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日本機械学会のリーダが気軽に話題を提供するコラム欄です。
会長を含めて3人程度が交代で一年間を通して執筆します。



No.4『どのように米語訳するのか"緑濃き黒髪"』
−米語へ集約している技術者の外国語教育は本当に良いのであろうか?


日本機械学会第80期会長
伊東 誼(学際X革新研究センター)
 昨今では、「茶髪」、場合によっては「黄髪」や「赤青髪」と交通信号みたいな髪の色が見受けられる。今では死語に等しくなったが、一昔前には日本女性の美しい、しっとりとした黒髪を「緑濃き黒髪」と表現したこともあった。これをどのように英訳(米語訳)すべきであろうか。こちこちの工作機械屋の筆者には手に余る仕事であって、見当違いは承知の上で、技術者は専門領域の知識を取得するのと同時に、外国語も習得せねばならず不公平だ、と文句の一つも云いたくなる。そして、この延長線として、昨今の大学に於ける技術者教育で米語一辺倒になっていることが将来の我が国に禍根を残さないかと心配になってくる。
 この外国語にまつわる話を少し専門領域に踏み込んで探してみると、機械加工中の「びびり振動」の分野に典型的な例が見つけられる。それは、国際的に有名なTobias教授の「Schwingungen an Werkzeugmaschinen(Carl Hanser,1961年発行)」と題する書であり、当初ドイツ語で出版され、その後英語に訳され、更に英語から日本語に訳されている。さて、これら3冊を読み比べてみると、3冊の間では、記述の細かいところでは意味合いが多少変わってきている。技術書でそんなことがと思われるであろうが、感覚的に違いが感じられるのである。ちなみに、日本語の「機能性」に相当するドイツ語の技術用語は「die Funktionalitaet」として古くからあったが、該当する英語はなく論文の執筆時に不便を感じていた。やっと数年前から「Functionality」という言葉が使われるようになった。
 技術の世界の共通語は米語となりつつあるので、これからの高度情報化・グローバル化の時代では米語の能力は必須である。しかし、上の例にもみられるように、単純に米語に集約とはいかないようである。例えば、物つくりの中核とされる工作機械技術の場合、依然としてドイツ語は重要であり、おそらく現在でも、情報源としては英語とドイツ語は拮抗している。又、世界を先導する貴重な技術情報もドイツ語、あるいは日本語のみで存在し、それは自動的に技術の機密性を高めて、逆に両国の国際競争力を高めていると言えるであろう。
 しかも、物つくりの場合、草の根的な技術の移転が重要で、これ迄の筆者の25年を越える学術・技術協力の経験によれば、円滑な技術移転を妨げる最大の障害は、「物つくりでは現場用語が多いこと」、「母国語でも表現しにくいノウハウが存在すること」、並びに「民族により異なる文化・風土」である。従って、多極化している技術移転に携わる双方が互いに相手の母国語を判ることが望ましい。あるいは、双方が米語を理解し、少なくとも一方が相手の母国語が判れば、これに越したことはない。
 我が国の場合、それ程の困難も無くドイツ語、フランス語、イタリア語等、敢えていえば欧米先進諸国の言語を理解する技術者を探し出せる。しかし、問題はアジア諸国との技術交流及び技術移転である。すなわち、アジア諸国の場合、日本語の判る人が相手先に在職していることも多いが、米語のみ判る人が相手となる方が多い。それでは、我が国にアジア諸国の言語が判る技術者はどの位いるのであろうか。韓国の金型技術の向上に20年以上も貢献している中小企業の技術者やタイの大学へボランティアで授業をしに出かけている技術者のように、韓国語やタイ語を巧みに操る技術者もいるが、一般論としては非常に少ないと指摘せざるを得ない。又、技術系の大学でアジアの言語を第二外国語に指定しているところは非常に数少ないであろう。従って、このような人的資源の状況を把握せずに、最近、「アジア、アジアーーーーとアジアとの協調を強調している風潮」には疑義を呈さざるを得ない。筆者個人としては、20年位前からアジアの言語の判る技術者の必要性を数多く身をもって経験し、戦略的に養成すべきと主張してきたのだが・・・。
 黒髪だけでなく、茶髪や黄髪等が市民権を得ている多様化社会で技術者に望まれる外国語の素養が米語へ集中というのは、少々おかしく感じられる。そこには、希望すれば色々な国の言語が学べる仕組みを「技術者の生涯教育(CPD:Continuing Professional Development)」に組み込むべきであろう。いずれにしろ、米語を巧みに操れば「国際的技術者」という風潮の我が国では、このような主張は蟷螂の斧かも知れないと思いつつ、この駄文を記している。最後に、在日英国大使館が日本語のみで記述された技術情報を英語に翻訳していること、又、ドイツ企業の技術者は、アジア諸国へ赴任した際に、任地先の言語を必ず修得する気風の強いことに触れておきたい。

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Last Update 2002.8.12

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