ロボット共生社会の基礎知識 第11回 日本科学未来館・展示リニューアル ロボット展示も一新 課題を「自分ごと」化し、意見共有する場に
「あなたとともに 『未来』をつくる プラットフォーム」というビジョンを掲げている、東京・お台場にある「日本科学未来館」の展示が7年ぶりに大規模リニューアルされ、2023年11月22日から公開されています。リニューアルされたのは3階・5階常設展示ゾーン。「老い」や「地球環境変動」をテーマにした展示のほか、「ロボット」が取り上げられており、二つのコンテンツがあります。未来館オリジナルのパートナーロボットも登場しました。
今回のリニューアルでは、4つの新展示はいずれも「課題を『自分ごと』として捉える」、そして「発見した課題に対するアイデアや意見をみんなで共有しよう」というコンセプトで作られています。ご紹介します。
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リニューアルされた3階の展示
<目次>
・ロボットと触れ合い、研究を知る「ハロー! ロボット」
・未来館オリジナルのパートナーロボット「ケパラン」
・コミュニケーションロボットは3種類
・6つの最新ロボット研究成果も展示
・ロボットが普及した未来の街を探索する「ナナイロクエスト -ロボットと生きる未来のものがたり」
・「プラネタリー・クライシス これからもこの地球でくらすために」
・「老いパーク」にもロボット
・子ども型見守り介護ロボット 「HANAMOFLOR(ハナモフロル)」
・リハビリ用ロボや服薬支援ロボット、短距離モビリティも
・遠隔地の人とも意見を共有できる仕組みを開発中
ロボットと触れ合い、研究を知る「ハロー! ロボット」
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「ハロー! ロボット」
ロボットの展示はコミュニケーションロボットを中心とした「ハロー! ロボット」と、ロボットと共生する未来の街をゲーム形式で探索する「ナナイロクエスト」の二つです。
まず、「ハロー! ロボット」のほうからご紹介します。「ハロー! ロボット」は主にコミュニケーションロボットとふれあってパートナーとしてのロボットのあり方などを考えてもらい、そして今はまだ基礎研究段階であるロボット研究を紹介するゾーンです。ロボットに声をかけたり、実際に触れ合うことで、ロボットのイメージを持ってもらうこと、そして大学での基礎研究の一部を知ることで、そのイメージを新たにするような展示となっています。
未来館オリジナルのパートナーロボット「ケパラン」
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未来館オリジナルのパートナーロボット「ケパラン」
今回のリニューアルに合わせて、未来館では「ケパラン」というオリジナルパートナーロボットを誕生させました。水色の毛の生えたフサフサの外見で、とても滑らかで自然な動きで、表情も豊かです。いくつかのモノを見せると認識して、それに合わせた動きを示してくれる、愛らしいロボットです。
ケパランに「ポーズ取って」と文字の書かれたうちわを示すと決めポーズをしてくれますし、アイスの絵を見せると欲しがります。ちなみに、ほうきを見せると怒りますが、これは「以前ホコリと間違われて掃除されそうになった」という設定があるのだそうです。
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見せたものに反応してアクションや表情を変える
「ケパラン」には以前、本連載でもご紹介した、トヨタ自動車のヒューマノイドロボット技術が使われています。プロバスケットボールチーム「アルバルク東京」のマスコットロボット「ルークロボ」をご存知の方なら、見ればわかるとおりです。今後は感情表現やふるまいをさらに追加して、成長させていく予定だそうです。胸の「ケ」という文字もかわいいですね。
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「ケパラン」内部図解
コミュニケーションロボットは3種類
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あざらし型のセラピー用ロボット「パロ」
コミュニケーションロボット3種類も展示されています。あざらし型の「パロ」はセラピー用ロボットで、医療施設などで使われています。また、災害や戦争を体験した人などに対して心のケアにも活用されています。また、有人火星探査に向けて、狭い居住空間でのストレス軽減の効果についても実験が行われているそうです。「パロ」は株式会社知能システムから販売されています。
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「パロ」と、開発者の産業技術総合研究所 上級主任研究員 柴田崇徳氏
エンタテインメントロボット「aibo(アイボ)」はソニーグループの犬型ロボットです。日々ふれあうことで性格がかわり、ふるまいが変化することで個性が生まれるそうです。コミュニケーションロボットというと、この「aibo」を連想する人も多いのではないでしょうか。
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ソニーグループ「aibo(アイボ)」
