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No.16『逆転の発想--<反転艤装>新幹線電車の意外な製作方法--

日本機械学会第81期 財務理事
大木 博(日立ハイテクノロジーズ)

 
 

 10月から品川発着のダイヤもできて、ますます便利になる新幹線であるが、その車両は製造過程で<反転艤装(ぎそう)>という逆転の発想のお手本のような手法で製造されていることをご存知だろうか?反転艤装とは車両を上下180°回転させて上向き作業を下向き作業に変え、艤装作業の能率と精度を著しく高めた作業方法のことである。この設備が開発されたのは1986年頃とのことであるが、ご存じない方も多いように思うのでこの機会に紹介させていただきたい。

月初め、私は、本コラム執筆取材のために、山口県下松(くだまつ)市にあるH社の車両工場を訪問した。この工場は、大正時代創業の歴史ある鉄道車両工場である。
 取材に応じてくださったのは、右の写真の飛田(ひだ)専三さんである。飛田さんはこの事業所に40年勤めるベテランで、鉄道車両生産技術の、生き字引のような方である。
 鉄道車両の“艤装”とは車両に空調機やダクトを取付けたり、天井パネルを取付けたり、床下機器を取付けたりする作業のことをいう。車両製造工数の約半分が艤装作業である。その艤装作業の60%が作業者が上を向いて行う、いわゆる“上向き作業”であった。
 ”上向き作業”は作業者に大きな肉体的負担をかけ、また作業能率を著しく阻害していた。製造コストの大幅削減と作業者の負担軽減のためにはこれを下向き作業に変えることが望まれていた。それが実現できれば約2倍の能率向上になるという。反転艤装という考え方は日本の車両工場では当時多かれ少なかれ持っていて、床下の配管作業など部分的には既に実施されていたようである。全長25mの新幹線車両全体を反転できる設備はこの工場が独自で設計製作したものである。新幹線に加え、20mの在来線電車、16mのモノレールなどサイズの違う車両全部に適合させる設備上の工夫、また車体を回転させる時の構体の強度検討、新作業法の作業者への教育など、完成に至るまで、大変な苦労があったと飛田さんから伺った。

 上の記録写真をご覧いただきたい。写真は1991年に撮影された300系新幹線(現在「ひかり」「こだま」に使用されている車両)の先頭車両である。運搬台車に乗せられてきた車体が反転装置の間に入ってきて、車体を浮かせ、運搬台車を退避させる(写真左)。反転装置は写真に写っている手前側と、写真では見えていない後ろ側にある。車両の両端が連結器部分で反転装置の治具(赤い部分)に結合され、両端支持の状態になる。これを180°回転させて反転完了。この状態で作業者は天井部分の艤装を下向きで行うことができる。重力に逆らうことがないので作業の能率も精度も著しく向上する。反転作業をしている現場で実物を見ると、とにかくすごい迫力である。
 取材させていただいた会社では工場内部を時々、一般市民に開放して、製作中の鉄道車両を見学してもらったり、敷地内に歴史記念館を作り、創業以来の貴重な資料や実物部品を展示するなどして情報開示をしている。
 この様な企業の地道な努力が結果として、機械大好き人間の数を増やし、小、中学生、高校生など次代を担う若者に日本の機械産業・もの作りに関心を持ってもらうことにつながる。経営環境厳しい折にもかかわらず、こうした努力を惜しまない経営者の姿勢に感銘を受けた。
 田中会長が前回のコラムで『日本機械学会として、夫々の企業が愛着を持っている製品、思い入れの深い製品で一般に展示開放している展示館・記念館等の全国情報マップを整理し、判り易い形で提供するサービスをしてはどうか』と提言されていたが、本件もその有力な候補である。

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Last Update 2003.8.22

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