森山 和道

これまで主に効率化や、省人化のためのロボット技術を紹介してきました。ですがロボットや自動化技術に期待されている役割はそれだけではありません。以前、家庭用ロボットのお話をしましたが(第5回 家庭用ロボットの存在感とトレードオフ )、家庭以外の場所でもロボットは「新しい価値」を生み出せるかもしれません。

今回は、そのような取り組みを紹介したいと思います。

<目次>
街をぶらつくための「低速」自動走行モビリティ
歩行者やロボットが共存できる「ウォーカブル」な空間
飲食店でのロボット活用も、お店それぞれ
ロボットの動きにはプログラミングした人の気持ちが込められる
製造業の知恵とサービス業の知恵をもっと組み合わせよう

 

街をぶらつくための「低速」自動走行モビリティ


ゲキダンイイノと 大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会による東京・丸の内地域での実証実験

まず一つ目は、ゲキダンイイノという会社と、一般社団法人 大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会(略称:大丸有協議会)による「低速自動走行モビリティ実証実験」です。「低速」、つまり遅い、自動走行車による実験で、「移動そのものを楽しむ新しい移動体験の提供によって、まちの回遊を促す新しいモビリティサービスの実現を目指す」としています。2024年10月28日〜11月6日にかけて、東京駅のすぐ近くの地域で行われました。


「低速」のモビリティ

私も実証実験の初日にお邪魔して乗ってみました。ゲキダンイイノが開発したモビリティは、いわゆるモビリティとはだいぶ違っています。まず外見が木で覆われています。そして座り乗りではなく、立ち乗りです。そして「低速」です。


近くに人がよると検知して減速するのでパッと乗ります

大きさは70cm×120cm。電動車椅子の規格の最大サイズで、最大三人乗りです。デリバリーロボットなどと同じ「遠隔操作型小型車」という枠組みで、歩道を移動することができます。

勝手に動いているこのモビリティのそばに立つと、減速するので、パッと乗り込みます。人が乗り込むと再び加速を始めるので、安全のため手すりをにぎります。といっても、やはり低速ですのでそれほどの速度は出ません。降りるときは手すりのボタンを押すとまた減速しますので、十分に速度が落ちたら、またパッと降ります。


親しみやすい外見デザインのなかにカメラやLiDARなどが各所に配置されています

ゲキダンイイノでは「時速5km」に注目しているそうです。ふつう「移動」というのは、どこかからどこかへ行くことを目的としています。つまり目的地があります。ですので、「その間」である移動自体が目的になることはないと考えがちです。

もっとも、旅行でも、あるいは単なる街歩きでも、仲がいい人たち同士だと楽しい時間になりますよね。人はもともと「移動」自体を楽しめるのでしょう。そこでゲキダンイイノでは「歩く速度」に注目して、新しいサービスを提供しようとしているのです。ゲキダンイイノの代表である嶋田悠介さんは「徒歩の速度には認知する能力や好奇心をくすぐるところがある。『遅くて近い領域』に『便利以外の価値』があるのではないのか」と語りました。


乗る人同士、街と人をつないで新たな発見を生むことを目指すモビリティ

実際、乗ってみた人に意見を聞くと、「こんなところに緑なんかあったっけ」とか「ぼーっとしちゃう」とか、「コーヒーがいつもより美味しく感じた」といった意見があったそうです。低速モビリティには「乗っている人と場所をつなぐ媒体」としての可能性があると考えて実証実験を行っているとのことでした。

今回は特定のポイントからポイントへと移動する実験でしたが、私個人としては「どこへ連れて行かれるのか」がわかりにくいので、特定の街中エリアをぐるぐると回っている、いわば「横へ動くエレベーター」みたいな感じのモビリティになるといいのかなと感じました。

役割的には「動く歩道」みたいな感じです。その役割を移動ロボットでできるといいのかもな、という意味です。工場や倉庫のなかで、物を運ぶためには一般的にはベルトコンベアを使いますが、AMR(Autonomous Mobile Robot。人協働型の自律走行搬送ロボット)のようなものを使うと固定設備で一度設置してしまうと簡単には動かせないコンベアとは違って、限られた空間や、状況の変化にも柔軟に対応できます。それと少し似ているなと思いました。

 

歩行者やロボットが共存できる「ウォーカブル」な空間

実証実験の場を提供した大丸有協議会は、「データを使った都市のアップデート」と「新しいモビリティなどを使ったリ・デザイン」を目指して活動しており、目標は「歩行者・モビリティ・ロボットが共存できるウォーカブルな空間の実現」です。「ウォーカブル」とは「歩ける」という意味です。回遊性と賑わい、要するにブラブラ歩いていても楽しく、快適な街を作ろうという話です。

ともかく「便利か、便利でないか」という評価軸以外でも自動化技術は活用できるし、人と街をつなげる方法は他にもいろいろありそうです。

 

飲食店でのロボット活用も、お店それぞれ

もう一つは、飲食店でのロボット活用の例です。ファミレスでの配膳ロボットはすっかりおなじみになりましたし、ちょっと変わった自動販売機のようなロボットもあります。

たとえば綿菓子を作るロボット自動販売機もあります。サービスエリアなどに設置されているそうで、ときどきテレビなどでも取り上げられています。

自動販売機の延長のようなかたちでロボット技術を使おうという試みは、これからも続くと思います。たとえば、人が調理を行ういっぽう、コーヒーなどを提供できれば、そのぶん売り上げをあげられるかもしれません。フードトラックを使って、そういうビジネスをしようという人たちも現れました。