「LOVOT(ラボット)」はGROOVE X株式会社が開発・販売しているロボットです。「家族型ロボット」とされていて、人が愛着感を持つための技術を凝縮して開発されました。中のコンピュータが発する熱をうまく全身に回すことで「体温」もあります。頭部のツノはカメラその他が集められた「センサーホーン」です。色々な服を着せることもできます。
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GROOVE X「LOVOT(ラボット)」
6つの最新ロボット研究成果も展示
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科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 茂木強氏
展示監修を行なった科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェローの茂木強氏は「作業用機械としてのロボットだけではなく、くらしをより豊かにしてくれる可能性のあるものとして、ロボット技術の多様性を感じてほしい」と考えたそうです。「ハロー! ロボット」には6つの基礎研究も紹介されています。リニューアル後最初は、人や動物の身体をベースにしたロボットや、全く新しい機構の開発、人文系のロボット研究などの成果が紹介されていました。
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「ハロー! ロボット」の基礎研究の成果を展示するコーナー
名古屋工業大学 大学院工学研究科 教授の佐野明人氏らによる「けんけんロボット」は、カメラで鏡に映った自分自身の動きからジャンプの仕方を学ぶことで、よりリズミカルな片足飛びができるようになるロボットです。
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「けんけんロボット」。右側は鏡に映った姿
ロボットの構造は、重力や外の環境から受ける力を活かすことを重視した「受動歩行」の研究をもとに設計されており、身体の構造を活かしながら、エネルギーを節約しながら巧みに制御できるようになっています。
大阪大学大学院 工学研究科 助教の増田容一氏らによる「ウマ後肢型ロボット」は、ウマの歩行メカニズムを解明するためのロボットです。ウマの後ろ脚には、5つの関節と6本の筋肉・腱があります。それを再現すると、股関節をふるだけでウマそっくりに歩くことができるのだそうです。
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「ウマ後肢型ロボット」
股関節を勢いよく前に振ると全ての関節が連動して曲がり、足先が地面にふれると関節は自動的に固定されて体の重さを支えられるそうです。
東北大学 大学院情報科学研究科 准教授の多田隈 建二郎氏らの「耐火性ソフトグリッパ機構」は、特殊なグリッパです。真ん中に穴の空いた数珠のような、おわん型の半球を一直線に並べてワイヤーでつなぐと、ふだんは柔らかく自由に変形できますが、ワイヤーを引っ張ると、そのときの形を維持したまま固くすることができます。つまり、柔らかさと硬さを変化させられるようになります。
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柔らかさと硬さを変化させられる「耐火性ソフトグリッパ機構」
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剛性の切り替えができる「1次元ジャミング転移機構」を応用
「耐火性ソフトグリッパ機構」は、この「1次元ジャミング転移機構」を応用し、耐火性のチタンを使うことで、たとえば燃え盛る炎のなかにも突っ込んで、どんなものでもつかめるグリッパとしたものです。
豊橋技術科学大学 情報・知能工学系 教授の岡田美智男氏らの「トーキング・ボーンズ」は、人の言葉に反応してくれる3体のロボットです。岡田教授が研究する〈弱いロボット〉の一種で、人の会話を引き出すことで安心感を得ることができるといいます。
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「トーキング・ボーンズ」
関西大学 総合情報学部 准教授の瀬島吉裕氏らによる「Pupiloid(ピューピロイド)」は大きな目のかたちのロボットです。人の発話量を計測して、より熱心に話しかけることで瞳孔が大きくなります。対話する人もそれによって、もっと話をしたくなるそうです。
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「Pupiloid(ピューピロイド)」
名古屋大学 未来社会創造機構 特任准教授の上出寛子氏による「サイド-バイ-サイド」は、漫画を使ったモノと人間の関係を考える「モノと人の相互作用(Human – Object Interaction)」という研究の紹介です。漫画・アニメーションは北村 みなみ氏によるものです。人はモノを大切にし、そしてモノを扱うなかから何かを学んでいきます。そのような物語を通して未来のロボットと人の関係性を考える研究です。
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「サイド-バイ-サイド」
このように、一言で「ロボットをめぐる研究」と言っても、色々なかたち、様々な方向性があります。ロボット研究の多様さを感じ取る第一歩となるでしょうか。
ロボットが普及した未来の街を探索する「ナナイロクエスト -ロボットと生きる未来のものがたり」
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「ナナイロクエスト -ロボットと生きる未来のものがたり」
