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No.91 「発明,発見と後付けの理論」日本機械学会第88期企画理事
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企業に30年余り,大学に移って4年になるが,最近,大学に向けてイノベーションという言葉がよく使われ,その使われ方に違和感を覚えることが多い.
企業の研究所において「画期的な新製品がでない」,西欧の企業との熾烈な競争や発展途上国からの追い上げのなかで「製品の差別化技術に欠けている」と言われてきた.高度成長期のなかで,既に概念のある製品の性能を向上させ,如何に早く,安く,沢山作るかに専念し,社会のニーズ,さらに市場ニーズを見極めて,どんな製品をつくれば売れるかの製品企画の感性をあまり磨いてこなかった.これは,この時期の日本の多くの企業人のビジネス感覚の不足と,全く新しい製品,サービスを生み出そうとする創造性への意欲の欠如の問題と自省してきた.
ところが,大学に来てみると,日本にイノベーションが生まれないのは,あたかも,大学が新しい技術を生まないためとでもいうような声が聞こえることが多いのである.
動力機関の歴史をひも解くと,蒸気機関が発明されたのが1765年,ファラデーが電磁誘導を発見したのが1831年で,それに続いて発電機やモーターが次々に発明されたが,熱力学の第1,第2法則が確立されたのは1850年前後と言われている.また,その後1883年にガソリンエンジン,1893年にデイーゼル機関が発明されたが,プラントルの境界層理論やヌッセルトの凝縮の理論は20世紀にはいってからで,動力機関の本格的な普及はそれ以降になる.
未知のものを追求する知的興味から新しい物質や性質が発見され,便利なものが欲しいという社会のニーズから新しいものの概念が発明される.発明されたものはその後,技術と市場の実現性の条件が整ったところで開発され,さらに,商品化されて市場に投入されるが,技術の役割はそこで終わらない.それが世の中で広く普及し,イノベーションが完結するためには,開発品を構成する要素技術について,その理論が体系化されることが必要条件になっているようである.
ここまでの動力機関の流れをみると,大学人は,発見,発明というより,主に,理論の体系化をとおして,イノベーションの完結に貢献してきたように見える.
日本の戦後の高度成長期においても,技術導入,脱技術導入,性能向上,品質向上,原価低減などの流れのなかで,製品のなかでおこる現象を解明し,理論をつくり,定量化して予測式をつくることで,製品やサービスを社会全体に普及させることに,大学は多大な貢献をなしてきた.
さて,一方で,最近の経済の長期的な低迷のなかで,何か全く新しいイノベーションへの期待が高まっている.経済の問題であれば,イノベーションの端緒を切り拓くのは,基本的に企業のミッションであるという考えに変わりはないが,それに留まらず,環境問題が顕在化し,持続的成長への不安が増し,価値観の大転換が迫られている.ここに至っては,大学も,発見,発明を含めたイノベーションへの幅広い関与が求められていることは確かである.
最近,iPS細胞の発見があり,それに伴い生じる多くの発明に大学人が活躍しているのは頼もしい限りであるが,現象解明のなかでの発見が,そのままでは工業的に有用な発明に繋がりにくい機械工学の分野では,現象解明だけではなく,社会ニーズを肌で感じ取りながら,それが市場ニーズに移行する潮目にも目配りしながら,新しい発明をなしていくという発明家としてのアプローチも必要になっている.そして,その発明の結果,開発される新しい製品を構成する要素技術について,後付けの理論体系を構築する新たな研究分野を切り拓いていくことにもなる.
ところで,日本機械学会には昨年イノベーションセンターという組織ができた.ここは,「技術者の人材育成・活用,技術者資格の認証・認定や技術相談,研究協力,技術ロードマップの策定等により,産業界の技術開発・生産活動を支援する」というのがミッションであり,イノベーション全体に包括的に関与していくという点で非常に適切な名前の組織と言える.ここでは,最近シニア会というのが立ち上がり活動を開始している.機械学会会員の30%が55歳以上の年代ということであり,日本の高度成長時代を牽引してきた企業人や大学人が連携して,あらたなイノベーションを立ち上げ,それを完結させていく場として期待される.
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