばらくの間は等方硬化が発達しないという仮説である.これに基づいて材料モデルの構築を行った.
検証実験を行ったところ,満足できるデータが得られたので,研究成果を論文としてまとめ,投稿することにした.自分で思いついたアイデアであったので,単著にしたかった.1980年10月に名古屋大学から豊橋技術科学大学に異動したが,名古屋大学在籍時に始めた研究である.このことを考えれば,異動前の所属研究室の教授・助教授との連名にすべきと思った.異動後の所属研究室の教授との連名についても考えた.しかし,どちらの研究室も年長者が第1著者となる慣習であり,理不尽さを感じていたので,やはり単著とすることにした.若さゆえの身勝手で至らぬ判断であったかもしれない.すでに英語での論文執筆の経験はあったが,初めて一人で書く英語論文であり,執筆にかなり苦労したが,論文として世に出したいという気持ちがまさった.
1981年10月末に原稿をJ. Appl. Mech.の主エディターに郵送した.このジャーナルは,その頃,固体力学の分野で最もレベルの高いものとみなされていた.破壊力学のJ積分に関するRiceの大変著名な論文もこのジャーナルに1968年に掲載されている.1982年2月末に担当エディターから査読者2名のコメントを添えて手紙が送られてきた.修正原稿とともに各コメントへの回答を送られたいとの内容であった.今でいうMajor Revisionであるが,手紙は“I am pleased to report …”という書き出しであり,修正すれば掲載可になると判断した.当時メールは,航空郵便であり,日米間で片道1週間ほど要した.査読も今に比べればゆっくりとした時代であったので,投稿から4ケ月での査読者コメントは順調に感じた.
原稿の修正に2ケ月ほど要した.査読者#1のコメントが7個もあったことが一因であるが,1982年4月からハーバード大学に客員研究員(ポスドク)として1年間滞在することになっていたため,その準備に忙しかったことによる.妻と1歳3ヶ月の長女を連れての米国留学であったので,準備が大変であった.結局,修正原稿のタイプは,渡航後となった.ハーバード大学の研究室の秘書が修正原稿をタイプしてくれないかと秘かに期待したが,そのような厚かましいことは言えなかった.仕方なくブラザー製の比較的安価な電動タイプライターを自費で購入し,ビジネススクールに隣接するアパートの中で修正原稿を仕上げた.5月の初めに修正原稿を担当エディターに送ったところ,3週間後に掲載決定の通知があり,その年の12月に掲載された.
20年後の2002年にYoshida-Uemoriによる論文がInt. J. Plasticityに掲載された.この論文に発表された材料モデルは,負荷方向の反転後に生じる加工硬化の停滞現象(workhardening stagnation)を表現できるという特徴を有している.このモデル化のため,筆者が1982年にJ. Appl. Mech.の論文で提案した仮説が形を変えて使用されている.その後Yoshida-Uemoriモデルは,板成形で問題となるスプリングバックを高精度に解析し得る材料モデルとして有名になり,市販の汎用有限要素法ソフトであるLS-DYNAやPAM-STAMPに2007年に正式採用された.筆者の1982年の論文がこの材料モデルを通じて社会貢献したことになり,研究者として嬉しく思っている.Yoshida-Uemoriモデルに感謝である.