LastUpdate 2009.6.22

J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.77 「My First Paper」

日本機械学会第87期庶務理事
久保田裕二((株)東芝 首席技監)


 30年を過ぎた会社人生には多くの転機があったように思います.その中でも機械学会論文集に掲載された初めての論文(1)は,私にとって非常に大きな意味を持つものでした.

 それは入社3年目のまだ暑さの残る早秋の朝のことです.出社して間もなく,私が属していた当時の機械研究所の所長であった富田久雄氏(故人)から電話があり,所長室に来るよう指示されました.入社3年目の自分に所長が直接電話してくるとは何事かと恐る恐る所長室に行ってみると,京浜事業所の技監の田中宏氏が富田さんと深刻な顔で話し込んでいました.
 私もその話の中に入ると,A水力発電所のポンプ水車が壊れたとのことでした.最高揚程539mの稼動間もない最新鋭機が壊れたということで電力会社殿も東芝も大騒ぎになっているようでした.振動によりランナ(動翼を持つ回転部)に亀裂が生じたのです.京浜事業所でも色々な調査が行われていましたが,振動が発生するメカニズムがわかっていませんでした.田中さんから提示された疑問は,「どのような振動モードが生じているのか」,「何故亀裂が生じるほどの大きな応力が発生したのか」の二点でした.私は,富田さんからこのメカニズムの解明を指示されたのです.

 そのとき,私は内心「やばい」と思いました.学生時代にまともに勉強をしてこなかった私には,この大きな事故の原因を解明する自信が全くなかったのです.就職先は非技術系と漠然と考えていた修士2年の秋,振動の学生を探していた富田さんが私のいた研究室に来られ,誘っていただいた成行きのままに東芝の機械研究所に入ってしまったのです.入社当初に担当していたウラン遠心分離機の開発は,既に終息期にあり体力勝負的な側面が強かったため私の専門性の無さが問題になることはありませんでした.しかし,内心は研究所でやっていく自信など全く持てないでいたのです.

 まず,振動モードの疑問からとりかかりました.ランナには171Hzの応力が生じていることはわかっていました.田中さんの疑問は,静止側で観測される振動数が154Hzだけだということでした.式(1)のように,ランナに直径節数がnの振動モードが発生している場合,静止側では式(2)のように進行波と後退波のふたつの振動数を観測するはずです.壊れたランナの場合,n=2として,後退波しか励振されていないことになります.何故か?

   数式1    (1)
   数式2    (2)

ここで,ωは振動数,Ωはランナの回転数,θは回転座標,ψは静止座標.

 暫くの間,糸口がつかめず焦っていましたが,定められた期限まで後2日に迫ったとき,ふっと霧が晴れたように感じました.ランナに対する加振力は動翼と静翼(ガイドベーン)との干渉により生じますが,動翼が受ける加振力のタイミングが進行波と後退波とで異なることに気付いたのです.これは,位相の異なる三角関数を足していけば解ける問題で,私の数学力でも何とかなるものでした.その結果,動翼の数ZRと静翼の数ZSとの組み合わせが式(3)を満たす場合にだけ,その振動モードが励振されることがわかったのです.

   数式3    (3)

ここで,hは加振力の高調波次数,mは任意の整数.

 ZR=6,ZS=20のこのポンプ水車の場合,n=2の後退波だけが励振されるのです.これで,田中さんから提示されたひとつ目の疑問は晴れました.その後,このメカニズムを一般的な形にし,実験データを加えて論文にしたものがMy First Paperです.論文として纏めるにあたって,職場の先輩であった鈴木健彦氏をはじめ多くの人に助けていただいたことは言う迄もありません.

 私がこの件から得たものは,測り知れないほど大きなものでした.ひとつは,研究者として何とかやっていけそうだという自信です.論文集に自分の論文が載ったことも単純に嬉しかったし,論文にできるような仕事をすることの喜びを知りました.ふたつ目は,自分の仕事のスタイルを見つけられたことです.本質を損なわない範囲で物事を極力単純化して考えるというスタイルは,その後の会社人生において大いに役立ちました.そして,何より大きかったのは,富田さんからの信頼を得たことです.その後,富田さんには色々と可愛がっていただくことになります.富田さんは,私の会社人生での掛け替えのない恩師となったのです.もっとも,富田さんからの信頼は,「努力賞」的なものだったように思います.私が,前日徹夜してまとめた式(3)の結果を富田さんに報告しているとき,富田さんから「朝,電車の中で考えた」というメモを見せられました.何と,それは私が勇んで説明している結果とほぼ同じではありませんか.富田さんは,最初からある程度のことはわかっていて,私のことを試していたのかもしれません.
 My First Paperは,機械学会に対する私の第一歩でもありました.これがきっかけで,その後も機械学会という場を通し色々と成長させてもらったと思っています.今は,私と同じように自信を持てないでいる若い技術者が,機械学会を通して成長していくことを願っています.

 ちなみに,田中さんから提示されたふたつ目の疑問「何故亀裂が生じるほどの大きな応力が発生したのか」については,単なる共振であることがわかりました.当時は,ランナの水中での固有振動数は,空中でのものの8割程度と考えられていました.壊れたランナの空中での固有振動数は約340Hzでしたので,水中でも励振周波数(Ω×ZS)とは離れていると考えられていたのです.しかし,これも非常に単純化した解析と実験により,ケースに閉じ込められた場合,水の付加質量効果は非常に大きくなることがわかりました.壊れたランナの稼動時の固有振動数は,空中での半分に低下していたのです.この結果を纏めたものが,My Second Paper(2)となりました.なお,このポンプ水車の事故の顛末については,田中さんが文献(3)で紹介されています.

参考文献
(1)久保田ほか,静止側の分布励振源による羽根付回転円板の振動,機論,C編,49巻439号 (1983).
(2)久保田ほか,流体中の振動円板に作用する付加質量効果,機論,C編,50巻449号 (1984).
(3)田中,トラブルから飛躍した話,ターボ機械,29巻7号 (2001).


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