ロボット共生社会の基礎知識 第9回 アートとしてのロボットと「100万人に1人」の人材になる方法
「想像/創造力」を刺激する「表現」としてのロボット
これまで「ロボット」そして「ロボット技術」を、「社会の課題に対して、どのように役に立てるのか」という観点でお話をしてきました。
ですが、ロボットにはそうではない側面もあります。「想像力を刺激する」という側面です。「想像力」だけではなく「創造力」も含まれるでしょう。また同時に、ロボット自体が「表現」の一つでもあります。アートとしてのロボット、存在自体に意味があるロボットです。総合技術であるロボットには、そういう面もあります。
人が乗れる4m級の巨大ロボット「アーカックス」
ツバメインダストリが2023年に開発した4脚型ロボット「アーカックス」は、人が乗って操作することができる4m級のロボットです。電気自動車用のバッテリー、電動シリンダーとモーターで駆動します。全関節を動かせる「ロボットモード」と、姿勢(重心)を低くする「ビークルモード」をとることができ、完全閉鎖式のコックピットからは、全身9箇所に仕込まれたカメラ映像を切り替えながら操縦します。足回りにはフォークリフト用の車輪が使われていますが、将来はメカナムホイールを使って全方位に移動できるようにもしたいと考えているそうです。
このロボット自体は、何ができるわけでもありません。いわば、ちょっと変わった「乗り物」です。開発した人たちは、アニメやSFのように「人が巨大ロボットに乗る世界」を実現したいと思って、このロボットを開発したそうです。どうせいつか誰かがそういうロボットを作るのであれば、自分たちで、そういう時代を作りたい—-。そう思って作り上げたのだと聞いています。
販売もしています。価格は4億円です。実際には「遊ぶ場所」を整えるために、さらに大きなお金が必要になりますので、買える人は超大金持ちに限られるでしょうが、売れることを筆者も期待しています。そうじゃなければ面白くありませんから。
「ロマンの塊」としか言いようがないこのロボットは、2023年10月26日~11月5日の期間で東京ビッグサイトで開催される「ジャパン モビリティ ショー」に出展される予定です。会場の都合で走行の様子は見せられませんが、変形動作や上半身の動きはデモできるとのことです。一般公開日は10月28日(土)~11月5日(日)です。
人間拡張アートとしてのロボット
「ロボット開発」自体ではなく、「ロボットをツールとして使った研究」の話として、その目指す方向性の一つに「人間拡張」があります。人間自身の持つ「身体性」を拡張するのです。人間は様々な道具を自分の一部として扱えます。自動車—-みなさんだと自転車のほうがわかりやすいかもしれませんね—-も、まるで自分の一部のように扱うことができます。自分自身の身体の一部が拡張しているわけです。
次はアート作品としてのロボットをご紹介します。東京パラリンピックの開会式で、LEDを使ったパフォーマンスがあったことを覚えていらっしゃいますか。あるいは最近だと、阪神タイガースの試合のときに、LEDを使ったフラッグが飛んでいたり、LEDポンポンを使ったチアパフォーマンスをご覧になった方もいるかもしれません。それらのほか、アーティストの音楽ライブなどでLEDを使った演出を行なっている「MPLUSPLUS(エムプラスプラス)」という会社があります。
MPLUSPLUSは、テクノロジーを使って、新しい表現方法を探索している会社です。実際の作品については同社のInstagramをご覧ください。
MPLUSPLUSは、特にダンサーの「動き」に注目しています。LEDを使った服や旗なども、ダンサーの動きを拡張するための意匠です。
ちなみに「プラスプラス」はプログラミングにおけるインクリメント演算子の「++」から取られています。つまり、「増加する」、そして人間あるいは機械を「アップデートする」という意味が込められています。
その会社が設立10周年を記念して、これまでの取り組みを紹介する「Embodiment++」というイベントが、2023年9月16日から11月19日まで、シビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)で行われています。入場無料です。トークショーやワークショップも行われますので、詳細は公式サイトをご覧ください。なおCCBTは「アートとテクノロジーを通して創造性を発揮するクリエイティブのための拠点」だそうです。