AZ日本AIロボットQBIT Roboticsは、2024年11月9日と10日の土日に、東京タワーの下のイベントスペースで、フードトラックを使ったロボットカフェシステムを営業しました。半分がフード、半分がロボットカフェとなっています。フードのほうは何でもいいのですが、この日はお肉を焼いていました。

ドリンク提供用に使われているロボットは川崎重工の協働ロボット「duAro2」です。QBIT Roboticsが開発しているシステムにより、QRコードなどで決済すると自動的にロボットが動き出してドリンクを提供します。といっても、私が頼んだカフェラテの場合は、ドリンクマシンのボタンを押すだけでした。AZ日本AIロボットでは、このシステムを月額35万円で貸し出すことを狙っています。

 

ロボットの動きにはプログラミングした人の気持ちが込められる


埼玉 南浦和の「ハレとケ」。ロボットがコーヒーを淹れて提供する

いっぽう見た目は同じように見えるでしょうが、違う考え方でロボットを活用している人たちもいます。埼玉県・南浦和に2024年10月に開店した「ハレとケ」という個人のお店では、カワダロボティクスの協働ロボット「NEXTAGE」が2台あり、コーヒーを淹れています。もう一台は将来的にはどら焼きを焼いて提供してくれることを目指しています。なおこのお店は「お米離れ」をなんとかしたいということで、米粉を使ったどら焼きを提供しています。

注文してお会計をすませると、店主さんからカードをもらえますので、そのカードを画像認識させて、ロボットスタートです。ドリップでカフェインレスコーヒーをじっくり時間をかけて淹れます。狭いお店ですので、その間はロボットが動くのを眺めながら、店主さんとおしゃべりしながら待つかたちになります。こちらのお店ではロボットはあくまで「お手伝い」というポジションです。


「ハレとケ」店主の野口頌子さん

店主の野口頌子さんは、「日本の伝統食であるお米を次世代に受け継ぎたい」ということと、「ロボットを使うことで安定したサービスを届けたい」と考えて、お店を開業したそうです。以前は「ロボットは感情を持たないので、おもてなしには貢献しない」と考えていたそうですが、あるときから「ロボットのモーションにも、プログラムを組む人の思いやりや気持ちを込めることができる」と思えるようになり、「ロボットを使っていても人間に近いレベルのサービスが提供できる」と考えたのだそうです。

飲食店でアルバイトしたことがある人は指導されたことがあるかもしれませんが、たとえばお皿やコップの置き方、向きひとつとっても、飲食店の人は考えて出しています。テーブルの上にセットされている調味料の向きなども決められています。マニュアルの中には、お店ごとに異なる配慮、おもてなしの気持ちが込められているのです。

「ロボットの動きに気持ちを込めることができる」という話は、私も似たようなことを感じたことがあります。物流や産業用のロボットでは、ものを取って別の場所に移す、いわゆる「ピック&プレイス」は、ロボットの基本的な作業のひとつです。技術者はしばしば難しいとされている「ピック」、つまり取ることだけに意識を向けがちで、「プレイス」、置き方への配慮が足らないことがあります。展示会でも、ピックばかり一生懸命で、プレイスのほうは放り投げるようなデモを紹介している会社は少なくありません。

ですが、ロボットが扱っているのは導入先の「商品」です。その「商品」を適当な扱い方をしていいわけがありません。ただそっと置いたり、きれいに並べればいいというだけではありません。物流分野などであれば、ラベルの向きなども考えて置く必要があるのです。最初からそういう部分まで意識を持っているかいないかの違いは、業務のあちこちに現れます。強い企業は最初からここができていると感じます。


「ハレとケ」の所在地は「埼玉県さいたま市南区文蔵2丁目30-5」

話が飲食からずれてしまいました。「ハレとケ」について、より詳しいことは別媒体ですが「ロボスタ」という媒体に書いたので、合わせてご覧いただければ嬉しいです。「ロボットの導入は単なる労働力の補完ではなく、顧客体験を向上させるための戦略的な投資」だそうです。

「ハレとケ」の所在地は「埼玉県さいたま市南区文蔵2丁目30-5」です。機会があれば実際に行ってみて、店主さんからお話を聞いてみてください。ロボットの動きも、下手なショールームよりもじっくり見ることができます。ヒト型の多関節ロボットが動く様子は見ていて飽きません。なお不定休のお店なので、事前にお店のインスタグラムをチェックしたほうがいいです。

「ロボットがいる」という理由だけでお店を訪問する人はごくごく少数ですし、飲食店は新規開業が多い一方、1年以内に3割、2年以内に半分が閉店してしまう厳しい業界ですが、続いてほしいなと思っています。

 

製造業の知恵とサービス業の知恵をもっと組み合わせよう

今回は「効率化」だけではない価値という話をさせて頂きました。もちろん効率化や省人化はとても大事ですが、それを追求する技術の先には、また異なる可能性もあるのです。技術は単独で進化するものではありません。他の技術ともくっついて、誰も考えなかった新しい価値を生み出していくものです。

また、製造業の世界で磨かれている効率化の知恵はサービス業でも使えるはずですし、サービス業において重要なおもてなしの考え方や態度は、ものづくりの世界でも活かせるはずです。お互いに学べば、もっと良い世界へと近づけることができるはずだと思います。

これまでお読み頂きありがとうございました。次回でこの連載はいったん最終回となります。最終回では改めてこれまでの話を振り返り、未来を創造する皆さんに考えておいてもらいたいことを述べたいと思います。


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