森山 和道

<目次>
「五街道の起点」からデリバリーロボットが本格サービス開始
デコボコの道を車輪で走るために
自律移動機能+遠隔監視で移動
ロボット活用は、まずは治安の良い場所から
技術がなじむ雰囲気作り
遠からずエレベーターに乗り込むことも
既存の社会のしくみに馴染む技術

「五街道の起点」からデリバリーロボットが本格サービス開始

移動ロボットがゆっくりと私たちの暮らしのなかで、より身近な場所で使われはじめています。ファミレスのなかだけではありません。屋外でも配送ロボットが本格的に使われはじめました。

アメリカではサービスを始めていたUber Eats(ウーバーイーツ)による配送ロボット活用も、日本国内でサービスが始まりました。Uber Eatsはオンラインでレストランやお弁当屋さんから食べ物を、指定した場所まで運んできてもらうためのサービスです。通常は配達パートナーとして契約している人が配達を行いますが、その配送サービスをロボットが行ってくれるものです。

要するに、スマホを使って注文・決済すると、ロボットでお弁当などを運んできてくれるサービスです。ただし、ロボットを使う場合は、まだエレベーターに乗ったりできませんので、入り口ドアのところまでは届けてくれません。人がビルの外まで出て、受け取る必要があります。

「ビル」と言った理由は、いまはサービスが東京のど真ん中の「日本橋」だけで行われているからです。日本橋は日本経済の中心の一つで、ビルばかりです。

日本橋は日本全体に広がる道路網の起点、始まりの場所でもあります。江戸時代に整備された「五街道」の起点です。つまり、日本橋は文化や経済の交流の場なのです。Uberが日本橋からサービスを始めた理由は、始まりの場所だから、ということでしょう。

デコボコの道を車輪で走るために

もう一つは、日本橋の歩道が広く、比較的、綺麗に舗装されて、整備されているからです。ただし、実際にロボットが走行する様子を見ていると、日本橋といえでも実際の道路は、かなりデコボコしていました。道路と横断歩道の段差はもちろんですが、歩道自体も、かなりデコボコなのです。たかが数百メートルでしたが、改めて見てみると、こんなにボコボコなんだなと私も驚きました。ロボットは、そのデコボコに対応しながら走行するための機構を持っています。

車輪型のロボットでデコボコ道を乗り越えるための一番単純な方法は、車輪の直径を大きくすることです。自転車くらいの車輪があれば、ほぼ困ることはありません。

ただ、ロボット全体の大きさが大きくなってしまいます。そうなると実用上の課題が出てきますので、ロボットを使う状況に応じて、様々な工夫をすることになります。平面移動は車輪のほうが得意ですが、足の利点は段差乗り越え能力ですので、ちょっとしたアーム(足)の先に車輪をつけたりすることもあります。

下記の動画にはレゴブロックを使って障害物を乗り越えるための様々な機構上の工夫が、とてもわかりやすく紹介されています。見るだけでも面白いですので、ぜひご覧になることをおすすめします。ただ、あまりに複雑なロボットが日常的な公道を走ることは現実的ではありません。


もう一つの方法は、デコボコを吸収するサスペンションを用意することです。サスペンションの重要な機能の一つは地面のデコボコの振動や衝撃を吸収することですが、もう一つの重要な役割は、車輪を地面に接地、つまり押し付け続けるようにすることです。車輪が宙に浮いてしまったら、前に進むことができません。

バネのようなものを使う方法もありますが、移動ロボットでよく使われる方法の一つが、ロボット本体に車輪をつけるのではなく、リンク機構をあいだに挟むことでと車軸の動きと本体の動きを独立させる方法です。

そのうちの一つが、「ロッカー」、「ボギー」と言われる大小のリンクを受動的なジョイントで組み合わせた「ロッカー・ボギー(Rocker-bogie)」機構です。もともとは火星を探査するための惑星探査車用に考えられたもので、実際にそのような目的に使われています。とても有効な機構で、デコボコの道であっても、本体の傾きをあまり大きくすることなく、車輪を接地させ続けて乗り越えていくことができます。

Uber Eatsが使っているロボットは、アメリカの「Cartken(カートケン)」という会社の製品です。確認していないので間違っているかもしれませんが、ロッカーボギー機構を採用し、さらにスプリングのサスペンションも加えているように見えました。

日本国内で展開するにあたっては、パートナーである三菱電機がCartkenのロボットにさらに改良を加え、フタにダンパーをつけて、バタンと閉めたときに、うっかり指を挟みこんだりしにくいようにしたり、外部にスピーカーをつけて必要ならば音楽を鳴らしながら走ったりできるようにして、さらに安全性を高めているそうです。

自律移動機能+遠隔監視で移動

なおこのロボットは、自律移動も可能ですが、同時に遠隔監視されており、必要に応じて人が介入しています。自律移動は、事前に作成された3次元マップと、カメラ、LiDAR、GPS、車輪のオドメトリ等から取得された情報をマッチングさせることで自己位置を推定しながら行っています。認識処理にはNVIDIAのJetsonという高性能ボードコンピュータが用いられています。

