LastUpdate 2014.7.23


J S M E 談 話 室

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No.126 「ローマ街道」

日本機械学会第92期副会長
白國 紀行(東海旅客鉄道(株)専務執行役員)

白國 紀行

 1964年、東京オリンピックのマラソン競技で優勝したエチオピアのアベベ・ビキラ選手はオリンピック史上初めてマラソンで連覇した選手ですが、前回優勝した1960年のローマオリンピックでは、石畳の「アッピア街道」を裸足で走った選手として有名です。

 ローマはBC8世紀の中頃、都市国家として成立し、BC1世紀後半、ユリウス・カエサル、オクタビアヌス(後のアウグストゥスに)によって帝政に移行した後、東ローマ帝国が滅亡する15世紀中頃まで広大な帝国として隆盛を誇ったことは周知のとおりです。その領域の拡大と維持に街道が重要な枠割を果たしています。

 初期のローマにおいて、BC312年、その年の財務官であったアッピウス・クラウディウスの立案により、その人名を冠した「アッピア街道」が着工されています。この街道はローマが制覇した地において、軍団兵が剣をつるはしに持ち代えて敷設するという政策によって作られた初めての街道ですが、その後のローマの街道はこのやり方に沿って敷かれて行きます。その目的はまず、制覇した地での問題の発生や国境に侵攻して来る外敵に対処するために、軍隊を安全、迅速に移動させることにありました。道路は一面に頑丈な石を敷き詰めて舗装された幅4mの車道とその両側に排水溝、さらにその外側に幅3mの歩道という構造になっていました。移動に際して、軍の兵站を確保するべく兵糧等を満載した重い荷車が通行できるように配慮されていたことが伺われます。第二は、街道が整備されると周辺地域の住民が行き来して人の交流が促され、物資の流通が促進されますが、それによって制覇した地の住民の生活水準の向上が図られることとなり、ローマとそれらの住民との融合・同化を進めることにありました。その結果、ローマの領域が平和的に拡大し、維持されるとともに、ローマ全体の経済が活性化されることになりました。

 「アッピア街道」が着工される以前にはローマから南東方向にある(現ナポリ近郊の)カプアまで「ラティーナ街道」が通っていました。また、カプア近くのベネヴェントからさらに南東に向かい「アッピア街道」終点の(アドリア海側ほぼ南端に位置する)ブリンディシまでの区間には、後に、もう1本、「アッピア・トライアーナ街道」が敷設され、二重系化されています。山崩れ等の自然災害によって一方が不通となった場合の選択肢を持っておくこと、また、外敵に侵攻され、一方を押えられても、もう一方の街道を使って兵站線を確保し、戦線の立て直しが図れるようにしたことが想定され、ローマ人がバイパスを持つことの重要性を認識していたことが伺われます。

 隆盛を誇ったローマも3世紀あたりから衰退の傾向が現れ始めますが、「アッピア街道」はその機能を十分に果たしていました。敷設当時の技術レベルが高かったことに加え、機能維持のためのメンテナンスを怠らなかったためです。時を経た現在もローマの主要な街道は国道として存続し、「アッピア街道」は国道7号線となっています。

 さて、私事に関わる話で恐縮ですが、1964年に開業した東海道新幹線は東京〜名古屋〜大阪間において、高速大量輸送機関としての役割を果たし続けて今年、開業50周年を迎えます。開業当初は、1日当たりの列車本数が60本、乗客数が5万人でしたが、現在、各々、336本、40.9万人となって、文字通り日本の大動脈輸送を担っています。また、この50年間の乗客の死傷事故ゼロ、現在の平均遅れ時間0.5分という最高レベルの安全安定輸送が確保されています。さらに、最高速度が210km/hから270km/hに向上し、東京〜新大阪間の所要時間が4時間から最短で2時間25分に短縮される等、輸送サービスの充実が図られました。これは日々の保守・点検、技術・技能の伝承が確実に成されていること、不断の技術のブラシュアップによるものです。日本の国にとっても重要なインフラストラクチュアを今後も守り、発展させて行かねばなりません。

 近い将来、東海道新幹線のバイパスとして、超電導リニアによる中央新幹線の着工が予定されています。中央新幹線の建設の目的は、2点あります。まず、東海道新幹線は地震対策を着実に強化してきてはおりますが、想定外の自然の大災害に対しての抜本的対策としては東京〜大阪間の高速大量輸送機関である新幹線を二重系化しておくことが必要と考えられます。第二に、超電導リニアによって東京〜名古屋間が現在の1時間35分から40分、東京〜大阪間が2時間半から67分と大幅な時間短縮効果が得られ、東京、名古屋、大阪の3大都市圏が一つの巨大な都市圏となります。活動範囲が広域化して、ビジネスの進め方、余暇の過ごし方等ライフスタイルが大きく変化し、様々な可能性の広がりが期待されます。

 2027年の東京〜名古屋間の営業開始に向けて、盤石の輸送システムを築き上げて行かねばなりませんが、それは日本の持つ技術力、工業力による低コストで高品質の作り込みと新幹線、在来線で培った技術をベースとして洗練された保守運営技術によって実現されます。ローマ街道の歴史にも学びつつ、その礎を築くべく歩を進めています。

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