LastUpdate 2009.3.23

J S M E 談 話 室

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No.74 「産学連携の狭間で−学会と企業のニーズギャップと壁一考」

日本機械学会第86期企画理事
森 治嗣(東京電力(株)技術開発研究所 部長、主席研究員)


現在のグローバル化された自由化社会、情報化社会は、長年の安住してきた組織の壁を壊す程の意識改革がなければ生き残ることができない。壁を爆砕しても取り除くくらいでないと、いまや企業は生き抜くことができない。いや生き残れる企業もあるが、それはさておき様々な壁にぶち当たることは研究開発でも日常茶飯事である。

技術の壁、距離の壁、時間の壁、言葉の壁、文化の壁、物理的な壁と心と意識の壁、情報の壁と制度の壁、どれが高く険しいだろうか。もう古い話になったが、1989年11月に崩壊したベルリンの壁、その四年前の秋、東西ベルリンの分断の象徴であったブランデンブルグ門を、一人旅で東ベルリンから見た。機関銃を肩にした若い兵士、門から遠く離されて無造作に並べられた高さ一メートル程の鉄の柵、その鉄柵を一歩乗り越えれば、機関銃で蜂の巣にされるという当時の緊張感は、今でも鮮明に覚えている。

東西ベルリンの鉄路を分断していたフリードリッヒストラッセ駅では、東と西の家族が、塀越しに別れの涙で抱き合っているのを見た。ワルシャワに向かう列車の中で、この不自然な壁はいつしか崩れると、まだ若き心に刻んだ記憶がある。あの頑強な壁が脆くも崩れたのは、分断の駅で泣いて抱き合っていた家族達の心にまで壁を強制できなかったからではないか。心の壁、意識の壁はより高く険しくそしてあまりにも重く、それを取り除けば物理的な壁はいつしか無力であると、それ以来心に刻み込んできた。

現代、迅速な対応と柔軟さが要求される企業内研究開発にとって、最も高く険しい壁は二つの時間の壁であると否応に感じさせられてきた。歴史の時間軸上で占める絶対時間のタイミング、開発にかけることができる相対的時間の速さの壁である。卑近に言えば、開発のタイミングは早すぎても遅すぎても駄目、あまりに早すぎれば相手にされない、遅きに失すれば批難を浴びる。

これは技術的に立ちはだかる壁より、現代では遙かに高く険しい。ジョージ・ブール、言わずと知れた、19世紀前半、英国で記号論理演算をブール代数として体系化した人である。ブールの功績は、当初何の役に立つのかということを言われながら、約一世紀後、1936年、英国のアラン・チューリングによる機械上でのシミュレーションによる論理的な計算に関する論文、1937年、米国MITのクロード・シャノンによる計算機へのブール代数の導入に関する論文を経て、エニアックコンピュータからフォン・ノイマン型コンピュータへと花開いていったのはあまりにも有名である。ジョージ・ブール自身はそれを予知していたのであろうか。

以上のことは、以前ある新聞のコラムに書いたことがある。大学研究者が中心となる学会と企業のニーズギャップと壁という点では、それを読み直してみて最近は以前に比べれば大いに変わってきたと感じられる。

前置きが長くなったが、産学連携の観点では日本機械学会は以前から精力的であるし、企業会員の学会への寄与の大きさという点でも先を行っていると思う。最近は以前に比べれば遙かに、学会に於ける企業会員へのニーズの取り組みや産学連携の重要性が叫ばれていると感じる。その好事の一例として、機論に技術ショートノートを創設できたのは良かったと思うし、公国立大学の独立法人化以来、企業のニーズと資金提供に基づき学会が受け皿となり、または直接大学と企業が研究拠点を作り開発研究を進める例も増えてきた。

しかしながら近年、企業が学会を見る目はますます厳しく、学会は企業会員と賛助または維持会員の減少また減口に悩まされてきたのは事実である。これは勿論日本機械学会に限ったことではない。日本機械学会に限らず、日本混相流学会、日本伝熱学会、日本原子力学会と、この約10年間それぞれ特徴の異なる学会の理事を経験してきて、学会と企業の間に横たわるニーズとギャップの壁を長く感じてきた。勿論学会、部門に依って事情は異なるであろうしまた別の議論があるかも知れないが、以下、以前日本伝熱学会理事時にこの課題のため自ら調査した結果を基に要点を再考してみた。