もう一つの展示は「ナナイロクエスト -ロボットと生きる未来のものがたり」です。こちらはゾーン全体が外とは仕切られていて中の様子をうかがうことができません。中に入ると、そこは人とロボットがともにくらす未来のまち「ナナイロシティ」という設定です。
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中に入ると「ナナイロシティ」が広がっている
ロボットが普及している「ナナイロシティ」では、ロボットがいろいろな仕事をしたり、人のパートナーとなっていたり、体を拡張させていたりします。
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パートナーロボットと人が共生している街
体験するときには3種類の体験シナリオから1つを選択し、チームに一台配られる専用のタブレットを使って、なかを探索します。
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専用タブレットをセンサーにかざしたりしながら探索
タブレットにはナビゲーターの「アスカ」や、町長の「オサボット」から色々なメッセージが出ます。それに従い、街のなかの色んな目印を探したり、マーカーにタッチしたりしながら、ロボットや人の情報を集めていくことで、人とロボットの関係や、ロボット技術が普及した未来での新たな可能性や課題を考えるという体験型展示です。
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壁には色々なロボットの絵が描かれている
なお、シナリオAは「ナナイロシティ」で大人気の友達ロボットを使っている人たちに会いに行く「ともだちロボットツアー」。シナリオBはものづくりにロボットを取り入れている工房などを訪ねる「ものづくりロボットツアー」。シナリオCはロボットで人間の機能を拡張している人たちに会いに行く「からだロボットツアー」となっています。身近な場面で起こる課題や葛藤を体験し、やがてくる未来を考えるストーリーです。
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花屋ロボット。このロボットを使うことで遠隔操作で仕事ができるという設定
実物のロボットはありませんが、体験の最後には意見を共有する「パレットスペース」もあり、人によって受け止め方が違う色々な価値観や可能性に触れられるようになっています。パレットスペースという名前は、様々なな色(意見)を混ぜる場所という意味が込められています。
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みんなの意見を共有できるパレットスペース
監修はロボット技術は早稲田大学 次世代ロボット研究機構 客員次席研究員の安藤健氏。「問い・体験」は京都大学総合博物館 准教授の塩瀬隆之氏です。シナリオ原案はSF作家でAIエンジニアの安野貴博氏です。
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早稲田大学 次世代ロボット研究機構 客員次席研究員 安藤健氏
安藤氏は「積極的にロボットを活用したらどんなことが起こるのか」と考えたそうです。「5年後10年後見ると『全部のロボットは普及しなかったよね』となるかもしれない。何をロボットにやらせて、何を人間がやるのかを決めるのは我々。何を自分でしたいのかと考えてほしい」と語りました。塩瀬氏は「長年一緒に暮らしたペットロボットが新品になると少しもやもやする。そのような境界線を並べた。未来は科学者やSF作家が考えるものではなく、一人一人がどのような未来がほしいのか表明する時代」と語りました。
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京都大学総合博物館 准教授 塩瀬隆之氏
ナナイロクエストの体験には整理券が必要です。整理券は午前と午後、一度ずつ配られます。体験自体にも60分程度時間がかかりますので、ある程度余裕を持って体験を申し込んだほうがよさそうです。
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町長ロボット「オサボット」。最後に会える
「プラネタリー・クライシス これからもこの地球でくらすために」
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「プラネタリー・クライシス これからもこの地球でくらすために」ではフィジーの人への取材映像から
このほか、リニューアルされたゾーンは二つあります。「プラネタリー・クライシス これからもこの地球でくらすために」では、まず没入感の高いスクリーン映像を使った、気候変動による海水準上昇によって土地が失われつつあるフィジーの人への取材映像から始まり、さらに食べ物や日用品などをきっかけとして、私たち自身の日常の暮らしや活動が地球規模の変動を引き起こしていることへの気づきを与え、そして解決に取り組んでいる人たち12組を紹介する展示が行われています。ここでも自分たちの考えを投稿して共有できます。展示物には国産の木材が使われています。通常はあまり使われない端材が使われているそうです。
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私たち自身のくらしが地球環境問題につながっている
「老いパーク」にもロボット
