森山 和道

<目次>
油圧「Atlas」の引退と「New Atlas」の登場
ヒューマノイドは「特殊なモバイルマニピュレータ」
ヒューマノイドが倉庫で働き続ける?
ヒューマノイド対象の汎用基盤モデル開発も
大規模言語モデルとヒューマノイドの連携
日本でも続くヒューマノイド開発 川崎重工とトヨタ
ヒューマノイドが真価を発揮できる場所はどこ?

油圧「Atlas」の引退と「New Atlas」の登場

「人間型ロボット(ヒューマノイド)」の研究開発が大いに盛り上がっています。比喩ではなく、本当に毎週のように新しいヒューマノイドのニュースが世界各国から出てきており、ロボットオタクを自認する私もついていけなくなりつつあります。

2024年4月末現在、最近で目立った話というと、ボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics)の「Atlas」の引退と、「New Atlas」の登場です。油圧を使って他に抜きん出たデモビデオを見せていた「Atlas」が引退し、完全電動の新型になったのです。ボストン・ダイナミクスが提供を開始した4脚ロボット向けソフトウェアとも合わせることで、より実用的な「製品」とて提供を始めるとのことです。発表リリースはこちらに掲載されています。

ビデオを見ると、人間には不可能な動き方で立ち上がり、方向転換しています。関節が大きくグルグルと動くようです。どんな配線になっているのか気になります。あるいは回転コネクタの「スリップリング」というしくみを使っているのかもしれません。

人とコミュニケーションができそうな「頭部」、作業ができそうな「手」が最初からつけられている点も注目です。油圧のAtlasにはなかなか「手」がつけられませんでしたが、「手」があることでロボットは作業ができます。リリース文には「かたちは人間に似ているけれど、人間以上のことができる」といった内容も書かれています。

Boston Dynamics社は現在、Hyundaiという自動車会社の傘下にあり、その工場でテストされるようです。今後が楽しみです。

ヒューマノイドは「特殊なモバイルマニピュレータ」

移動台車の上にマニピュレータアームをつけたロボットを、一般に「モバイルマニピュレータ」と言います。ヒューマノイドは、特殊なかたちのモバイルマニピュレータです。人間に似せているので、それだけではない側面もあるのですが、実際に何かしらの作業を行わせることを考えると、そういうものだととらえるほうがいいでしょう。

Sanctuary Cognitive Systems Corporationが2023年5月に発表した「Phoenix」は、人間の手と同じくらいの、かなり器用な手先を持っている点がこのロボットの特徴です。Sanctuary AIは、VRを活用した遠隔操作も組み合わせることで実用的なロボットを目指しています。

Apptronik Roboticsの「Apollo」は他社とはどうもちょっと違う戦略を考えていて、2脚タイプもあるのですが、上半身だけでも使えるようにしているようです。独自の力制御アーキテクチャが特徴だとか。

なおApptonikは3月に、ドイツの自動車メーカーメルセデス・ベンツの製造施設で導入するために同社と提携したと発表しています。

ヒューマノイドが倉庫で働き続ける?

せっせと何かの作業をする様子を見せ続けているヒューマノイドとしては、アジリティ・ロボティクス(Agility Robotics)の「Digit」が他社に比べて大きく先行していると私は考えています。2021年ごろから倉庫のなかで働いている様子を見せていたのですが、3月に行われた物流展示会「Modex 2024」では3日半の会期中、ずっと箱を運び続けるデモを行なっていました。デモ時間の合計は26時間、のべ移動距離は実に48km以上におよびます。

しかも彼らは、その様子を世界中にリアルタイム動画配信してみせたのです。これは、かなりの自信がなければできません。単にちょっと動かしたり、良いところだけ編集してビデオを出すのとは話がまったく違います。

途中で倒れたロボットもいたそうですが、その部品をさっと交換するところも含めて公開しました。このくらい丈夫なんですよ、壊れてもすぐに直せますよ、ということをはっきり見せたわけです。

