|
ようこそ、JSME談話室 「き・か・い」 へ |
No.60 「随想 企業と大学,職場を比べてみると―― 若者の進路えらび ――」日本機械学会第85期企画理事
|
いま,お盆の暑さの盛りにこの原稿に向かっている.夏休みになり,大学院生諸君は将来の職業生活を考えながら生活していることと思う.また,就職した諸君は,どんな想いで職業生活をスタートしているのだろうか.企業に就職して,学会から縁遠くなってはいないだろうか.すくなくともこの随想の読者は,今,学会とつながっているわけだが.
大学という職場の長所は研究テーマ選択の自由の一言に尽きる.研究テーマを選ぶことは研究者個人に100%委ねられるから,まさに自由そのものである.誰に言い訳を言わなくても良い.これは企業ではどんなに高い職位でも得られない自由だ.自分自身,企業から大学に職を移してはじめて実感したのがこの爽快感であった.着任早々,がらんとした机一つの自室でガラス越しにぼんやり青空を見てそう思った.自分の好きな分野で自分の足跡を残せる快感は何にも代えがたい.しかし,逆に危険でもある.十分な事前評価,他者の批判なしに思いだけで研究をスタートして,とんでもない方向に歩き出す恐れがある.だらだら続く研究テーマを厳しく評価される機会が無い.これを防ぐには,企業の人たちからのフィードバックが大いに役立つ.学会等での企業の専門家との接点を大事にしたいものだ.まあ,途中で間違いに気がつけば,だまってやり直しが利くのが大学の良いところでもある.
さて,もう一方の企業での職業生活はどうか.企業での個人の評価には様々な尺度が用意されているから,自分に都合の良い尺度がうまくみつかればそれなりに成功できる.研究能力,社会性,リーダーシップ,誠実さ,勤勉さ,など.5年も働けば自分が何に向いているのか,何が不得意なのか,おおよそ感じることができるだろう.しかし上司にも,あるいは本人にすら見えない長所もある.10数年ぶりに古巣の企業を訪問してみると,意外な人が,意外な職場で才能を発揮していることがある.もしも上司に恵まれなくても,企業では他の部署からも従業員の働きに目が行き届くから,得意分野で力を見せれば他の部署がほっておかない.上司だってどんどん異動してしまう.上司との組み合わせが続くのは永くて5年くらいだろう.自分が自立さえしていればどんな上司が上に来ても,いっこうに怖くない.まさに「天動説」だ.大学よりもはるかに開放的な人事システムである.これに対して,大学の人事システムは窮屈だ.研究室のリーダから能力を低く評価され,干されたら,これはかなり苦しい境遇だ.少なくとも学内で他に移る職場は無い.早く学外の新しい職場を探して異動するしかない.ほっておいたら10年あるいはそれ以上,同じ状況が続くことも珍しくない. 給与の話を忘れていた.今のところ大学では業績を評価して給与に反映させる動きは無い.学部長,学長になればそれなりに上乗せされるようだが,これは経営責任がある職種だからである.それでも企業のトップに比べたら安いものだろう.そもそも一般の大学人は,研究テーマを誰に対してもお伺いを立てず,成果の約束もせず給料をいただくのだから,物を作り出す企業人より大学人の給料が安いと文句をいっては罰が当たる.大学人が収入の上で一点だけ企業人より優遇されるのは,知的所有権による利益の分配だ.特許の実施料収入に対して雇用主である大学の取り分が少ない分,発明者個人が優遇される.また,著作の印税も100%個人のものだ.しかし,特許や著作が世の中で当たる確率はきわめて低い.生涯収入を重視するなら若者は企業に就職すべきだ.
いろいろな会合で,企業人,大学人が同席することがある.同い年でも,企業人は歳をとってみえ,大学人はなぜか若くみえる.この違いをどう説明するか?ひとつの解釈は,世間知らずの大学人の精神年齢のため,2番目の解釈は,若い学生と過ごす時間が長いのでその影響を受けて若返る,そして第3の解釈は,職場のストレスレベルの違いで,大学のほうが幸せな職場であるという説明. |