森山 和道

トレードオフ 両立が難しい関係

家のなかで、ちょっとした困りごとを解決したいとき、どうしますか。そこらで売っているものを買ってきてもいいですが、読者の方だと自分でも何かを作って解決しようとしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

何かしらモノを作っていると、多かれ少なかれ「あちらを立てればこちらが立たず」ということに出くわすことがあったと思います。たとえば、パワーを出そうと思ったら大きなモーターや減速機を使えばいいのですが、そうすると場所も取るし重たいし、より大きな電力も必要になります。そもそも値段も高いですよね。一長一短です。

何事もそうなのですが、物事は相反する条件があるなかで「そこそこ」のちょうどいいバランスを探る必要があります。これをトレードオフ、二律背反、ジレンマと言ったりもします。

トレードオフの問題は、あらゆるところに出てきます。時間や資源は有限です。みなさんの人間関係や時間の使い方でも同じです。一人で勉強もしたいが、友達と遊びもしたい。将来のためを考えてお金を貯めておきたいけど、いま欲しいものもある。どれを優先し、どれを捨てるべきか。適度なバランスはどうやって見出すべきか。これは、とてもとても難しい問題です。「正解」も状況によって変わります。

ロボットにおけるトレードオフ

この問題は、ロボットの設計でも常につきまといます。特に移動するロボットだとわかりやすいでしょう。

極端な例ですが、宇宙ロボットを考えてみましょう。宇宙探査するロボットの場合、探査する現場は地球から遠く離れており、通信にも遅れが発生します。つまり探査機は、ほぼ自律で行動しなければなりません。

様々なセンサーや高性能なコンピューターを積めば、より正確に状況を把握することができ、多様な状況に対応できます。距離計測一つとっても、センサーには得手不得手がありますから、本当は色々なセンサーを組み合わせて計測して処理するほうが、より正確に状況を理解できるようになるのは当然です。

ですが一方で、あれこれ搭載すると重さや電力使用量では不利になります。宇宙探査のロボットではこの辺りの条件が非常にシビアです。とにかく軽く、低消費電力でなければなりません。むしろ一つのセンサーをいかにうまく使いこなすかに技術が注がれています。たとえば距離計測センサーを使って距離だけでなく探査機の姿勢を把握したりするのです。

宇宙に限らず、あらゆるシーンに様々な制限は存在しますので、エンジニアは常にこのような相反する条件をにらみながら、設計する必要があります。なんでもかんでも「高性能」が良いとは限らないのです。

家庭用掃除ロボットにおけるトレードオフ

より身近な移動ロボットだと、家庭用掃除ロボットがあります。「どこの家にでもある家電」とまでは行きませんが、そこそこ普及してきました。家庭用掃除ロボットは地図作成や自己位置推定などからなる移動ロボットの技術を、うまく実用に結び付けられた例の一つです。

掃除ロボットも移動ロボットですので、センサー類、搭載するコンピューター、バッテリーなどのバランスはとても重要です。特に家庭用の製品の場合は一時的な性能だけではなく、製造や調達、稼働時間、製品寿命の長さまでも考えた上での部品の選択が必要になります。

また、ロボット好きな人は「ロボット」の側面だけに目を向けがちですが、そもそもの用途は「掃除機」ですので、掃除をきちんと行うための基本性能も重要です。何を当たり前のことを、と思う人も多いと思いますが、初期の頃は、この部分がおろそかなロボットも正直言って、ありました。

条件の変化には常に気をつける

この話は逆の流れもあります。重量あたりの出力が大きいバッテリーが開発されると、新しい可能性が生まれます。わかりやすい例がドローンです。ドローンとは、もともとは移動ロボット全般のことを指す言葉だったのですが、今はもっぱら、空を飛ぶロボットの名前として使われています。あれは、軽くて優秀なバッテリーができて初めて可能になったアプリケーション(使い方、応用)です。

もちろんそれまでにも電動無人航空機は研究されていました。ですが、稼働時間が短すぎて実用にならなかったのです。ところがリチウムイオン系のバッテリーが登場し、しかもスマートフォンなどの普及のおかげで様々な関連技術が安価になることによって、ようやくカメラを積んで撮影したり、農薬を散布したりといった実用的な使いみちができたのです。

これからも技術の進化が起こると、それまでは「使い物にならない」と思われていたところに日があたる可能性があります。バッテリーの話だけでなく、前提とされていた条件が変わり、いきなり話全体が変わるということは、しばしば起きています。

変化にともなう常識の変化、新しい可能性を常に探し続けること。柔軟な好奇心をいつまでも持ち続けて、新たな可能性に心を開いておくことは技術革新を起こすためには、とても大事です。