MPLUSPLUSの展示会「Embodiment++」では、ドローンを使って空を飛ぶLEDフラッグやLEDハッピ、それらを実現するために彼らが開発してきた無線技術などのほか(光る旗を実際に作ろうと思ったら、その電源や制御をどうするかといった課題に対して様々な工夫が必要であることは、こちらの読者の皆様ならば、ご理解いただけるかと思います)、3種類のロボットを使ったインスタレーション(場所や空間込みで体験するアート)作品も展示されていました。
一つ一つはご紹介しませんが、MPLUSPLUSの経営者であり、アーティストの藤本実さんは、「人間よりも圧倒的に速い機械がリズムを刻む様子を見たら、人はどう感じるだろうか」という視点でロボットアートを作ったそうです。
藤本さんはダンサーでもあるのですが、あまりに速いリズムを聞いたときに「踊れないな」と思ったのだとか。でもその速いビートに反応できる、しかも人体よりも大きなアームを持ったロボットを見たら、人間もその速度に合わせて動けるのでは?と思うようになるかもしれない。
また人間よりもはるかに制御周期が細かくて滑らかに動くロボットを見たら、人間も今の限界を超えた、より滑らかな動きができるようになるかもしれない。つまり「人間をアップデートできるのでは」と考えたのだそうです。
つまり、「人間にロボットを近づけるのではなく、人間をはるかに超える能力を持つロボットを作って、それを目の当たりにすることで、人間自体の考え方が拡張されたり、アップデートされるのではないか?」という発想で作られたロボットです。人間と機械、それぞれの可能性を信じたアート作品だと言えるかもしれません。
CG画面ではなく、実際に物理的なロボットを作って、動かして、それを目の前で見る。これが人にとっては新しい体験となるのです。実際にロボットを作ってみると、シミュレーターで考えていた以上の効果もあったそうです。「ロボットあるある」ですね。
「100万人に1人の人材を目指す方法」
MPLUSPLUS CEO 藤本実さん。研究者、アーティストでもある
MPLUSPLUSを設立した藤本実さんは、工学の博士号所有者です。もともと大学では、ウェアラブルコンピューターの研究を行なっていました。そしてダンサーでもあります。つまり「二足の草鞋」どころか経営者、ダンサー、エンジニア、「三足の草鞋」をはいている人です。
ソニーの「aibo」の復活にも関わった森永英一郎さんというエンジニアがいます。最近はNHK BSの「魔改造の夜」にもメンターとして出演していました。もう数年前ですが、その森永さんが、aiboを題材にした特別授業を行なったことがありました(詳細はこちらでレポートしています)。
そのときに森永さんは「100万人に1人の人材を目指す方法」を紹介しました。それは、自分が得意な分野を3つ持つ、というものです。以下の話は、その受け売りです。
分野は何でも、好きなもので良いのです。3年間、一生懸命学べば、「100人に1人」くらいの人にはなれます。つまり学校だと「1学年で何人かいるような人」くらいの感覚です。「アニメならあいつが詳しい」とか、そのくらいの人数感ですね。そう言われると、日本中でナンバーワンになるわけではないので、「100人に1人」くらいなら、確かになれそうな気がしませんか。
そのくらいの感覚で、「アレならあいつ」と友人たちから言われる分野を、3つ持つ。1分野の勉強に3年かかるとすると、9年間かかることになりますが、9年は割とあっという間です。
ともかく、がんばって「100人に1人」の分野を持つ。するとどうなるでしょう。「二つの分野の両方に詳しい人」は、単純に考えると1/100×1/100=1/10000、つまり「1万人に1人」の人材になります。
さらに3つの分野になると、 1/100×1/100×1/100=1/1000000 ですから「100万人に1人」の人材になるというわけです。
つまり、自慢できる「3つの掛け合わせ」を持てば、ものすごく貴重になれるのです。今回ご紹介したMPLUSPLUSの藤本さんは、ダンサー×エンジニア×経営者、あるいはダンサー×アーティスト×研究者かもしれません。
このコラムでご紹介しているとおり、「ロボット」はそもそも総合技術です。また、用途もほぼ無限です。さらにビジネスでも課題は山積みです。何事にも興味を持って学ぶことで、貴重な人材になることができます。
まずは、いろいろなことをやってみてください。意外な分野と意外な分野がくっつくことも大いにありえます。