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「老いパーク」
「老いパーク」は科学館では珍しい、「老い」をテーマにしたゾーンです。誰でも歳をとり、体は変化していきます。そんな、老眼や加齢性白内障、歩行困難といった身体の変化を知り、体験してもらうことがねらいです。変化を文字で学ぶだけではなく、たとえばおもりをつけた状態でカートを押すとどうなるかといったゲーム風の疑似体験ができます。
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おもりをつけてスーパーまで歩行する擬似体験
人によって距離感の異なる「老い」を捉えてもらうためにゲームを通じて楽しみながら感じてもらい、やがて自分の身に起こることとして体験して向き合ってもらう展示となればと考えているとのことでした。
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人によって違う老いを考える体験型展示
子ども型見守り介護ロボット 「HANAMOFLOR(ハナモフロル)」
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ソニーの子ども型見守り介護ロボット 「HANAMOFLOR(ハナモフロル)」
本連載でも触れましたが、「老い」による体の変化と付き合うために技術を使うこともできます。それら変化を予防したり、身体機能の低下を支えるための最新技術も展示されています。もちろん、ロボットもその一つです。
83cm、重さ23kgの子ども型見守り介護ロボット 「HANAMOFLOR(ハナモフロル)」は、ソニーグループが介護施設向けに開発している小型ヒューマノイドです。現在は特別養護老人ホームで実証実験を行なっています。「老いパーク」では常設されていますが、動き回ることはできません。ですが話をしたり、上半身を動かすことはできます。左腕にはタブレットがつけられていて、今までに活動した場所について、ゆっくりと教えてくれたりします。
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「HANAMOFLOR」開発担当者のソニーグループ テクノロジープラットフォーム AI技術部門 モーションAI開発部 袖山慶直氏
開発担当者のソニーグループ 袖山慶直氏によれば、ハナモフロルは「ユマニチュード」という認知症ケアのための技術を応用していて、目線を合わせたり出会いの準備を踏まえることで、お年寄りにも抵抗が少なく、親しみやすいコミュニケーションができるそうです。
リハビリ用ロボや服薬支援ロボット、短距離モビリティも
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株式会社メディカルスイッチの見守り服薬支援ロボット「FUKU助」
このほか、リハビリ用のロボットや、設定した時間に薬を飲むことを助ける服薬支援ロボット、短距離モビリティなども「老い」に適応するための技術です。これらも展示されています。
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ホンダのパーソナルモビリティ「UNI-ONE」。ヒューマノイド開発から生まれたバランス制御技術を応用した乗り物
皆さんはまだまだ実感は難しいと思いますが、人はみな、「老い」から逃れることはできません。誰もが「老い」の当事者です。「老いパーク」は、未来の老いの捉え方が変わるような体験を通して、これからの未来を体験しながら楽しめる展示となっています。
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国立長寿医療研究センター 理事長 荒井秀典氏
監修者である国立長寿医療研究センター 理事長の荒井秀典氏は、「昔は『老』には『経験豊富』という良い意味があった。最近はネガティブな意味合いが強い」と述べて「生活習慣や技術によって予防や補完が可能であることを学んでもらう多世代の交流の場、自分ごととして『老い』をとらえるパークとしてほしい」と語りました。
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だれもが「老い」を自分ごととして考えるためのパーク
遠隔地の人とも意見を共有できる仕組みを開発中
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日本科学未来館 館長 浅川智恵子氏
日本科学未来館 第2代館長の浅川智恵子氏は、小学校時代のプールでのけががもとで中学2年生で失明。目が見えません。日本科学未来館に館長として就任する前は、アクセシビリティ技術の研究を行なっていました。いまでも「未来館アクセシビリティラボ」で、スーツケース型のナビロボット「AIスーツケース」などの研究開発を継続しています。屋内・屋外の移動を支援してくれる移動ロボットです。実社会での問題発見と解決能力の向上を図る未来館でも「老い」や「地球環境問題」を自分ごととして向き合い、世界でリーダーシップをとって取り組んでいくきっかけとしてほしいと語りました。
地方に住んでいて、東京の日本科学未来館にアクセスすることが難しい人も多いでしょう。未来館では、デジタル技術を使うことで、遠隔地の人とも意見を共有できる仕組みなどを開発中とのことです。今後に期待しましょう。
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