森山 和道

ロボットの可能性の一つとして「人ができることを拡大する」というものがあります。たとえば大きなもの、重いものを扱ったり、より精密な動きを、何度も何度も繰り返したりすることは、ロボットに期待されていることの一つです。

最近、増え始めたロボットの用途の一つは医療です。手術ロボットの話は、ニュースなどでご覧になったこともあると思います。より正確には「ロボット支援手術」と言います。ボタン一つで自動で手術を行う、というものではなく、あくまで人間が操作するものだからです。

ちなみに、完全自律で手術をするロボットの研究開発も行われています。ジョンズ・ホプキンス大学と国立小児病院による「Smart Tissue Autonomous Robot(STAR)」というプロジェクトが2022年1月に発表した論文によれば、ブタを使って、腸を結び合わせる「腸管吻合」という手術を行うことに成功しました


ですが、人体への適用はまだ先の話です。「ロボット手術」と言っても、しばらくは人が操作するものの話だと思ってください。

 

ロボット支援手術の利点は低侵襲と高精度

さて、手術支援ロボットにもいくつかのタイプがあるのですが、主な手術ロボットは「腹腔鏡手術」と言われる手術をロボット器具を使って行うものです。Intuitive surgical(インテュイティブ・サージカル、直感的な手術という意味)というアメリカの会社が製造・販売している「ダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)」というロボットがもっとも有名です。

もともと腹腔鏡手術とは、腹部に数センチの穴を開けて、炭酸ガスを入れて膨らませて空間を作り、その穴から内視鏡や鉗子、ハサミといった道具を先につけた棒を入れて、手術を行う方式です。

理科室にある解剖人形を思い出してもらいたいのですが、臓器はお腹のなかに立体的に存在しています。さらにその狙った場所にアプローチしなければなりませんので、たいていの場合、穴は複数開ける必要があります。

それでも、従来のバッサリとお腹を切る「開腹」という方法に比べると、傷跡がはるかに小さくすむ利点があります。場合によっては、肋骨を切る必要もあるのです。手術といえども傷は傷ですから、できるだけ小さいほうが治るのも早くなります。

ロボット支援手術は、これを進歩させたものです。ロボットアームの先端につけた器具を穴から挿入します。腹腔鏡手術の場合は、医師が直接道具を扱います。道具は棒の先にありますから、そうなると、手元の動きと道具の動きが逆になってしまいます。ですが、ロボット手術の場合は、ロボットアームを外部から操作することで手術を行うので、より自然な操作ができます。いわゆる「遠隔操作」方式です。

つまり、手術ロボットは、ロボットアーム部分と、操作を行う台とに分かれています。他のスタッフに手術の様子を見せるモニターも必要です。場所もそのぶん必要ですので、ある程度の広さ、規模のある病院でなければ入れられません。

ですが最近は、複数の手術ロボットを導入している病院も出てきました。それだけ効果が認められ、医師にとっても患者にとっても人気がある手術になりつつあります。健康保険の適用領域も最初は前立腺や腎臓だけと、ごく限られていたのですが、今では内臓全体にまで大きく広がっています。

ロボットを使うことで何がいいのかというと、まず、手術する人はカメラで撮った映像を目の前で大きく、3Dで見ることができます。おおよそ10倍くらいの拡大映像です。

さらに、手術のために動かすアームの動きは、人の手の動きをそのまま反映するのではなく、一度ロボットをあいだに入れていますので、余計な手振れを押さえたり、動きの大きさの幅を好みに合わせてコントロールできるのです。これによって、より繊細に、負担の少ない手術ができるようになるのです。「低侵襲ていしゅう」という言いかたをします。

機会は少ないかもしれませんが、たまに、手術ロボットを体験できるイベントもなくはありません。試しに触ってみるとわかりますが、本当に直感的に扱えるようになっています。素人でもそうなのですから、ベテランの医師が訓練すると、本当に自分の指先のように操って、器用な作業ができるようです。

新たな手術支援ロボットも続々登場中

手術ロボットの世界は、これまでは「ダ・ヴィンチ」というロボットの天下でした。ですが今、日本・海外、いずれにおいても、この領域に新たなロボットを投入しようという動きが活発になっています。

「ダ・ヴィンチ」には触覚フィードバック、つまり触った感覚がありません。ですからそれを医師の側に戻すという機能を持たせたものもあります。ただしこれには好みもあるようです。

ともかく、それぞれのメーカーが、使い勝手や値段などで違いをアピールしています。治療を受ける側としては、大いに技術を競ってもらって、よいロボットができるといいなと思っています。

これに加えて、さらに新しい技術を追加する研究開発も行われています。たとえば、画像認識AIを使うことで、切除してはいけない部位と、そうではない部位を強調表示するようなことも可能です。そうなると肉眼で見ていた以上の情報を得られることになります。

ただし、いずれにしても実際の手術をするのは人間ですので、想定どおりに使いこなせるかどうかは、その人の力量次第であることは言うまでもありません。

 

整形外科領域の手術支援ロボット

手術ロボットにもいろいろあると申し上げました。やわらかい内臓を対象とするものだけではなく、骨を対象にする手術ロボットもあります。

たとえば人工関節手術を支援するためのロボットがあります。ロボットが骨に穴を掘ったり切除したりするのをサポートするのですが、ロボットですので、事前に計画したとおりの軌道で正確に切ったり削ったりしてくれます。人の手では5mm程度の誤差がどうしても生じるのですが、ロボットを使うことで、その誤差を1mm以下にすることができるそうです。


骨は皮膚や内臓と違ってグニャグニャとは変形しませんし、レントゲンで撮影すれば、どうなっているかもわかります。ですので、きちんと固定して補助用のマーカーなどを追加すれば、人体であっても立体的な位置決めが比較的簡単なのです。

ロボットは柔軟性に欠けていますが、一度決めた経路、決まった対象への作業であれば人間よりもはるかに正確です。このように「ロボットが得意な部分はどこか」と探すことで、新たな用途を生み出すことができます。

私は「本当はロボットが使えるんだけど、まだ気づかれていない分野」が、まだまだいっぱいあるに違いないと思っています。「こう使えばよかったのか」と思える分野が山ほどあるに違いありません。ですから将来の皆さんに本当に期待しています。

なお、事前の治療計画にない部分、血管や靭帯があると自動で停止する機能もあります。もちろん、安全性が重要であることは言うまでもありません。

 

科学実験もロボットで


人工関節を埋める手術は、もしかしたら将来は再生医療に取って代わられるかもしれません。再生医療とは細胞を増やしたりすることで、失われた機能を元通りに再建することです。

たとえば「幹細胞」と言われる、いろんな種類の細胞になる元の細胞を取り出して、目的の臓器へと培養するのです。現在は、まだまだ限られたことしかできません。ですがいつかは、まるごと臓器を再生して移植するといったこともできるようになるかもしれません。

そのためには、まず細胞を培養することが必要です。この細胞培養を行うためにもロボットが使われつつあります。繰り返し作業が多いからです。

皆さんが理科の授業で扱っているような、ビーカーやフラスコ、ピペットや試薬を扱う作業を、ロボットにやってもらうのです。

似たような作業は製薬会社などでも、とても多く行われています。これらにもロボットが広く使われるようになるといいのになと思っています。

科学実験を行うロボットについては、また別の機会にお話できればと思います。


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