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No.82 「雑感3題:機械工学の教育・研究に携わって」日本機械学会第87期編修理事
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1. 工学的センスは経験と日ごろの意識から*1
21世紀における文明社会の持続には,地球環境・エネルギー等々の問題が山積するなか,工学が果たす役割はますます重要になっている.文明の発展は,科学技術における伝統的な分野の深化と分化をもたらし,機械エンジニアの視野を狭いものにしつつある.一方で,近代文明を支える機械システムは,単純な一分野の技術に収まることなく,異分野との複合・融合技術から構成されることも多くなってきた.我が国が世界に冠たる技術立国として栄え,付加価値の高い工業製品を創出するには,「伝統的分野技術のますますの深化・分化」と「異分野技術との積極的な融合」は,これからの機械エンジニアが意識しておくべきであろう.日本機械学会では,例えば,その深化として「マイクロ・ナノエンジニアリング」が,そして分化・融合化として「バイオエンジナリング」や「環境工学」が活動展開されている. 2. 今,工学教育・技術教育に求められているもの
最近,ときどき「工学」とは何か,そして「理学」とは何が違うのであろうか,と考える.私が考えるに「理学」とは「真理を探究する学問」であり,「工学」は「人類文明の持続的発展を恒久的に探究する学問」である.それゆえに,工学の発展は,本来,高い倫理観に基づいて展開されるべきものである.20世紀における一部の先進諸国がそうであったように,周囲への影響は省みず,単に「利益追求」だけに走ったのでは歪を残す結果となる.その歪がその瞬間に生じるのなら対処もでき,抑制することもできるが,一般に時間遅れを持つことが多く,次世代への負の遺産となる.したがってエンジニア,とくに機械エンジニアは,今こそ,「工学」の本来の意味を肝に銘じておかねばならない.20世紀の飽食の時代を過ごして来た人々に「ギアチェンジをしてスローダウンせよ.」ということは難しい.しかし次世代を担う若者に,単に「技術」や「原理」を教えるだけではなく,「工学の持つ意味」を教えることも機械エンジニアを育てる教育者に課せられた責務だと考える.教育者の趣味の世界で教えられては困るのである. 3. 若者の「物理離れ」と我が国の技術立国としての将来は
大学受験生の大半が受けるセンター試験の試験監督をして思うことだが,理科の科目において,機械工学必修の基礎科目である「物理」の受験者が,年々,減ってきたように感じている.実際に入試センターからのデータを見ると,全受験生約50万人のうち「化学」や「生物」の受験生はいずれも約40%台にあるのに対し,「物理」の受験生は25%と極めて少ない.我が国で「若者の理系離れ」が叫ばれて久しいが,それは「物理離れ」であることに注視する必要がある.物理系学科として,理学部物理のほか工学部の電気系・土木系・機械系があることからすれば,化学系に比べ,母数となる杯が余りにも小さいといえる.具体的数値をはじいてみると,日本機械学会においては,毎年,機械系学科の学部卒業生に「畠山賞」を贈呈しているが,その大学・学科が約210学科あり,その学科の入学定員をWebから調べると約1.7万人となる.センター試験で「物理」科目を受けた約12.5万人から機械系を志望している受験生が12.5万人/3.2=3.9万人(機械系が物理系学科に占める割合が1/3.2とする),すなわち3.9万人/1.7万人=2.29の倍率(場合によっては,物理を受験しないまま)で入学させていることになる.大手機械メーカーの採用の方の言葉を借りれば,「将来,会社を引っ張る1人のリーダーを養成するには5人の採用が必要,すなわち5人のうち1人がリーダーに育つ」とのことである.機械エンジニアこそが「地球の未来」を救い,「人類文明の持続的発展」に答えを出し得るものと考える私にとって,若者の機械系への志望者倍率2.29倍は余りにも心もとない数であり,我が国がはたして技術立国として成立し得るのであろうかと疑問を持たざるを得ない.早目に方向転換して「観光立国」,「農業立国」への道を進んでは・・・. 4. むすび随筆を書く場を与えて頂いたこの機会に,日頃,思うところを文脈なく述べた.日本機械学会の理事を務めさせて頂き,有信睦弘第87期会長の就任のご挨拶時に掲げられた「(1)製造業の地盤沈下対策としてのMOTとイノベーション」,「(2)教育の国際競争と技術者資格への取り組み強化」,「(3)学生の工学系離れ対応」,「(4)会員相互の有益な活動の場の提供」の4項目について,理事・職員をはじめ皆様熱心に議論・検討しておられる姿勢に敬意を表したい.私共が抱える大問題を深い思慮もなく記しましたが,読者諸氏の意識に少しでも留まれば幸いである. |