LastUpdate 2006.10.20

J S M E 談 話 室

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No.49 「電流戦争」

日本機械学会第84期企画理事
児玉敏雄(三菱重工業(株)広島研究所 所長)



 企業に所属する技術者の使命は、人類の生活の進歩に役立つ製品を開発し、かつ企業がその製品を売って利益をあげるのに貢献することであろう。
 製品を世に出すステップは、技術開発(コアテクノロジ開発)→製品開発→事業化の手順を踏むのが普通である。元ソニー中村研究所の中村末広さんは、コアテクノロジの開発に要する労力(エネルギ)を1とすると、製品として仕上げるのに必要なエネルギは10、更にその製品を世の中に出して利益をもたらし、事業として成立させるのには100のエネルギが必要であると述べられている。
 この1:10:100の割合は、業界・製品の違いによって多少変わるだろうが、事業化のプロセスが一番難しいのはどの業界でも同じであろう。すなわち、一流の技術を使い、最高の製品をつくっても売れるとは限らないのである。

 事業化の難しさ・熾烈さを語る例として、発明王トーマス・エジソンと発明家ジョージ・ウェスティングハウスの電流戦争がある。
19世紀の後半、電球を発明したエジソンは、ニューヨークのマンハッタンで110ボルトの直流電流を使った配電事業を始めた。しかしながら、直流送電方式は送電損失が大きく、ウェスティングハウスが始めた高い電圧を使った交流送電に対して、送電可能な距離に大きな差をつけられた。脅威を感じたエジソンは、交流送電の事業を妨害するために、送電電圧の制限を各州の議会に働きかけたりしたが、うまくいかなかった。そこで彼は、高い電圧を使う交流送電は危険であり死刑執行に向いていることを大衆に示すために、交流方式の電気椅子を作り多数の動物を公開実験で殺している。また、交流による死刑執行を意味する動詞「westinghouse」を導入して、交流方式のイメージダウンを図った。
 しかしながら、1893年にシカゴで開催されたコロンブス博覧会では、ウェスティングハウスと天才発明家ニコラ・テスラが開発した交流方式の電気による照明が採用され、交流方式が勝利したことを世界中に知らしめた。更に、1896年にはナイガラ瀑布の水力発電所からバッファローの町に交流方式で電気が送られ、その時の周波数が60サイクルで米国の標準になり、エジソンは敗退した。
 言うまでも無く、トーマス・エジソンとジョージ・ウェスティングハウスはそれぞれGE社(General Electric Company)とWH社(Westinghouse Electric Corporation)の祖であるが、この間の熾烈な競争のため、エジソンとウェスティングハウスはともに破産状態に陥ったという。
 「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」の名言を残したエジソンが、意外にも意地悪だったのだなと感じるのは私だけではないと思うが、上記の電流戦争の話は、「狩猟民族」と言われる欧米人(実際には、欧米人は圧倒的に「農耕民族」らしいが)は、相手をやっつける時には徹底的に痛めつける傾向があるという教訓を語るとともに、発明を事業に結びつけるのには膨大な(いろいろな種類の)エネルギを必要とする例と思う。

 技術者がよく言う言い訳に、「技術では負けていないのだが----」というのがある。他者との差別化がポイントとなるポスト産業資本主義の現代では、このような言い訳を言わずに、売れる製品、利益を生み出す製品を開発するためには、コアテクノロジの先鋭化だけではなく、製造プロセス・品質管理・営業・アフターサービスまでを包含したサプライチェーン全体の最適化・他者との差別化を行い、マーケット(消費者)に値頃感をもって購入してもらうことがポイントである。このためには、技術者と言えども世の中の先行きを読んで、経営者のセンスを持って「やりたいこと」ではなく、「やらなければならないこと」を実行すべきなのではないだろうか。
 サプライチェーン最適化の到達レベルは、製品開発の初期段階でほとんどが決まるものである。作りやすい・壊れにくい構造、管理しやすい寸法、特徴(売り)を持った機能、メンテナンスし易い機構などは、開発の始めのステージで考慮されるべきである。即ち、生まれの悪い製品は、その悪い性質を矯正するのにエネルギを必要として、利益を生み出す製品とはならないのである。技術者は、1(技術開発):10(製品化):100(事業化)の1の部分に全身全霊を投入しがちであるが、ビジネスの勝敗は100の部分で決まるのであり、この部分の競争は電流戦争の例のように熾烈である。

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