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東京大学 生産技術研究所 西尾 茂文 |
技術者教育認定機構(JABEE)のことを耳にされた方も多いと思う。JABEEについては、本ホームページからもアクセスできるので、詳細はそちらをご覧頂きたい。ここでは、engineersの訳である「技術者」という言葉を取り上げたい。
私は大学に身を置いているが、法学部や医学部あるいは建築学科の先生方を羨むことがある。こう並べると凡その見当がつくと思うが、これらの先生方の中にはそれぞれの分野の国家資格をお持ちの方が多く、しかもその国家資格の社会的地位が高く、例えば大学をくびになっても(原理的には)国家資格で生きてゆくことができる。
例えば、医者を考えてみよう。「医者」に関連する言葉として、医伯、医官、医師、医家、医人、医士などを挙げることができる。まず、医官は、医療を司る役人のことであり、周代は医師、秦・漢代は大医令または大医監と呼ばれていたようである。医師は、このように周代では医療を司る長の官職名であったが、それが転じて現在では、「医者」の国家試験に合格し厚生労働大臣より免許を与えられた者をいう。因みに、「医」は文字通り「矢を入れる容器(うつぼ)」の意味で「醫」の俗字である。「醫」の「?」は「えい」で病人のうめき声、「酉」は酒(この場合は薬草酒か)の意味、また「師」は周知のように先生の意味である。医「師」をはじめとして、医を生業とする家を意味する医家、医師の敬語である医伯という言葉まであるように、"生き死に"の問題は(哲学的課題は別にすると)人間生活の根源的階層の問題であり、これにかかわる医師の社会的地位は古くから高い。
医者と技術者とを比喩的にみると、技術師、技術家、技術伯などといった言葉があってよいように思われるが、日本語大辞典(講談社)をみても技術師、技術家という言葉は載っておらず、技術伯なる言葉はむろん載っていない。しかし、「建築家」や「芸術家」という言葉は存在する。日本語大辞典や広辞苑には載っていないが、知恵蔵(朝日新聞社)によれば、建築の設計を専門とするものを建築家、施工を専門とするものを建設業という。ここで、なぜ建設家という言葉が使われないのであろうか? 漢語林(大修館)によれば、この場合の「家」は「学問・技芸の流派。学派。また、それに属する学者・技芸者」という意味であり、「業」は「建築屋」の「屋」に近い。個人的な感覚では、建築家という言葉には設計に伴う芸術性・独創性などへの尊敬の念が含まれており、建設業という言葉には生業という意味が含まれているように思われる。
JABEEでは、技術者の説明として「技術業」なる言葉を使用している。漢語林によると、「わざ」という意味の「業」は、「事業」のように仕事、「功業」のように功績、「学業」のように学問・技芸などの意味で使われるが、「技術業」と言うと事業や生業の意味が強くなるように思われる。特に技術者が創り出した「物」や「システム」(これらを人工要素と呼んでおく)が社会生活に不可欠な第二の環境(人工環境)となっていること、人工環境あるいは人工要素については価値観や感性を含む質的設計の時代を迎えていること、したがって今後の「技術者」にとってJABEEが規定するように技術倫理、デザイン、コミュニケーションなどに関する知識や能力が重要となってきていることを総合的に考えると、これらへの責任と期待とをこめて、「技術師」(技術士との関係の整理を含めて)、「技術家」などの新しい言葉を生み出し、「技術者」の社会的地位の一層の向上への努力が必要と思われる。
Last Update 2002.10.15
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