犬は、犬の嫌いな人を感知できるという。人が犬を見て出す微量な分泌物を敏感な嗅覚で感じるのか、行動の異常を判断しているのか、さだかでないが、すばらしい能力である。最近の新聞の社会面に載る異常な事件をみて、人に危害を加える人の危険度を計測できれば、「もう少し安心して暮らせるのでは?」と思ってみたりする。
こんな将来の計測技術を考えるのも楽しいが、ここでは、計測技術が科学技術発展に果たした貢献について振り返ってみたい。
(ウーツ鋼製?)デリーの柱
ダマスカス刀はインドのウーツ鋼で出来ており、中世の戦士がこぞって好んだ。それは、高強度と高靭性、高耐食性という特徴を持つ謎の材料であった。18・9世紀ごろ、似たものを作りたいという願望から、欧州で多くの研究が始まった。熱処理との関係については、ソルビー(英)やマルテン(独)などが、光学顕微鏡を使って、組成と金属組織、熱処理の関係を系統的に計測していった。これら基礎的な計測、組織観察のデータがあったればこそ、それに続く産業革命時代の鉄鋼材料の開発へと、大きく発展したといえるだろう。日本刀の製造技術は今から見てもすばらしいものであるが、西洋の科学者が顕微鏡の助けを借りてえたような計測データの蓄積がなかったので、金属学への貢献が少なかった。日本人としてたいへん残念である。
コメットの墜落事故をきっかけに1950年代後半からLowCycle疲労の研究が始まった。それまでの疲労破壊は荷重の繰り返しでのみで論じられていた。その後、「クリップゲージ」が開発され、疲労試験中の歪と荷重との同時計測が、さらに塑性ひずみの計算が可能になった。これが疲労の研究に大きく貢献した。一例として、「おおきな荷重サイクルが時々かかるだけで本来考えられないほど寿命が短くなる現象」は、過大荷重の影響として工業的には大きな問題であった。塑性歪の挙動を観察すると「頻度の少ない過大な荷重サイクルが材料の塑性歪の増加を誘引しているため」であることがわかってきた。その結果、実働過重下における寿命予測技術が進展し、実働荷重下で起こる予想外に早い疲労破壊事故の防止に貢献した。
高温での疲労破壊は常温での疲労に輪をかけて複雑な現象である。私は、それまで難しかった「繰り返し荷重中の粒界滑り」を特定の場合について簡易に計測することに成功した。そうすると速度依存性などを含む複雑な現象を、「粒界ひずみ振幅をパラメータとする記述方法」で非常に単純に表現できることを発見した。近年では「高温機器部材の材料損傷を非破壊的に計測する技術」を開発実用化し、予防保全、メンテナンスの合理化に役立ち、高価なプラントの安全且つ安心運転に貢献することが出来た。
フラーレンC60の模型
ここ10年ぐらい、ナノテクノノジーの発展は目覚しいものがある。かなり複雑な材料の原子の配置が観察できるようになって大型放射光施設「Spring 8」が大きく貢献している。さらに計画中の高強度陽子加速器「J-park」を用いれば、中性子散乱で今まで見えなかった水素などの軽元素をも含めた分子構造も観察できるようになるし、いままで計測できなかった材料内部の残留応力なども計測できるようになる。さらに最近は、センサー材料開発も盛んで、計測技術の発展にも際限がなく、科学者にとって奥深いチャレンジングな頼もしい分野であるといえる。
計測技術は科学技術発展に不可欠で、人の生活にたとえれば米のようなものであるといえる。いつの日か、危険人物の危険度を遠隔計測できるような日のくることを夢に見て物質・材料の分野で計測技術発展に活躍されている皆さんへのエールとしたい。
追記:物質・材料の最先端の技術に興味のある方は、科学技術週間行事の一環として4月21日(土)の物質・材料機構の公開に是非お寄りください。(http://www.nims.go.jp/)
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