同社のロボットのロバスト性は、機械学習の一種である強化学習によって支えられているようです。GPUメーカーとして名高いNVIDIA社がシリコンバレーで3月に開催したカンファレンス「GTC2024」でも同社のロボットは、ディズニーの小型ロボットと並んで登場し、NVIDIAの開発環境を使っていることをアピールしていました。

ヒューマノイド対象の汎用基盤モデル開発も

さらにNVIDIAは「Project GR00T」というヒューマノイドを対象とする汎用基盤モデルを作成する試みを開始すると発表。大きな驚きをもって受け止められました。「GR00T」では、ロボットが言葉やビデオなどを使った自然なかたちでの命令を理解して、いろんなタスクができるようにすることを目指します。それを世界中のヒューマノイド開発企業と協力して進めると発表したのです。

そのためにシミュレーションを大規模に活用し、ロボットをバーチャルでトレーニングし、リアルなロボットに実装するという計画です。「Sim2Real」と言われる手法です。そのための各種枠組みをNVIDIAが用意します。GEAR(Generalist Embodied Agent Research)という組織も立ち上げられました。

大規模言語モデルとヒューマノイドの連携

他にも多くのヒューマノイドが続々発表されています。いくつか目立つのは、やはり生成AI、大規模言語モデルとの連携です。つまり、人間の言葉による指示を理解し、従来のようなプログラムで作り込むのとは違って、ロボット自体が周囲の環境や使える道具なども理解して目的を達成することを目指すのです。

たとえばFigure社はChatGPTのOpenAI社と連携し、「Figure 01」が、画像情報なども使って推論を行って人の指示に従う様子を紹介しています。この会社はNVIDIAやAmazon、Microsoftなどから多くの資金を集めています。

イスラエルからもAIと連携するヒューマノイドが発表されています。Mentee Roboticsは「Menteebot」を4月に発表しました。AIを全面活用したロボットで、簡単な指示をするだけで意味を理解し、動作を計画し、機械学習を使って獲得した環境適応性を利用して、複雑なタスクをこなせるとしています。これまでのロボットが、ハードウェアにAIを組み込むというかたちをとっていたのに対し、動作レイヤーのすべてに最初からAIを組み込んでいると彼らは言っています。

シンガポールのFourier Intelligence-Roboticsの「GR-1」は量産プラットフォームを目指しているようです。やはりAIを使って、人間と自然なインタラクションができるとされています。

これらの研究にヒューマノイドを使っている理由は単純で、まず一つ目は目立つからだと思います。まだすぐに役に立つわけではありませんが可能性を信じてもらい、投資を集めるためには、まずは目立つ必要があります。ヒューマノイドというかたちを利用しているわけです。

もう一つの理由はもう少し現実的なもので、実際に人の音声による、つまりかなり適当であいまいな命令を聞いてロボットが作業するような状況は、人と身近な環境だろうと思われます。そういう環境で動くロボットは、人にとってなじみやすいかたちをしているほうが良いと考えられます。その究極のかたちがヒューマノイドというわけです。

もちろん、ヒューマノイド、人間型だけが全てではありませんが、多くの関節自由度を持つヒューマノイドが制御できるのであれば、できる作業は増えます。いまでも人がやっている作業は多いです。究極的には、それら全てがヒューマノイドの作業目標となります。

日本でも続くヒューマノイド開発 川崎重工とトヨタ

残念ながら、最近話題になっているヒューマノイドは、どれも海外のものです。日本のロボットではありません。日本はホンダ「ASIMO(アシモ)」に代表されるように、15年くらい前まではヒューマノイド研究においては間違いなくトップランナーでした。産業技術総合研究所が川田工業などと一緒に開発した研究開発用プラットフォーム「HRP」シリーズは、今でも大学研究室で使われています。

