ゴルフをこの上なく愛するアマチュアゴルファーのことを「ゴルキチ」と称している.本稿の筆者は筋金入りの「ゴルキチ」である.近年,日本のゴルフを取り巻く環境の変化は劇的かつ悲惨な状況であり,このままでは日本のゴルフ文化は消失するかもしれないとの危機感を感じ始めた.世界を代表する球技スポーツはサッカーであって,日本を代表する国民的スポーツは野球であることに異論はない.しかし残念なことに,日本ではゴルフを「接待のためのスポーツ」あるいは「おじさん的要素の高いスポーツ」として見なされていて,遊びとしての要素が強く,「純粋なスポーツ」として取り扱われていない.このような背景の中で,会員の中から一人でも多くの良き理解者が増えることを願って拙文を寄稿することにした.
さて,ゴルフとは100ヤードから600ヤード先の直径10.8cmの穴(ホール)にピンポン球程度の大きさのボールを打って入れ,その打数を競う極めて原始的なスポーツである.何故,ホールの直径が10.8cmであるかは,ゴルフの聖地セントアンドリュース(イギリス スコットランド地方)の公共水道管(水道管の直径が10.8cmだった)を使用してホールを作り,それを基準として制定したことに由来している.ゴルフのトーナメントとして最古の大会は,全英オープンゴルフ(「The Open Championship」が正式名称,イギリスのゴルフ競技団体「The Royal and Ancient Golf Club」が主催)で,第1回大会は1860年に開催されている.毎年,開催する地区を変更して実施されるのも特徴で,5年に一度はゴルフの聖地「セントアンドリュース」で競技を行なっている.これほど歴史のあるトーナメントを開催しているスポーツは他に類を見ない.ところが,歴史があってかつルールに対する精神文化的な意義が極めて高いスポーツにも関わらず,日本で「真のプロスポーツ」と見なされていないことは残念の一言につきる.
機械工学の観点からゴルフを語れば,球技スポーツの中でこれ程までに用具が進化しているスポーツはない.用具(クラブやボール)の進化が機械工学の発展の恩恵だとすると,機械工学を専門とするあるいは関心のある会員諸氏にとって,これほどなじみの深いスポーツはないはずである.これは筆者の偏見かもしれないが,おしげもなく最先端のテクノロジーが投入され用具が開発されている事実には,その開発の状況を知るにつれ,機械屋さんなら誰しもが共感を得ると信じている.
ルール上では,14本ものクラブを携帯し,使用することができる.何故,14本になったか定説はないが,それぞれ異なる距離を打ち分けるために作られていて,ウッド,アイアン,パターと分類されている.個人差はあるが,ウッドは,180〜300ヤードの飛距離をカバーし,アイアンは30〜200ヤードを,パターはグリーン上でボールを転がすためにある.ウッドと呼ばれる理由はクラブのヘッドが元来木製だったからで,現在でもヘッドの素材が異なるにも関わらず,ウッドと呼ばれている.
現在のウッドクラブ素材の主流は,ヘッドがチタン製で,シャフトがCFRP製である.パーシモン(柿の木)製のヘッドが原点で,鋼材,ジュラルミンなどと変遷して,現在のチタン製ヘッドにほぼ定着している.テニスのデカラケットの出現とその進化と同じように,クラブヘッドの容量は増加し,プロでも大きなヘッドのクラブを振り回す時代になっている.現在は460CCを上限とすることがルールで規定されていて,そのための最適な素材として高強度チタン合金が選択されるようになった.また,フェース面の反発係数の制限も課せられるようになっている.最近の傾向では,低スピンと高打ち出し角度を実現するための設計法の確立,また打った時の音をできるだけ多くのゴルファーに好まれるような周波数帯域に設定するための内部構造の設計などの問題を,FEMによるシミュレーションで解析し,それを設計支援ツールとする手法が完成しつつある.
アイアンクラブ素材もほぼ同様にバラェティ豊かで,軟鉄鍛造品,精密鋳造品,さらに,鋼材・アモルフォス金属,チタン・タングステン等の複合素材まで,ほとんど考えつく素材の組み合わせは実用化されている.アイアンクラブはウッドより設計自由度が低いことから,いかに打感を良くするであるとか,打ちやすさに力点が置かれた素材選択と形状設計に工夫が凝らされていて興味深い.
一方で,シャフト材料はCFRP(カーボン繊維強化プラスチック)製と鋼材製に2分される.双方とも重量ならびに曲げ/ねじり剛性を微妙にバランス良く変化させることで,メーカ各社は自社のシャフト性能を競い合っている.ウッドクラブのシャフトはほとんどCFRP製になっていて,今やCFRPはスポーツ用品には必須の素材であり,設計自由度の多様性と素材自身の軽量性から,他の材料に置き換えることは想像できない程の材料になっている.個人的な感想で恐縮だが,複合材料の研究者として子供の成長を見るようで,これほどうれしいことはない.
当然のことであるが,パーツを組み立てる上での溶接・接合法も最先端の技術が惜しげもなく投入されている.また,ゴルフボールは特許のかたまりといえるほど,素材やボール表面のディンプル形状の変化などで工夫が施されていて,開発競争が最も熾烈な用具の一つである.主要なゴルフメーカは,クラブ開発と同時にボールの開発をしていて,両者それぞれの特性を熟知しなければ最高の特性を引き出せないような状況となっている.
たかがスポーツ用品にこれほどまでの先端技術が導入されていることを不可思議に感じるかもしれないが,プロやトップアマにとっては1打が全てであり,ダッファー(ハンデが25程度の平均的ゴルファー)にとっては腕前よりも道具が重要な要素である.腕前はともかくとして,飽くなき探究心が技術を向上させるのはどの分野も同じである.
冒頭に述べた危機感とは裏腹に,女子の若手ゴルファーの台頭と成長は著しく,世界のトッププロと互角に戦える国民的なヒロインも誕生した.しかし,現在のゴルフ場は人件費削減と高齢者への利用を促進する目的でカートを導入する所が増え始めてきた.これは筆者の持論であるが,ゴルフは歩いてすることが基本中の基本である.カートの導入やプレー費の低料金化によってゴルフを手軽にできるような環境が整備され,一般庶民にとっては有り難いことであるが,同時にゴルファーのマナー低下も問題視され始めている.また,経営難から破産申告するゴルフ場も増えていて,会員との信頼関係も希薄になりつつある.
「セルフジャッジ」がゴルフの基本である.つまり,「己に厳しくルールは厳格に」とされる基本理念は,どのスポーツよりも優れた精神文化を基盤とした誇るべきスポーツであると思っている.ゴルフと機械工学の関係は深く,機械工学の発展が大きくゴルフ用具の開発を今後も推し進めるであろう.また近い将来には,「お助けゴルフロボット」なるものも登場するかもしれない.最後に,「ゴルフとは,あるときに感動を与え,あるときには壮快な気分してくれる最高のスポーツである」との認識を多くの会員に持ってもらいたいと切に願っている.
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