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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.29 『論文引用数と私の体験』

日本機械学会第82期副会長
辻　　裕（大阪大学教授）　

　畑村先生の「失敗に学ぶ」というキャッチフレーズが相変わらず受けている。「成功に学ぶ」が当たり前で、それをひっくり返した点が新鮮であったのであろう。成功に学ぶよりも失敗に学ぶ方が好まれるのは、成功談がしばしば自慢話になるためか。しかしやはり「成功に学ぶ」ことが先にあって、それを補う形で「失敗に学ぶ」のが筋かと思う。ここでは、自慢話になってしまうかもしれないが、ささやかな成功体験について述べることをお許し願いたい。
まじめ一途に仕事をやった結果、大成功を収めた人が若者に説教する時、まじめにやることが大切と言うでしょう。人と人とのつきあい（ごますりも含め）の中で成功を収めた人は、良好な人間関係の構築が何よりも重要と言うかもしれない。自分は成功したと思う人達の意見は力強いが、往々にして若者からは敬遠される。私自身は、人生の成功、失敗を述べるには未だ若い部類に属していると考えている。しかし仕事面では成功体験も失敗体験も一杯ある。特に失敗体験は数え切れない。還暦を過ぎると、ついつい若い人達に説教じみた意見を述べてしまうが、無意識のうちに自分の体験に基づいている。その中から１つの例をここで述べてみたい。それは最近大学で吹き荒れている研究評価に関係する。
　IF値（インパクトファクター）の高い論文集にいくら掲載されたとか、引用数はいくらとか、そのような数値に振り回される今の若い研究者には心から同情する。最近、引用数に関して自分自身の体験と全く異なる意見をしばしば聞くのである。引用数という数値化に対する反発からであろうが、「流行の研究をやれば引用数があがるが、そんな動機で研究テーマを考えるのはおかしい」というものだ。ある面で重要な指摘だと思うし、後半部については全く同感である。しかし前半に関しては、私自身の体験とは全然違うのである。私自身はＩＳＩ社が公表する引用数に関して、自己満足の域をでていないが、密かに誇る数値を持っている。一般に機械工学分野の論文の引用数は医学系や化学系に比べると比較にならないほど低いので、自分の論文も他分野での数値に比べると取るに足らないかも知れないが、３桁の数値に達するものが数件ある。これは機械工学の論文としては結構高い。１つはレーザによる管内混相乱流の計測、もう一つは固気混相流の離散粒子法解析である。前者の研究を実際に実施していたのは、助手から助教授になる頃で、爪に火を灯すような貧乏な研究室で、玩具のような小さなレーザで細々と誰知れずに測定を繰り返していた。当時、固体粒子による乱れの影響についての実験をしていた人達は国内ではほんの数名であった。それらの人達の研究もまた今では標準データとして世界中の多くの研究者に引用されている。彼らとは競走はしたが、研究者が余りにも少なかったので仲間意識も芽生え、研究機関は異なっても仲の良い友人関係を築いた。それほどマイノリテｲーであったのだ。
　後者の研究つまり離散粒子解析をやり始めたのは、前任の教授が退官した後、たまたま助教授のまま数年間身分が据え置かれた頃である。自分の将来が定まらない不安定な状態の中で、へたに実験装置を充実すると次に就任するかもしれない教授が困るというプレッシャーを受けながら、お金のかからない研究で、まだ誰も手がけておらず且つ自分に取って面白いテーマはないかと悶々とする日々を３年近く過ごした。同じ講座の共同研究者もまた運命共同体的な感覚でいたので、それまで実験主体で研究してきたが、それにとらわれずに一緒になって新しい計算手法を目指して勉強した。共同研究者に支えられ、教授昇格後間もない頃から成果が出始めた。それ以後のしばらくはほとんど独占的で、開発した手法を使って何を計算しても新規性があった。
　前者、後者のいずれの研究にしても、それらのテーマは実施当時はマイナーであり、決して流行のものではなかった。幸運であったのは、発表後しばらくたってからメジャーなテーマになったという点である。我々の研究に続いて多くの研究者が同じ課題に取りくみ、結果については後続の研究の方が優れている面が多々ある。しかし、研究者の世界は結構フェアーで、どの研究がオリジナルかという点で、多くの人々が起源の論文を引用するのである。メジャーになってから発表しても絶対に大きな引用数は得られないと確信している。この点は特に強調しておきたい。皆がやり始めてから始めてもダメだということである。
　引用数が高くなったもう一つの要因は、発表論文のテーマが機械工学の範囲を超え、広い分野に広がり、他分野の人達の目についたことである。しばしば、互いに引用し合えば、引用数があがるという話を聞くが、それは１桁の数値が２桁になる程度には効果があるかもしれないが、３桁の引用数にはそのようなこそくな手段ではあがらないと思う。
　最後に研究の動機についても一言加えたい。上記の研究をやり始めた頃、多くの人から注目されるとかこの研究で有名になろうという発想は全くなかった。まして外部資金を得ようなどは始めから諦めていた。独創性を発揮するという気持ちがあったかと言えば、自分の体験から言うと、そのような大げさな気持ちもなかった。単に興味につられて没頭しただけである。時間を経て評価される研究はねらってできるものではない。ナノがはやったら、それナノ、バイオがはやったら、それバイオと走っても、先頭集団にはなかなか入れるものではない。それぞれに必ず先頭集団と目される人がいるのである。研究者に言いたい。今こそ開き直って、周囲の雑音に惑わされることなく、自分が面白いと思う課題に取り組めと。国にも大学にも、純粋な興味につられて探求する自由を研究者に与えないと、いつも他の国の研究者を後から追っかけることになる。評価を余り口うるさく言うと、返って評価に値しない研究を数多く生み出す結果になるのではないか。
　以上は自分のささやかな成功体験とそれに基づく意見である。

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Last Update 2005.2.14

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