ロボットは横断歩道手前では必ずいったん停止します。再びスタートさせているのは、いまは人間が、遠隔からカメラを通じて信号機を見て、再スタートボタンを押しているとのことでした。

ロボットの移動速度は時速5.4km。道路交通法という法律で、電動車椅子をふくむ歩道通行車の上限は時速6kmまでと決まっているのです。早歩きというか小走り、つまり「やや駆け足」くらいの速度ですので、実際に動いている様子を見ると、けっこう速く感じます。

ロボット活用は、まずは治安の良い場所から

今回のこのサービス開始のニュースを見て「ロボットにいたずらされるのでは?」「ロボットごと盗まれそう」といった意見を言っている人もいました。実際に海外では、ロボットに対して乱暴なことをしている例もあります。このようなことが起こる場所では、そもそもロボットは適していません。それこそが、日本橋でサービスを始めた理由でしょう。つまり、「治安の良さ」です。

日本橋は、日本経済の中心地の一つであり、高級なホテルや、大きなオフィスビルが立ち並んでいます。そういう場所で働いている人たちであれば、ロボットに対して過激なことをする人は、まずいないでしょう。万が一いたとしても、とても目立ちます。ロボット自体も遠隔監視されているのですが、通行人の人たちからも、すぐに通報されることはまず間違いありません。そもそも、相手がロボットだろうがなんだろうが、何かやっていたら犯罪です。

技術がなじむ雰囲気作り

ロボットに限らないことなのですが、実際の社会のなかで、新しい技術を使うためには、その技術だけではなく、その技術を投入する場所がどういう場所なのか、その雰囲気作りもとても重要です。学校には学校の雰囲気がありますし、オフィスにはオフィスの雰囲気があります。学校のなかでも、まわりに大勢の人がいるのかいないのか、監督役の先生がいるのかいないのかといったことで、その場の雰囲気は変わりますよね。そういったことが、意外なほど、技術が実際に使われるかどうかに左右することがあります。

ファミレスでの猫型配膳ロボットが広く受け入れられているのも、あそこがファミリーレストランという、基本的には楽しい場所だからでしょう。ロボットが「通れないから、ちょっとどいてにゃ」と言っても、自然に利用者たちに受け入れられる雰囲気が、最初からあったわけです。

ディズニーランドに行くと、ふだんはつけないカチューシャや帽子みたいなものを大勢の人がつけています。それどころか、舞浜の駅を降りると、そこからすでに他の駅とはちがう雰囲気になっています。その場所にどんな雰囲気があり、どんなロボットなら合致しそうなのか。あるいは、導入したいロボットに合わせた雰囲気は、どうやったら作りあげることができるのか—-。それもまた一つの技術なのだろうと思います。

もちろん、逆の話もあります。その場にふさわしいロボットとはどんなロボットなのか。ロボットはどんな振る舞いをすれば、その場になじむことができるのか。このような人間とロボットのあいだの関係の問題は「ヒューマン・ロボット・インタラクション」と呼ばれている分野で研究されています。

遠からずエレベーターに乗り込むことも

なお、エレベーターとロボットが無線通信を使って連携する、つまりロボットが自由にエレベーターに乗り込んで、行きたいフロアまで移動するための技術や通信規格は、既にあります。ただし、改造のためにはお金と手間がかかります。複数のメーカーや関係者たちがその技術をどのように普及させようかと考えているところです。

「ロボットを使ってものを運ぶ」ということ自体が、もっと当たり前になってくれば、最初からエレベーターの標準装備になるのでしょう。そうなるかどうかは、私はやや不透明だなと思っています。

もしかすると、もっと単純な方法、すなわち「カメラでボタンを認識して、アームで物理的にボタンを押す」ほうが、簡単な方法ということになるのかもしれません。そういうロボットもいくつかあります。どちらの手段が選ばれることになるのかは、世の中次第です。

既存の社会のしくみに馴染む技術

道路やビルのなかでロボットが使われ始めていますが、社会のなかで実際に技術がどのくらい普及するかについては、
1)技術
2)法律
3)市場性(経済性)
4)その場限定のルール、雰囲気、そしてマナー
などに合っている必要があります。技術に興味がある人は技術だけに目を向けがちですが、必ずしもそれだけで技術が世の中に普及するわけではありません。世の中には既にいろいろな「しくみ」がありますので、そのしくみにうまく馴染まなければならないのです。

また、ローレンス・レッシグという人は『CODE インターネットの合法・違法・プライバシー』という本で、人を動かす、あるいは人のふるまいを規制する4つの力として「法」「規範」「市場」「アーキテクチャ」の4つがあると整理して論じています。これは、どんな技術導入にも当てはまる視点です。20年以上前に刊行された本ですが、興味がある方は図書館で探して、ぜひ読んでみてください。