LastUpdate 2014.5.14


J S M E 談 話 室

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本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.124 「中国から眺める日本の機械工学の潜在力」

日本機械学会第91期企画理事
佐田 豊(東芝(中国)有限公司 副総裁)

佐田 豊

 4つのプロペラを持つ自動飛行機がどこからともなく現れ、穏やかな春風の吹く野外会場の真ん中にゆっくりと降りたつと、プレゼンターは自動飛行機が運んできた筒状の表彰状をはずし、最優秀賞を獲得した学生へ授与した。

 筆者は2012年4月より北京に駐在し、ソフトウェアの技術開発と中国での新規事業の開発に携わっている。この光景はこの春、筆者が参加した清華大学の学生課外イノベーション大会の表彰式での出来事で、世界トップレベル性能のスーパーキャパシタ開発などを抑えて大会の最優秀賞を獲得したのが、この自動飛行機の開発チームである。彼らが開発した自動飛行機は、単眼カメラを搭載し、目的地を捕獲し飛行するだけでなく、地表の3次元的起伏を認識し、4本の脚の長さを調整して起伏のある着地点でも水平着地ができるという。単眼カメラによる物体3次元形状認識を初め、この自動飛行機の構成技術はいずれも既存技術であるが、2kgにも満たない機体にバッテリ、モータ、伸縮脚、視覚機能を詰め込み、自動飛行や画像認識機能をマイコンに搭載した彼らのシステム構築力には驚かされる。

 筆者が機械工学を大学で学んだ80年代後半から90年代前半は、組込みソフトで実現できることをまだ限られ、ソフトはハード(機械)の機能を生かすための存在に近かった。単眼カメラでの3次元形状認識は、当時の先端画像処理ワークステーションでもリアルタイム処理できたかどうか。四半世紀を経て、ソフトウェアはシステムの機能を発現する重要な要素技術となった。

 加えて、通信・無線の技術革新と、社会インフラへの浸透が、かつては“装置”という概念で捉えられたシステムの規模を飛躍的に大きくし、複雑にした。清華大学の学生たちはスマートフォンアプリケーション、Bluetooth等の無線技術を当たり前のように使いこなしている。

 それでも、筆者は、最新技術を使いこなす中国の学生たちや、会社の同僚研究者たちと、彼らのアイデア、アプリケーションについて議論を交わすことができるし、時には、彼らにはない着眼点でシステムを捉えていることに気づくことがある。そういった自分の思考の源にあるのは、真面目に勉強したかはともかく、学生時代に4力学という要素技術を現象理解から学び、自動制御や自動車工学等で、対象を理解・制御可能な単位へと分解、モデル化するといった、システムを捉える素養を叩き込まれたからなのだと感じている。

 中国は急速に技術力を高めており、中国の学生は将来の成功を信じて驚くほど真剣に勉学に励んでいる。日本人にとって、それは大いなる脅威であるが、敢えて彼らの弱みを探せば、巨大・複雑化したシステムを実装する技術を急速に獲得したために、個々の要素技術やシステムへの理解が十分でないことではないか。加えて、長い間の知的財産軽視の風潮により、自分たちの強みやユニークさを明確な技術として仕上げる力に物足りなさを感じる。

 スマートフォン、スマートコミュニティ、クラウドといった単語が飛び交う今日、狭義の機械システムが社会に与えるインパクトは四半世紀前とは随分と違ってきた。顧客や社会のニーズを満たすシステムを構想するとき、それを狭義の“機械”システムの枠で捉えることは危険すら伴うし、求められる機能を作り込むためには、機械工学を超えて新たな技術を活用することも欠かせない。それでも、日本の“ものつくり”を支えてきた日本の機械工学が、システムを作り上げ、その優位性を確立するための基盤となる工学体系であることは変わらないように感じている。

 2012年から2年間、久しぶりに日本機械学会の運営のお手伝いをさせていただいた。多くの先生、旧知の方々との会話から、会員数減少など学会が深い悩みを抱えることも理解したが、それでもなお、中国の地で機械工学を離れた仕事に関わりながら、筆者は日本の機械工学の潜在的な競争力を再発見し、それに携わる学際人、産業人が集う日本機械学会が日本の社会、経済へ大いに貢献することを期待しているのである。

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