LastUpdate 2011.9.9

J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.100 「技術者の変わらぬ姿勢」

日本機械学会第89期企画理事
前川 治((株) 東芝 執行役常務 電力システム社 統括技師長)

前川 治

 18世紀半ばに産業革命がおきてからこれまで250年ほどが経過しています。この間、人類は生活の利便性向上や夢の実現あるいは自然の驚異を克服することに、飽くなき期待を抱き果敢に幾多の困難とも思える研究と技術開発に挑戦してきました。20世紀後半の半世紀は大規模な国家間の紛争がおさまることで、これまでにない大規模な人口の増加がはじまりました。特にこの期間で技術開発の恩恵を得ることは、即ち人口増に伴うエネルギー消費の伸張につながりました。21世紀に入ると新興国経済の急拡大が始まりエネルギー消費の増加が更に加速しています。斯様な世界情勢の中で東日本大震災という未曾有の大災害を経験し、これまで研究や技術開発でプロセスを集約し、効率を高め前進することを至上としてきた社会で頼みの綱のエネルギー消費を抑えねばならないという制約が生じ、大きなパラダイムシフトが生じています。社会通念の変化は人が各時代に経験する事柄により様々に変化しますのでここで語る言葉を持ちませんが、技術開発に携わる人々という括りで見ますと如何様な時代にも普遍的な技術開発への取り組み姿勢があると思います。この場を借りて企業の現場で感じるその思いを記したいと思います。

 報道を賑せる新技術や新製品・システムの紹介は機能や性能あるいは概念自体に先進性が認められる対象です。しかし新「技術」と新「製品」の間には実は大きな隔たりが隠されていることを一般の利用者や消費者はあまり認識されていないのではないかと思います。新しい技術の開発はその初期段階では、整えた環境の中で初めてその機能や性能が実現されることが多いのです。限界の性能を引き出すことは、非常に危ういバランスの上で実現できるからこそ先鞭をつける技術者の困難があります。このように環境を整えて導き出したいわゆるチャンピオンデータが研究や開発の先端であり、新「技術」として喧伝できる内容になり得ます。さて、ひとたびその機能・性能が確認されると次は安定してその能力を引き出すことに挑みます。危ういバランスが何故生じるのかを分析してその課題を克服し、環境条件の幅を緩めても安定して能力を引き出せる措置を順次講じていくわけです。このようなアプローチはデバイス開発、単品のコンポーネント開発、そして複雑なシステム開発と色々な対象に対しても同じプロセスで取り組まれます。そして新「技術」で捉えた機能や性能を安定して提供できるようになった時、新「商品」誕生につながります。この技術と商品の間にあるギャップを、企業では「品質」と呼ぶことが多いように思います。暗黙値を定量化し品質という尺度で体系化して性能を安定させた結果「商品」が生まれるという構図です。このように利用者側からはそのプロセスと積み重ねた技術の裾野を直接見ることができませんが、商品が世の中に送り出される時には品質のハードルが存在しています。このハードルは社会の成熟度合いや利用者の有する文化によって設定される高さが異なり、同じような商品であっても一様ではありません。

 このようにして機能や性能を阻害する要因を、考えうる限り対処して世の中に送り出される商品ですが残念ながらトラブルの発生はゼロではありません。予測を超える商品の使用状況など、トラブルにつながり得る条件を如何に洗い出して技術で囲い込むかが重要でありその緻密さこそが研究や技術のレベルになります。ひとたび発生すると人を巻き込む大惨事になる、いわゆる社会インフラシステムも同じプロセスで品質を担保しています。安全を担保するために細部に渡るケーススタディと検証を実施し、関係するお客様と企業で相互のレビューを繰り返して全ての懸念事項を克服できたときに初めて実社会への導入となります。原子力発電所はその最大規模に分類されるシステムです。しかし東日本大震災ではその原子力発電所が想定外の事態に陥り大災害につながりました。予測をはるかに超えた事態が引き金となり事故を誘引してしまうことは、過去を振り返れば累々たるものがあります。しかし事故が発生したからその技術は封印するという短絡的な発想は、これまでの歴史を振り返ってもひとつもありません。先述したように技術を求めるその根源には、夢の実現など人類の期待があるからです。事故を紐解いていけば技術バランスが並行点から傾いた結果であり、技術バランスを安定させることが技術開発であるということから考えれば、やはり新たな技術でその並行点をより強固に維持することに知恵を絞り続けてきたのです。

 社会の進展を支えるひとつの柱は、人々が秘めている漠然とした夢を現実の形に具現化していくことだと思います。そのためには例え不幸にも予測し得ない事故が生じた場合はその事故に学び、新たな技術課題を抽出しそして解決することこそが研究や技術開発に従事している我々に求められているのです。技術者はそういう真摯な姿勢を持つべきだと思います。本誌の読者にはこれから社会に巣立つ学生の皆さんも多くおられると思います。様々な事業や研究分野があり大きな希望を持たれていることでしょう。自身の進路を選択する時に、事業としての盛隆や社会的価値観がどうしても目先にちらつくと思います。しかし、大切なのはどのような分野であれ技術者としての真摯な姿勢を自ら確立できるかどうかです。是非これからの社会も、人類の夢を追い続けていく技術者が一人でも多く輩出されんことを願います。

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