なお「プラットフォーム」というのは、みんなが研究開発をするための基本的な土台となるようなハードウェア/ソフトウェアに対して使われる言葉です。まったくのゼロから開発するのに比べると、大幅に手間を省くことができます。「ロボット自体を作る」ことよりも、「ロボットを使って何かをしたい」ことに時間を使いたい人にとっては便利な仕組みのことです。

他にもヒューマノイド研究は行われていました。残念ながらホンダ「ASIMO」を筆頭に、今では多くの研究が一時停止になってしまいましたが、まったくなくなったわけではありません。日本でも今でもヒューマノイド研究は続いています。

東京大学、産業技術総合研究所、そして川崎重工は「Robust Humanoid Platform(RHP)」というシリーズのロボットを作っています。「強靭で壊れにくいヒューマノイドのプラットフォーム」を目指していて、愛称は「Kaleido(カレイド)」。

川崎重工では、身長180cm、重さも80kgくらいあって、重たいものを持つような作業ができるようなタイプと、人と接することを想定して、身長160cmと重さも55kg程度とほっそりしたタイプの二つを並行して開発しています。

トヨタでもヒューマノイドの開発は続いています。以前はトヨタ自動車男子バスケットボール部だったプロバスケットボールチーム「アルバルク東京」のマスコットキャラ「ルーク」のロボット「ルークロボ」の動きはすごいです。独自開発のアクチュエーターによって、まるで中に人が入っているかのようになめらかに動いています。実際、動作音も静かです。着ぐるみのなかにロボットを入れると発熱の問題もあって大変なのですが、それをクリアしています。「ルークロボ」は試合が行われるときに、コートの外の通路のスペースなどで子供たちの相手をしていることが多いです。

ちなみにこの「ルークロボ」には親戚のようなロボットがあります。この連載の第11回の記事でレポートした、東京・お台場の日本科学未来館のパートナーロボット「ケパラン」です。人を認識して、ちょっとしたやりとりが可能です。「ケパラン」と「ルークロボ」のベースは基本的に同じです。

また、「アルバルク東京」の一員として活動している「CUE」というロボットは、バスケットボールのシュートができます。人間よりも上手に3ポイントシュートを決めることができます。

最初はシュートを打つだけだったのですが、徐々に改良され、自分でバスケットボールをつかんでシュートするだけではなく、いまではドリブルしながら、スラローム移動することもできるようになっているそうです。残念ながら私もスラローム走行するところは見たことがありません。

さらに将来は、もっと人間のようにバスケットボールをプレイすることを目指しているそうです。つまり人間のようにボールを扱い、足さばきをしてかわしながらパスをしたり、シュートを打てるようなロボットを目指すということです。

こういう方向から人間に近いロボットを開発する方法もあるのです。「CUE」は、ときどき「アルバルク東京」の試合が行われるときにデモンストレーションしてますので、情報をチェックしておけば見られます。

ヒューマノイドが真価を発揮できる場所はどこ?

さて、いろいろなヒューマノイドを見てきました。いっぱい紹介しましたが、他にもあるのです。まさにヒューマノイド研究ビッグバンです。今回はあまりふれていませんが、特にメカにおいては、みな色々な工夫をこらしています。

いっぽうソフトウェア面では、やはり生成AI、大規模基盤モデルの活用がキーワードとなっています。

問題は用途です。どこに使えるでしょうか? ヒューマノイドがもっとも機能を発揮できる場所はどこだと思いますか。まずは物流倉庫や製造業を狙っている会社が多いようです。ただ、あくまで私個人の考えですが、本当にヒューマノイドが真価を発揮できそうなのは、サービス業ではないかと思います。「人のかたち」に似せていることがヒューマノイドの大きな特徴であり、人と接するところにそのかたちの意義があると思っているからです。

今後はどうなるでしょうか。みなさんはどんなヒューマノイドを開発したり、使ったりしたいですか?


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