LastUpdate 2011.5.2

J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.96 「災害予知と防災の難しさを超えて」

日本機械学会第89期編修理事
池川正人((株)日立製作所 主管研究員)

池川正人

漢詩(七言絶句) (書き下し文)
題東日本大震災 (東日本大震災に題す)

烈震奔濤襲故郷 ( 烈震(れっしん) 奔濤(ほんとう) 故郷(こきょう)(おそ)う)

毀村呑衆跡荒涼 ( (むら)(こわ)(しゅう)()みて (あと) 荒涼(こうりょう)たり)

天工所業凌科技 ( 天工(てんこう)所業(しょぎょう) 科技(かぎ)(しの)ぐ)

何処英知仰彼蒼 ( (いず)れの (ところ)にか 英知(えいち) 彼蒼(ひそう)(あお)ぐ)

【陽韻】杜正

 3月11日に発生した東日本大震災で、多くの方々が亡くなられ、また甚大な被害が生じたことに、心から哀悼の意とお見舞いを申し上げます。私は、企業で流体工学を専門とする研究者であり、地震や津波は専門外です。しかし、今これを避けて文章を書くことはできないと思い、筆をとった次第です。

 私は、3月11日、茨城県ひたちなか市にあるビルの7階のオフィスで仕事をしているときに震災に遭いました。かなり大きな揺れ(震度6弱)で、机上から物が落ち、広いオフィスの天井のパネルが落ちてきました。これはただならぬことだと感じ、ヘルメットをかぶり机の下に一時避難しました。日本ではほとんどの会社で、地震と火災に対処する訓練をしており、行動指針が作成されています。しばらくして、揺れが収まったところで、屋外の指定された場所に避難せよとの指示があり、決まった通路から決まった場所に避難しました。すぐに人員確認が行われ、全員無事であることが確認されました。ここまでは、いつもの避難訓練と同じでしたが、それからが違いました。余震が起きる。オフィスに戻れない。これからどうなるのか予想がつきませんでした。鉄道は止まり、タクシーは捕まらず、携帯電話も通じません。やがて、夕方になり、近くの小学校に避難せよとの指示が出ました。そこで、生れて初めて避難民として、体育館の板の間に段ボール一枚敷いて座り、少ない食糧、少ない暖房下で足りない毛布を分け合いながら一夜を明かしました。翌日早朝歩き出し、8時間かけて徒歩で帰宅しました。このような体験をされた方が多いと思いますし、もっと悲惨な体験をされた方々のことを思いますと、私の場合は不幸中の幸いでした。

 私は電車で通勤する際、いつも寸暇を惜しんで本を読んだり語学の勉強をしたりするのですが、この避難所では大の大人がただ座って、雑談したりぼんやりしていることしかできなかったのです。ただ、この時漠然と考えたのが、科学の予知と防災が不完全で、自然に負けたのかということでした。ここまで科学技術が発達したのになぜだろう。現在でも地震や火山噴火の予知ができていません。それを緩和する技術もまだできていません。日本は歴史始まって以来台風の被害に遭っているにもかかわらず、毎年被害者が出ます。人類はもっとこの自然に対して、1000年単位での大災害に対して防御策を講じておくべきではないか。国連のような組織でそれを先導する義務があるのではないでしょうか。天はそれを待っているのかもしれない。

 ところが、翌日帰宅してからインターネットで、地震や津波の予知を調べてみたところ、実は、膨大なシミュレーションが実施され予知されていることを知りました。実際の大きさは公的な予測値より高かったのですが、今回の宮城県沖の地震は予知されていました。また、古地震学の分野では、今回の津波より大きなものが大昔に同じ地域を襲っていたことがわかっており、その専門家が今年の2月から3月に掛けて、宮城県、福島県を講演していたそうです。津波シミュレーションにより、各都道府県でどのように津波が襲うかハザードマップが既にでき上がっています。すると予知はできていたが、防災対策ができていなかったことになります。1000年に1度の大災害に対して費用を懸けて防災対策をするのは、現代の社会体制では無理かもしれません。今日の生活を大事にしていると、それにお金を懸けることに反対する人が出るからです。このため、実際には、ある程度実現可能な範囲でしか防災対策ができていないのではないでしょうか。

 津波の際、信じなくて逃げなかった人、ある程度まで避難してそこで襲われた人がいることも課題です。1960年のチリ地震の時、この場所のこの高さまで津波が押し寄せたというハザード看板が東北の海岸にあちこちに立てられていますが、逆には、この程度しか来ないという安全標にもなってしまいます。最先端科学のシミュレーションでもっと大きな津波が襲来すると予測し、毎年入念な避難訓練をしても、人間の寿命の100年単位でそのような波が来ないと、防災意識がだんだん風化していく難しさもあります。法華経の喩に「火宅の人」(広い町の中で火が襲ってくると言っても皆が信じないので、外に財宝があると言って誘導した)があるように方便で人を誘導しなければならないのでしょうか。嘘をついてはいけないというのであれば、正確な情報を出してそれに従ってもらう説得術が必要です。

 私は流体のシミュレーションにより、製品開発を手伝う仕事をしていますが、長年工場で実験ベースの製品開発をして実績を上げている人にシミュレーションの活用を説得するのが大変なことがあります。この場合、シミュレーションが役に立つことを実績で何度か示して、納得してもらうしかありません。また、シミュレーションはトータルで経済的効果があることを示すことも必要です。シミュレーションは、プログラミングしている物理モデルが高精度であれば、あとは境界条件と初期条件が如何に実際と合っているかがポイントになります。精度の高いシミュレーション結果を得るには、計算時間をはじめとするコストが増大するため、絶対値を合わせるのは現実的に不可能なことが多いものです。シミュレーション結果と実際が合わないことから、シミュレーションが嫌いな人はますます嫌いになって信じなくなってしまいます。しかし、シミュレーションは、現象を詳細に見せてくれるので、どこを改善すれば良いかヒントを与えてくれるので非常に役立つことも事実です。また、実験値や実際の計測値をフィードバックすると、絶対値もかなり合うようになるので、活用により、精度向上を図ることが必要です。このようにしてシミュレーションの信頼度を向上させることが重要と考えます。

 「災害は忘れたころにやってくる」と言われていますが、今忘れないうちに、1000年に1度の大災害に対する防災対策をしておくことが大事ではないでしょうか。今なら、シミュレーション結果も信じてもらえると思われるからです。平常時での災害予知と防災の難しさに対しては、シミュレーションの信頼度を向上させることが重要だと思います。防災のためのスーパーコンピュータへの投資も、我が国では大変重要なのではないかと考えます。

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