LastUpdate 2010.8.5

J S M E 談 話 室

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本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.89 「あきらめずがんばろう:危機をチャンスに」

日本機械学会第88期会長
松本洋一郎(東京大学 教授)

松本洋一郎

 最近の日本の学術を取り巻く状況は何かと厳しい。例の仕分け以来、学会、大学は様々な機会を捉え、学術の危機的状況を発信してきた。特に、高等教育への投資が国の発展に大きな寄与をすること、さらに若手の研究者の置かれた状況の改善が喫緊の課題であること、など国の成長戦略に資するいくつかの提言を行ってきた。詳細はそれぞれのホームページなどを参照頂きたい。

 最近のNature誌の調査に依れば、我が国の研究者の満足度は欧米、韓国、中国、インドを含めて、「満足」を1とすると、0.458と最低ランクに位置している。因みに、中国は0.501、インド0.514、韓国0.558、米国0.628、デンマーク0.777である。詳細は(http://www.natureasia.com/japan/jobs/)を参照頂きたいが、特に、「休暇取得権」、「出産・育児休暇」、「年金・退職金制度」、「労働時間」、「独立性」、「上司や同僚とのディスカッションやアドバイス」において低いスコアとなっている。さらに、悪いことには国民の幸福度指数(『World Database of Happiness』:http://go.nature.com/trnIeH/ )と比較しても研究者の満足度は相対的に低い値を示している。日本は科学技術立国と言いながら、その担い手の置かれた状況は必ずしも良いものとは言えない。特に、若手の研究者の置かれた状況は悪く、博士課程進学者の数(日本人)は激減している。どうにかしなければ、日本の科学技術は成り立たない。

 このような状況のなかで、最近の恒例となっているが、国立科学博物館で、日本機械学会賞(技術)・優秀製品賞を受賞した技術・製品等を展示し、現在の日本の先端科学技術を来訪者に紹介するコーナーを開設した。実行委員長を早稲田大学の山川先生にお願いし、講演会なども開催し、特に、小中校生を対象として、科学技術に触れる機会を提供してきている。その開会式で、機械工学、機械学会について下記のような挨拶を行った。

 「機械工学は、持続可能な社会の構築を支え、様々な課題の解決に資する基盤的な工学です。科学技術に深く根ざし、広い範囲を網羅し、人々の未来に大きな責任を負っています。今日の経済的繁栄や国際的地位を築くことができた原動力は、科学技術・学術の力、なかでも機械工学にあったことは、衆目の一致するところです。人口減少と高齢化が進展する中、人々の生活と社会の質を高め、世界的な規模での環境的課題に対応していくには、不断にイノベーションを創出していくことが不可欠です。イノベーションは単一の科学・技術によって成し遂げられるものではなく、様々な科学的技術的知識を政産官学の多様な立場から統合していくことが必要です。その核となり得るのが機械学会であると認識しています。わが国が持続的に発展し、国際社会において名誉ある地位を占め続けることができるかどうかは、『機械』に関係する技術者の活躍に依っていると言っても過言ではありません。この機会に、『機械』の役割と重要さを、広く人々と共有し、イノベーションを支える人材育成に責任を果たしていくことが出来ればと願っております。」

 開会式参加者は、子供達や一般の方々ではなく、機械学会、博物館関係者や展示の説明をお手伝い頂いているシニア会員の方々などであったが、機械技術者の覚悟と責任を表明したつもりであった。

 最近の日経新聞の「私の履歴書」にノーベル化学賞を受けられた下村脩先生が「あきらめずがんばれ」と題して、次のようなことを書かれていた。

 「講演後のパネル討論の場で、会場の若い参加者から私への質問が出た。おそらく研究者かその卵であろう。『研究で成果が出ず、行き詰まったときはどうすればいいか』という問いだった。
 ちょっと考えた後、こう言った。『がんばれ、がんばれ』。つべこべ言わずに努力をしなさいという、突き放したような言い方に、ひょっとしたら聞こえたかもしれない。もう少し丁寧な答え方をしようとも思ったのだが、私が言いたかったのは、結局はこの『がんばれ』という単純な言葉に尽きるのである。(中略)日本の若い人たちに重ねていいたい。がんばれ、がんばれ。物事を簡単にあきらめてはだめだ。」

 これは若者だけではなく,日本人全体に対して発せられているようにも思う。

 日本の経済状況について、少し前までは「失われた10年」と言われていたのが、いつの間にか、「失われた20年」に、最近は今後の10年を含めて、「失われた30年」とまで言われている。最近の新聞紙面を見ても、「日本は話題にすらならない」、「今の日本にはあまり楽しいことがない」などネガティブな言葉が踊っている。言葉はもういい。行動が必要だ。この状況を一朝一夕に変えることは難しいと思う。しかし、敢えて言いたい、皆で力を合わせて、「あきらめずがんばろう」と。

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