森山 和道

 

実用化された巨大人型ロボット「多機能鉄道重機」

2024年7月20日、鉄道会社のJR西日本が「多機能鉄道重機」という大型の人型ロボットを和歌山県にある鉄道インフラメンテナンスの現場で使い始めたと発表しました。ロボットは軌陸車(鉄道レールの上も動ける鉄道用車両)上のブームの先端に取り付けられています。そのロボットを車内の操作スペースから遠隔操作して動かします。


鉄道メンテナンス作業での高所作業用人型ロボット「多機能鉄道重機」。日本信号のプレスリリースから。JR⻄日本グループ の⻄日本電気システム株式会社が運用する

ロボットは、最大12mでの⾼所で、最⼤40kgの物体を持って作業ができます。操作する人はHMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ)をかぶって、ロボットの視野を見ることができます。操作レバーを動かすとロボットが動きます。

特徴は、操作する人の力を感知して、直感的にロボットを操作できること。ロボットが動くことで何かにぶつかったときの力が、操作する人にもフィードバックされます。

私もプロトタイプ機を操作させてもらったことがあるのですが、ほぼ訓練なしで操ることができます。また、ロボットの手先で柔らかいものを触ると柔らかく、硬いものを触ると硬く感じます。つまり、ロボットが感じる力を感じながら、人が操作することができるロボットです。

「多機能鉄道重機」は「多機能」、つまり、手先のアタッチメントを変えることで、特定の作業だけでなく色々な作業ができる、いわゆる「汎用」のロボットです。まずは架線⽀持物の塗装や、邪魔になっている樹⽊の伐採、電気関連の設備点検からはじめて、今後は様々な用途へと展開する構想です。

このロボットを使うことで人が高いところに上がる必要がなくなるため、その分の作業リスクを減らせますが、人の作業者と共同で作業を行うことも可能です。頭部はカメラなのですが、この頭部を使うことで簡単に人とのコミュニケーションが取れる点も運用上は大事なポイントです。

このロボットを開発した会社は「人機一体」というスタートアップと、「日本信号」というメーカーです。「人機一体」の技術をもとに、日本信号が製品化しました。

「技術検証を行なった」、「実証実験でプロトタイプを動かした」という話から、実際に製品化まで持っていくには、数段階くらいレベルの違う技術が必要で、さらに様々な社会的ハードルをも乗り越えなければなりませんが、それを実現したのです。

私もまだ実際の現場で動く様子は見たことがありませんが、公開された動画を見ると、誰が見ても「ロボットだなあ」という感じのロボットが作業を行っています。まだ、人間による作業に比べて効率的であるようには見えませんが、もしかすると将来はこういう風景が当たり前になるのかもしれません。

 

ロボティクスの社会実装を目指す人機一体


人機一体「零式人機」。部材には3Dプリンターを活用。オレンジ色のラインは力制御の流れをイメージ

株式会社人機一体は、2007年10月に立命館大学BKCインキュベータにて設立されたスタートアップ企業です。創業者は、立命館大学 理工学部 ロボティクス学科の講師(当時)を務めていたロボット工学者の金岡博士。そのときは「マンマシンシナジーエフェクタズ」という会社名でした。「人間-機械 相乗効果器」という意味です。

いまの社名になったのは2015年です。なお金岡博士の本名は金岡克弥ですが、この事業ではあえて「金岡博士」と名乗ることにしているそうなので、この記事でも金岡博士と表記します。ちなみに滋賀県草津にある人機一体の本社も「秘密基地」とされています。


株式会社人機一体 代表取締役 社長 金岡博士

金岡博士によれば、同社は「ロボット工学技術をいかにして社会実装するかを考えて経営してきた」とのこと。社会実装とは「社会で使われる」という意味です。技術は、もちろん役に立たなければ社会では使われませんが、単に「役立つ」だけでも社会では使われません。使う人のことを考えて使いやすいようにきちんと整えられていなければなりませんし、それが社会的・ビジネス的にも十分に意味のあるかたち(つまりユーザーが儲かるという意味です)になっていないと、幅広く使われることはないのです。そういうところまで踏み込んで、使われる技術を目指して開発を進めているのが人機一体だと金岡博士は語ります。

「ロボティクス(ロボット工学)は間違いなく役に立つ」けれども、多くの技術は「役に立てることができていない」というのが金岡博士の考え方です。

様々なロボティクスが研究されていますが、なかでも、人機一体では「力制御技術」を使って外力を感じながら機械を人間が操ることで、機械単独、あるいは人単独ではできない作業を可能にする機械を「人機(じんき)」と呼んで、その実用化を進めています。「零式人機ver2.0」をベースに開発された「多機能鉄道重機」は、その社会実装第一号ということになります。

 

「零一式カレイド ver.1.1」のバランス制御デモ


零一式カレイド ver.1.1

2024年8月1日には滋賀県草津市において「人機一体成果発表会2024」が行われました。新たに発表されたのは、等身大サイズのヒューマノイド「零一式カレイド ver.1.1」の歩行動作です。いや、歩行というよりは「下半身のバランス制御」といったほうが正確な、地味なデモでした。

