LastUpdate 2008.3.25

J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.65 「力学教育よもやま話」

日本機械学会第85期広報理事
近藤孝広(九州大学 教授)


 筆者は,これまでの約20年間にわたって,基礎教育科目の一般力学,専門科目の機械力学・機械振動学など,力学関連科目の教育に携わってきた.力学とは,たった3個の基本法則(ニュートンの運動の法則)に基づいて等身大の世界内の物体の運動を理解しようとする学問であり,機械工学全体の基礎となる科目である.したがって,機械系の学生は大学入学後もかなり長い時間をかけて力学を学んでいる.しかしながら,多くの学生にとって,なかなか習得が容易ではない科目の代表のようである.その理由の一つとして,力学では非常に単純な形式で表現された基本法則と複雑な現象とを繋ぐ過程で数学を多用するが,煩雑な式変形の過程で物理的意味を見失ってしまうのではないかということが挙げられる.そこで,そのような事態を避けるために,いくつかの著書を参考にして,筆者なりに説明の工夫をしてきた.今回,本コラム執筆の機会が与えられたので,そのいくつかを紹介し,大方のご批判を仰ぎたい.
 次元と単位  講義の最初の時間に,物理量の性質を表す次元とその大きさを測る単位について説明している.その際,物理量と次元・単位は密接不可分であり,上記の式変形の過程で常に次元・単位を意識すること(異なる単位系で計測された物理量間で演算をしてはいけないこと,同じ単位系で計測された物理量であっても異なる次元を持つ物理量間の加減算をしてはいけないことなど)が間違いを防ぎ,物理的意味を理解する助けとなることを強調している.同時に,

  • 力学に関連する基本次元(基本単位)として時間(s),長さ(m),質量(kg)を取るのは何故だろうか?

という質問も投げかけている.この問に対する正しい答えがあるのかどうかは分からないが,次のような説明をすると,比較的多くの学生達がうなずいてくれるようである.

  • 力学で取り扱うのは物体の運動であり,運動とは物体が時々刻々空間内でその位置を変える現象のことである.したがって,運動という現象を考えるには,時間・空間・物体が必要であり,それぞれの力学的性質を代表する指標(ものさし)として時間(s),長さ(m),質量(kg)を取っている.

 等号の意味  力学には非常に多くの数式が現れる.その数式には等号(=)が含まれるが,力学で用いられる数式の等号には,大別して4つの異なる意味(種類)がある.1つめは基本法則を表す等号であり,その正しさは実験によってしか証明されない.2つめは理論展開の過程で現れた重要な物理概念や物理量を定義するための等号,3つめは様々な物理概念あるいは物理量の間の関係を表す等号,4つめは数学的規則に基づく式変形の過程で現れる等号である.この違いを念頭に置いていないと,次々に現れる大量の数式の洪水を前にして,学生達は物理的意味を見失いがちである.したがって,講義中に現れる数式に対して,時間の許す限り一つ一つどの意味の等号であるのかを説明すると理解の助けになるように思う.なお,等号にこのような意味の違いがあることは著者自身も考えて来たことではあったが,兵頭俊夫著『考える力学(学術図書出版社)』の「まえがき」に上記のような形で明確に述べられているのを知ったときには,まさに我が意を得た思いであった.
 運動の法則の捉え方  上記のように,たった3個の基本法則に基づいて,等身大の世界内の物体(とはいっても,人間の五感で何とか捉えられる程度の微小な物体から太陽系の惑星をも含むようなかなり広い範囲の物体)の運動が理解できるというのが,古典力学の最も重要なポイントである.このことを説明する際,学生達には次のような質問を投げかけている.

  • たった3個の基本法則で何故そのようなことが可能なのか?
  • 運動の法則は,第1法則(慣性の法則),第2法則(狭義の運動法則,運動方程式),第3法則(作用・反作用の法則)と呼ばれているが,その順序に意味はあるのか?
  • 第1法則は第2法則に,その特別な場合として含まれるのではないか?

