LastUpdate 2013.8.12
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No.118 「超弩級について考える」日本機械学会第91期副会長
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7月の葉山での合宿理事会の折に横須賀に立ち寄り、明治期の戦艦「三笠」や現役の日米の潜水艦やイージス艦を見学して来ました。はじめに申し上げますが、私は決して右翼でも軍国主義者でもありません。ただ究極に研ぎ澄まされた機械の美しさ、無駄の無さという点で第2次大戦期の艦船や航空機が好きで興味を持っております。最近は子供の頃の趣味であったプラモデル作りを55才から再開し、現在1/700スケールの連合艦隊を老眼と戦いつつ建造中です。(現在旗艦大和を先頭に17艦を数えます。但しこの話に深入りするとそれだけで本稿が終わってしまうので本日は止めておきます。)
自作プラモデル「長門」1/700ところで皆様「超弩級」という言葉をご存知と思います。一般に大きさや迫力が他を圧倒しているという意味で使っていますが、この「超弩級」は実は「超ド級」が語源で、英国のある戦艦の名に由来していることは案外知られていないのではと思います。
1920年頃の列強間の海軍軍縮条約の時代に当時の最先端性能艦の基準として英戦艦「ドレッドノート」が引き合いに出され、以後はこの「ドレッドノート」を凌駕する艦を「超ド級」即ち「超弩級」と呼称するようになった訳です。ただこの「ドレッドノート」排水量1.81万トン、全長160.6mと後々の大艦と比較すると可愛い物ですが…。
日本初の「超弩級」戦艦は英国ビッカース社に発注建艦した「金剛」ですが、それ以後の戦艦、巡洋戦艦はすべからく「超弩級」であり最後は「超々々弩級」と言われた「大和」「武蔵」に行きつく訳です。(「大和」は排水量6.4万トン、全長263 m。将に「超々々弩級」ですね。)ただしこの「超弩級」海軍は最終的には圧倒的な航空兵力や潜水艦の機動力には対抗できず、決して輝かしい戦果を挙げることなく「大和」は沖縄特攻で撃沈、「長門」は戦後ビキニ環礁で原爆実験の「的」として生涯を終えたのはご存知のとおりです。
さて軍艦物語はこのくらいにして、機械技術者としての自分を振り返ってみたいと思います。前述しました様に子供の頃から工作、模型、からくりは大好きでした。教科の成績(国語と社会が得意、数学と物理が苦手)からは全く理系素養の低い自分が機械技術者となったのはやはり模型少年の行くつく先だったかとも感じます。
弊社は主に自動車用システム部品の開発、製造を業としておりますが、主に自分が35年間従事してきたのはガソリン、ディーゼルエンジンやハイブリッドシステムに係わるパワートレイン系の仕事です。この中で自分や仲間が追い求めてきたのはやはり機械的なからくりの妙に加えて「超弩級」だったのだと改めて思います。 例えば20年以上を費やし開発したディーゼルエンジン用のコモンレール式燃料噴射システムは現在では最大噴射圧力250MPa、エンジン1爆発の間に9回の分割噴射を行います。1995年頃の世界水準に対して数倍から10倍の数値です。おかげさまでこの技術は事業としても成立し、現在は世界中の大気環境や省エネルギーに大きく寄与しているものと自負しております。また最新のハイブリッドシステムのインバータやモータについても出力密度(出力/体格)で他を大きく超えた「超弩級」の物を世に送らせていただいています。以上紹介させていただいたような「超弩級」の技術は言い換えればある意味で「重厚長大」の極みかも知れません。
ディーゼル噴射装置の超弩級技術翻って日本の物作りを考えてみますと、一般論としては重厚長大は遠く過去のものとされ、現実に造船や大型プラント等では苦戦を強いられております。(それでは逆方向の軽薄短小はと見てみると、これも一時の勢いはなく中韓やアジアに主力を奪われつつありますが…)重厚長大の方向での「超弩級」は例えば戦艦大和が現代のIT満載の小さなイージス艦に歯が立たないように全く無力になりつつあるのでしょうか? 自分の答えは「否」であると考えます。世界No.11の「物理的突出」は必ず今後も競争力を持ち続け得る、日本で造り続け得るものであると思います。前述したコモンレールやモータには、単に力まかせではない「新機構」「新材料」「新工法」等が日進月歩の勢いで日々注入され、またその「生産」は勤勉で向上心に富む日本の「現場」で日々改善されています。機械を成立させる為の高度な設計、評価、モデルベース開発等も深い根を張って「超弩級」を支えています。もちろんこの中で「物理的突出」と合わせて、細やかで精度の高い制御や計測も相まって製品の差別的競争力が担保されています。但しこの中で最近反省して方向を変えているのは「生産設備」で、今までは何故かφ5mmのバルブを全長4mの大型機械で削ったりしていました。このような小物は例えば卓上ミシンのような「1/N」設備で製造するように現在改革を進めています。
「超弩級」のハードに最新の知恵と知能を与え、最も軽くスマートな方法で生産する。この方向にまだまだ日本の機械が生き残るひとつの道があると確信します。