ロボットのハードウェアは川崎重工業が研究開発しているヒューマノイドロボット・プラットフォーム「Kaleido(カレイド)」をベースにしたものです。それに人機一体の力制御技術(「力順送型バイラテラル制御技術」、「ハイブリッド・オートバランス機能」)を統合しました。広島大学機械力学研究室(菊植亮教授)との共同研究によって開発されました。

ちなみに川崎重工業「Kaleido」は、万華鏡を意味する「カレイドスコープ」から付けられた名前です。川崎重工業によれば「使い方によって見せ方をきらびやかに変えていってほしい」という意味が込められているそうです。人機一体の使い方は、その一つということになります。

人機一体では、人の操作をベースにしつつ、自動制御が補完する機械を実現しようとしています。建設や土木などの現場では、今でも多くの作業が人間の手によって行われています。それらをロボティクスを応用した機械によって楽にしようというのが目的です。人機一体ではこれを「あまねく世界からフィジカルな苦役を無用とする」と言っています。

人型ロボットを開発している理由は「シンボル(象徴)」としての意義が人型にはあるからです。自在に動かすことができる人型ロボットができれば、多くの人が「世界が変わる」と感じることができる。そのための手段としての人型ロボットです。


足を使ったスキルを実現するためのヒューマノイドロボット

今回のヒューマノイドは、足首のモーターが不調だとかでほぼ動けませんでしたが、「足を使ったスキル」を発揮させることを目標にしているそうです。「足」は単なる移動手段ではない、というわけです。人は足を使って踏ん張ったり、梯子を登ったり、四つん這いで動いたり、なんだったら足でものを動かしたり、いろんなことができます。そんなふうに全身を使った作業ができるようになるといいなというわけです。


足先は独自開発

多くの産業用ロボットは「軌道制御」で動いており、事前にプログラミングされた動きを正確に繰り返すことができます。いっぽう、人機一体のロボットは軌道制御では動いていません。力制御技術を使うことで、反射的にバランスを取ることもできるし、足元の障害物への対応、さらに人の操作による対応といった、複数の力制御を重ね合わせることができます。金岡博士らは、これは人間の歩き方とも似ているのではないかと考えているそうです。

金岡博士は「ベースはできた。次は何を作ろうか」と語りかけました。もっとも私としては、それよりもまずトルク制御ならではの歩行動作が見たかったです。ビデオも公開されたのですが、非常にスローな動作でした。


「次は何を作ろうか」と呼び掛けた金岡博士

二つの「人型重機」のコンセプトスケッチ公開


二つの「人型重機」のコンセプトスケッチが公開

次に何を作るか。その流れで紹介されたのが今後開発する二つの「人型重機」のコンセプトスケッチです。各種乗り物や家族型ロボット「LOVOT」などのデザインで知られるクリエイティブコミュニケーター、プロダクトデザイナーの根津孝太氏と、「マクロス」シリーズなどで知られるアニメーション監督の河森正治氏の二人によるものです。


有限会社 znug design クリエイティブコミュニケーター、プロダクトデザイナー 根津孝太氏

株式会社 Vector Vision アニメーション監督、メカニックデザイナー、ビジョンクリエーター、2025年大阪・関⻄万博テーマ事業プロデューサー 河森正治氏

二人には、外見の単なる「スタイリング」ではなく、機構から含めた、本当の意味での「デザイン」段階から参画してもらっているそうです。今後、人機一体ではこのロボットを実際に作っていく予定とのことです。


根津孝太氏デザインの「零一式人機」コンセプトスケッチ

根津氏のデザインのロボットには、より細かい作業を行うためのサブアームが付けられています。また河森氏のデザインのほうのロボットは、詳細はまだ非公開ですが、背中や腰のアタッチメントに付けられたパーツを脱着したり、「合体変形」の要素もあるそうです。


河森正治氏デザインの「一零式人機」コンセプトスケッチ

もちろんどちらも、人が外力を感じながら操作する「人機」として開発されます。楽しみにしておきましょう。

 

20年後には「人機」が活用される世界が来る?


「零一式人機 縮小モデル ver1.1」。人型ロボットの零一式人機が社会実装された様子を想定したジオラマ

人機一体では今後、ロボットが幅広く活用される世界を「20年以内に」実現することを目指すそうです。まるでSFのような世界観ですが、金岡博士は「コンピューターも昔はSFだった。でも今はみんながスマホを持っている。ロボットオタクでなくてもみんながロボットの恩恵を受ける時代が必ず来る」と語りました。そして、「人間が操作するロボットの幅広い実用化ビジネスを海外に取られたら悔しい」と述べ、会場をわかせました。