 これらの問に明快に答えることはそれほど容易ではないが,山内恭彦著『一般力学(岩波書店)』や山本義隆著『重力と力学的世界観−古典としての古典力学−(現代数学社)』などの記述を参考に,次のような説明を行っている.その際,これはあくまでも一つの可能な解釈であって,力学の理解としてこれ以外の解釈も成立することを強調している.

  • もしもこの空間内に物体がただ1個しか存在しなければ,位置の変化を認識することも測定することもできないだろうから,運動という概念自体が成立しない.つまり,運動とは複数の物体の存在を前提としており,それら物体間相互の働きかけ(相互作用)がその原因であると考えられる.
  • ただし,ある一つの物体が他の物体から充分に離れて,相互作用が非常に小さくなった状態を想定することは可能である.その極限では物体に等速直線運動が生じることを述べたのが第1法則である.これは,空間内に少なくともひとつは等速直線運動する座標系(慣性系)が存在することを述べたのに等しい.すなわち,第1法則とは運動が発生する舞台としての空間の基本的性質を規定したものであり,第2法則の前提となる独立した法則である.これが3番目の問に対する答えである.
  • 力学では,運動の原因である物体間の相互作用を力として捉える.ただし,個別の力の性質そのもの(万有引力の法則やフックの法則など)は力学とは独立に定められ,力学によってその性質を説明することはできない.
  • 物体に他の物体からの相互作用としての力が作用すると,等速直線運動からのズレ(加速度運動)が発生する.このズレが生じる因果律を,力・絶対加速度・質量間の関係として定性的・定量的に述べたのが第2法則である.絶対加速度が観測されるのは慣性系上であるので,第2法則は慣性系でのみ成立する.また,すべての慣性系で第2法則を表す式の形は不変である.
  • 第1法則は物体が他の物体から無限に離れた状態で1個だけ存在するときの法則,第2法則は1個の物体とその他大勢の物体(他のすべての物体からの相互作用を一つの力で代表させたもの)との間の法則であると解釈できる.さらに,第3法則は1個の物体と他の1個の物体間1対1の相互作用の性質を述べている.したがって,運動の法則はこの順番で述べるのが論理的に整合している.これが2番目の問に対する答えである.
  • 上記のように,物体間の相互作用の基本的な関係は3個の基本法則ですべて表現しつくされている.また,多数の物体間の関係は,1対1の関係の和で表される.したがって,3個の基本法則によって,原理的にはすべての物体の運動を理解できる筈である.これが1番目の問に対する答えである.ただし,これはあくまでも原理的な話であって,実際に剛体や弾性体の力学,さらには流体の力学をもこの3つの基本法則で説明できることを示したのは,オイラーの功績である.

 慣性力の意味  ニュートンの運動の法則が成立するのは慣性系である.すなわち,古典力学の範囲内では慣性系が特権的な地位を占めており,物体の運動はすべて慣性系上で観測されなければならない.一方,その運動を如何なる座標系で表現するかは解析者の自由である.たとえば,機械システムは回転する要素を数多く含むが,その運動を取り扱う際には回転座標系のような非慣性系を利用した方が便利なことが多い.ただし,非慣性系上で観測される物体の相対加速度を用いて運動方程式を表現すると,絶対加速度との差を埋めるための補正項が現れる.この補正項が遠心力やコリオリ力などの慣性力であり,慣性力が見かけの力であるのはこの意味においてである.ところが,学生達の話を聞いてみると,「慣性力は見かけの力である」と口では言いながら,その意味するところを理解できず,実質的な力と誤解している者が多いようである.そのような誤解を防ぐためには,上記のような運動を観測すべき座標系と表現に適した座標系の違いを常に強調することが必要であると思う.
 このほかにも,新しい物理概念や物理量が現れる毎に,その導入の前提や根拠にかかわる問を投げかけたり,その物理概念や物理量に関係する力学史上の偉人達のエピソードをも織りまぜたりしながら,なるべく興味を失わないような講義となることを心掛けているつもりである.果たしてその効果は如何であろうか.もしかすると,筆者の誤解に基づく誤った説明により,かえって理解の妨げになっていることがあるかもしれない.そこで,より良い講義にするために,本稿に目を通していただいた方々から忌憚のないご意見をお聞かせいただけると幸いである.


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