家庭用ロボットの可能性

さて、家庭用ロボットの話に戻りましょう。掃除ロボット以外にも色々な家庭用ロボットの可能性が探られています。たとえば2023年に新たに発売されたロボットのなかには、「棚を動かす」というコンセプトも現れました。棚はふつう動かないものですが、それをあえて動かしてみたらどうだろうかといった、いわば「新しい暮らし」の提案です。

そう、家庭は暮らしの場所です。暮らしは各家庭によって異なる多種多様な行動で構成されていますので、そこで使われるロボットは、特定の仕事だけをこなす機械だけではありません。

たとえば、家庭用ロボットとしてよく挙げられるもののなかには、「コンパニオンロボット」とか「ソーシャルロボット」、「ペットロボット」、「コミュニケーションロボット」等と呼ばれる種類のロボットがあります。かたちややり方は様々ですが、いずれにしても人とふれあい、「こころ」に働きかけて、人を幸せにすることを目的としたロボットです。

これは1999年にソニーの「AIBO」というロボットが開拓した領域です。AIBOはいったん2016年に製造中止になりましたが、2018年に「aibo」として復活しています。みなさんはアイボといったら、この新しいaiboを思い浮かべるでしょう。

家庭用のコミュニケーションロボットには、動き回るものもあれば、しゃべるものもあります。この「やりとり」のことは学問的には「インタラクション」というのですが、インタラクションは機械側から積極的に働きかけるものだけではありません。人はぬいぐるみどころか、ボールペンや消しゴムみたいなモノにも象徴的な意味を見出し、精神的な結びつきを作ることができます。

ですので、家庭用ロボットにおいても積極的に働きかけず、置き物や人形、動物を模したぬいぐるみのようなものなど、開発している人たちの考え方によって、様々なタイプがあります。存在感を積極的にアピールするものと、そうでないものとでも言えばいいでしょうか。

みなさんも学校やコミュニティのなかで自分の存在感を発揮するべきか、隠すべきか迷うことがあるかもしれません。何が正解かは人によって異なります。そもそも、まだ自分にとっての正解のロボットは存在していない、と感じる人も多いと思います。家庭用コミュニケーションロボットのなかには一部熱烈なファンを集めることもありますが、いっぽうで、広い市場を開拓するには至っていないのが現状です。

家庭用ロボットはどうあるべきなのか

家庭用のロボットも、しばしばジレンマにぶつかっています。家庭で使うものなので、ある程度、値段は安くしなければならない。でも人と交流するのであれば、高性能であってほしい。その点はもちろんですが、それだけではありません。

ロボットといえば動くものです。人がロボットに期待することは人によって違うとはいえ、一つは「動く」ことでしょう。そこがスマートスピーカーとの大きな違いです。

しかし家庭はロボットが動くには適した環境ではありません。家によって環境は違いますし、しかも毎日毎時間、毎分変わります。これはロボットには向いてない。でもやはり動いてほしい。動かないとできない何かしらの仕事をしてほしい。

でも、そもそも「動く」と部品が壊れるリスクもあります。メーカーからすれば、動かなくていいのであれば動かないほうがいいのです。いっぽう、動いてるロボットを見ることは、とても楽しいものでもあります。間違いなくロボット家電の魅力の一つです。これは完全にジレンマです。

掃除ロボットは、家庭用ロボットのなかでは数少ない成功例です。部品の点数は可能なかぎり減らされていますし、壊れる可能性のある部品はモジュール化(一部の部品を組み合わせてまとまった部品にすること)されていて、簡単に交換できるように設計されています。

なかには、掃除用ロボットを「ロボット」と見ない人たちも出始めています。私自身も「あれもロボットなんですか?」と言われたことがあります。そういう人たちにとっては「あれはロボットではなく掃除機だ」ということなのです。掃除機、つまり既存のカテゴリーの機械の一種だと見るほうが、人によっては購入して、家庭のなかに受け入れやすいのかもしれません。それはそれで理解できます。

最近はゴミを集めるステーション付きのタイプも増えてきました。そうなるとますますロボット掃除機のことを意識する機会は減りますし、メーカーもロボットとしての存在感を消す方向を目指しているのかもしれません。

であるのならば、ロボットでありながら、ロボットとしての存在感を消すことが、もしかすると成功の鍵なのかもしれません。「ロボットということにこだわらないほうがいい」。そう断言する人もいます。特に業務の世界の自動化を手掛けていた人たちはそう言います。現場では意識されることのない、いわば「透明な存在」になってしまうような機械のほうが、自然と使い続けられると私も思っています。

ですが、家庭用ロボットの場合は、「ロボットならではの特性や性能、存在感をアピールしたい」というのが技術者の人たちの思いでしょう。でなければ「ロボット」と銘打った製品を出す意味がありません。画期的な、まったく新しいカテゴリーの製品をこの世に生み出して、人々の暮らしを一変させてみたいと思っている人も多いはずです。ここにもまたジレンマがあります。


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