「我々は大企業になる」と断言した金岡博士

ロボットを普及させるためには技術を成熟させるだけではなく、ビジネス上の様々な「デッドロック(切り抜けるのが難しい難関)」を、しかも素早く越えなければなりません。つまりは「メリット」です。「そのために多くの企業と連携したい」と金岡博士は呼びかけました。そして「1弱小零細ベンチャーのままでは我々の理念は実現できない。我々は大企業になる。そうしないと我々が 目指す『あまねく苦役をなくす』ことはできないから。プラットフォーマーになります」と語りました。

ちなみにいま人機一体の社員数は、まだ15名くらいです。また、人機一体のいう「プラットフォーマー」とは、マイクロソフトやアマゾンのような一般的なプラットフォーマーとはちょっと違い、「技術プラットフォーム」を提供するという意味で使っているようです。つまり、人が外力を感じながら機械を操作する技術を使いたければ人機一体が提供する技術を使うのが一番だよね、という状況を作りたい、という意味です。


パネルディスカッションA「ディープテックとしての『ロボット』は0→1を達成した。さあ、次を目指そう。」 登壇者は左から西日本旅客鉄道株式会社 理事 鉄道本部副本部長、鉄道本部イノベーション本部長 田淵剛氏、日本信号株式会社 取締役 常務執行役員 平野和浩氏、川崎重工業株式会社 ロボットディビジョン 理事 兼 社長直轄プロジェクト本部 真田知典氏、学校法人立命館 理事、立命館大学 副学長、研究部 事務部長、産学官連携戦略本部 副本部長、大学院キャリアパス推進室長 野口義文氏

続けて行われた、協力企業とのパネル’ディスカッションでも、みな、だいたいのところでは同意していました。ただ、実際に何がどこまでできるのかは残念ながら不透明だなとも感じました。

一つ一つを細かくレポートすることはしませんが、なかでも印象深かったのは「人機」を製品化した日本信号の平野氏の発言です。日本信号では「企業として30年後も進化する」ということを考えて、この技術の製品化につなげたのだそうです。30年後のことを考えている企業が存在することは素晴らしいことです。

 

ロボットが使われるためには「ストーリー」も重要


パネルディスカッションB「我々が目指してきた『ロボット』を、今こそ我々の現実世界に実装する。」

パネルディスカッションはもう一つ、別の方向からも行われました。ロボットがいっぱい使われるような世界を実現するためには、「技術」や「ビジネス」の視点だけでなく、「ストーリー」、「物語」の力も必要だ、というのが金岡博士の考え方です。

こちらには先ほどコンセプトスケッチを紹介した根津孝太氏、河森正治氏のほか、千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo) 所長の古田貴之氏、そしてSF作家の林譲治氏も参加して、「早く未来を手繰り寄せて、より面白い未来に辿り着く」ための議論が行われました。


千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo) 所長、株式会社未来ロボット 代表取締役 古田貴之氏

SF作家 林譲治氏。最新作は『知能侵蝕』(ハヤカワ文庫)。2巻では「人機」にインスパイアされたロボットが登場するとのこと

金岡博士自身が「昭和の少年たちによる悪巧み」と表現したこちらのディスカッションは大いに盛り上がりました。金岡博士は「うわついた話ではなく、確固としたスキルや信念と結びついて、いかに多くの人を引き込むかが重要」と語り、クリエイターの二人は「社会実装にワクワクしている」「みなさんと一緒に実現していきたい」と述べ、千葉工大の古田氏は「現実に技術をインストールしたい。ぜひ協力したい」、SF作家の林氏は「以前の展示と比べると雲泥の差。これから我々も何ができるのか、ゆっくりと考えてみたい」と語りました。


パネルディスカッションBでは金岡博士はもっぱら聞き役に徹した

 

ロボットから「次の大きな産業」をおこす


「ロボットから次の産業を興す」と語った金岡博士

最後に金岡博士は「次の大きな産業を興す。それがロボットからできなかったら、どの分野でできるのか。ロボットにはそれだけのポテンシャルがある。AIと結びつくことで、より加速度的に大きくなっていくような産業だ。そのスタートラインに我々は立っている。ぜひ、これを起点として新しい産業を作っていきたい」と会場に呼びかけました。

そして「我々の一つ一つの要素技術は地味。だが10年前は絵空事だったことが現実になってきている。これからの発展は加速していく。ぜひパートナーとして意見交換をしながら『こんなことをやればいいんじゃないか』と議論させていただければと思う。ぜひ苦役を無用とする世界を作りましょう」と述べて、成果報告会を締めくくりました。

人機一体が目指すような「人が操作するロボットが、そこらじゅうにあふれる世界」が本当に来るかどうかは分かりません。特にコストの問題は重大です。現在使われている油圧の建機・重機は安価です。単純に高価なロボットで置き変えることは難しいでしょう。工程そのものを変革するくらいの効果が必要ですが、それはそれで、高いハードルです。

ですが、「ロボットがあふれる未来」を目指す会社があることは、楽しいことだと思います。みなさんはどんな未来を作りたいですか。


会場の外では関連会社・団体によるパネル展示も行われました

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