どの学会も会員数は社会環境の急激な変化と学会活動の時代への対応の遅れなどからピーク時から減少傾向にあり、この減少による学会運営への財政面での影響は少なくない。しかしながら会員数の減少の傾向は、企業会員において顕著に見られ、大学・公国立研究所等を含めた会員数はむしろ微増傾向にある。これは、学会に於ける大学および公的研究機関と企業との間に横たわるニーズとギャップが端的に表れている例である。学会の活動は依然、大学、公的研究機関が遵守してきた伝統的なテーマに合致したまま企業、産業界のニーズと遊離していると捉えられている。

したがって学会への満足不満足は、どちらかと言えば企業会員の満足度の方が低い。大学、公的研究機関会員の満足度は、学会の存在意義と重なっている傾向にありその点で明確である。企業会員の学会活動に関する基本認識は、学術研究発表の場、また情報交換の機会と捉えていることでは大学、公的研究機関会員と同じあるが、企業会員は企業内評価への短期的な期待に応える必要に迫られ、当然ながら学会の多数を占める大学会員、公的研究機関会員の基礎的且つ学術的に価値の高い研究に主に軸足を置く、研究スタンスとの乖離を感じている場合が多い。しかしながら、重要なことは企業会員が基礎研究をおろそかにすることを学会活動に決して望んでいる訳ではない。一方、学会では企業からの発表が少ないと言う不満が往々にしてあり、その期待の裏返しとして、特に大学会員からは企業の発表の場を確保し、応用研究で産学連携を進めたいという声も少なくない。

つまり期待も込めて言えば、学会での大学会員、公的研究機関会員と企業会員相互への期待は、表現は多様であるが所属する学会は異なっても共通するものが根底にあると思う。調査結果からは、特に大学会員から企業或いは企業会員へ期待するものの中には、研究成果や特許に関わる製品化へのアドバイス、さらに研究の裏付けや参考とするために、企業サイドが保有する技術活動を工場見学や研究所見学等を通して公開して欲しいという積極的な要望もある。このことは例えば動力エネルギーシステム部門のように、部門企画委員会において企業からの委員と公国立研究所、大学からの委員が協力して、積極的に講習会を兼ねた施設見学会を毎年重ねているところもあるが、むしろ企業側が大学、公国立研究所会員の要望に対し、閉じている傾向があることを示しているように思う。

確かに公国立大学の独立法人化以来、学会或いは大学との企業間産学連携下での共同研究の場が増えてきた。しかしながら学会或いは大学に終始任せっきりで、終わってみれば学会或いは大学と企業で達成度への考えの違いなどから、企業から見て掛け声程実っていない場合が多いと言う意見もある。企業での研究は多くは短期的な問題解決か実利への期待に応える必要に迫られることを考えれば、そう言う意見も当然出てくる。その時間軸の違いは大きい。しかし学会或いは大学が学術的研究の高さを追求することは当然であり、さらに学会或いは特に大学には、産学連携とは言え企業のためにだけ研究をする訳ではなく、嘗ては産業界と一線を画して研究をすることこそ是とされてきた時も有ったかもしれないが、いま企業と連携するにも、社会への実効的貢献という意義を感じるからこそ、我国の世界的に見ても最高の研究資源を産学連携の場へ投入しているという思いもあるはずである。

学会を構成する大学、公的研究機関会員、企業会員とも学会(活動)が産学連携強化に大きな役割を果たすべきものと認識していることは、学会に於ける大学、公的研究機関会員および企業会員に依らず共通の意識となっていることは間違いがない。一方その二つの間には依然として、例えば研究を遂行する上でも意識の差があり、無理な例えをすれば金声玉振とはいかず、金声では同床でも玉振では異夢というそれにお互いに気づいてか気づかずか、それがニーズギャップとなって企業或いは企業会員は、学会は学会と依然として見えない壁を作っているようにも思える。

学会は言うまでもなく勿論大学研究者会員が中心であり、企業会員にとっては多勢に無勢の面もあるが、学会の理事会や委員会などは大学、公的研究機関研究者と企業研究者が比較的対等に議論できる数少ない貴重な場でもある。今後益々起こりうる時代の急激な変革と進歩に先んじるには、産学連携の果たす役割の重要性はさらに増し見直されることには多くは異論がないと思う。学会を構成する大学、公的研究機関研究者と企業研究者が互いに、それぞれ時間の上領域の中で果たすべき役割へのより深い相互理解と尊重でもって多様な意見を集約し、ニーズギャップを埋め見えない壁を乗り越える接点を見いだすためには、学会活動の場の果たす役割は大きいと期待したい。


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