1.2 リムルス試薬を用いたエンドトキシン測定法の歴史

 和光純薬工業(株)ME開発部

 大石晴樹

1.はじめに

 エンドトキシン(ET)はグラム陰性桿菌の細胞膜に存在するリポ多糖体 (LPS)であり、生体レベル、細胞レベル、分子レベルで多様な生物活性を示すが、とりわけ生体レベルでは発熱の代表的な原因物質(パイロジェン)として知られている。ETが体内に入ると、発熱やショックなどをひき起こすことから、注射薬、輸液など、非経口医薬品の製造時には製品製剤中にパイロジェンが混入していないのを確認することが安全性確保のために必須となっている。また、注射器、人工臓器、透析膜など、医療用具の製造においても、パイロジェンの混入防止とその確認試験が不可欠である。

2.測定法の歴史

 従来、ETの試験法として、試料をウサギに注射しその体温上昇からET混入量を測定するウサギ発熱性試験が用いられてきた。しかし、この測定法では、結果を得るまでに長時間を要しかつ信頼性の高い結果を維持することは動物の管理面から容易ではなかった。1956年に米国でBangによりカブトガニの血液がvibrio菌の感染でゲル状に固まることが発見されて以来1)、この反応を利用した測定法の検討が進み2)、1980年代にはカブトガニ血球抽出物から調製された高感度のET測定試薬(リムルス試薬)が普及し始めていたが(図1)、これは試験管中で試料と反応させたリムルス試薬が60分後にゲル化するかどうかを目視で観察する半定量法(ゲル化転倒法)であり、測定者の熟練度、器材の振動の影響を受け、安定した測定法とは言い難かった。この反応を装置で測定する研究も欧米液がvibrio菌の感染でゲル状に固まることが発見されて以来1)、この反応を利用した測定法の検討が進み2)、1980年代にはカブトガニ血球抽出物から調製された高感度のET測定試薬(リムルス試薬)が普及し始めていたが(図1)、これは試験管中で試料と反応させたリムルス試薬が60分後にゲル化するかどうかを目視で観察する半定量法(ゲル化転倒法)であり、測定者の熟練度、器材の振動の影響を受け、安定した測定法とは言い難かった。この反応を装置で測定する研究も欧米を中心に種々なされ、分光学的方法、マイクロダイリューション、細菌培養システムの流用3)、反応速度法4)などが報告されているが、測定精度、検量範囲、感度、処理能力を総合して、ルーチン検査として実用に耐えるシステムには至らなかった。一方、リムルス反応の最終段階でコアグローゲンがコアグリンに転換するゲル化反応を合成基質の発色反応で置き換えた発色合成基質法も実用化されたが5)、こちらも操作性、検量範囲の面で必ずしも使いやすい測定法ではなかった。

図1 リムルス反応カスケード

3.比濁時間分析法の開発

 当社では、1985年にETの定量を従来法とは異なる原理で行う測定法と実用的な測定装置を世界で初めて開発した。きっかけは、試験管内のゲル化反応を透過光光学系で測定すると(図2)、一定の透過光変化が生ずるまでの反応時間(ゲル化時間Tg、図3)がET濃度で6桁以上にわたり非常に広い範囲で検量関係を持つことを見い出したことによる。これに基づいて、ETの測定限界で従来のゲル化転倒法の100分の1の0.1 pg/mlレベル、また0.1 pg/mlから100 ng/mlの極めて広い検量範囲で 良好な再現性を有する定量法を開発し、比濁時間分析法と名付けた(図4) 6),7)。更に、1検体60分以上を要する比濁時間測定を実用的な処理能力で実施するため、同時に複数の試料の比濁時間測定を行う並列測定型分析装置(トキシノメーターシステム)を併せて開発した。最初のシステムは、16本の試料を設置できる分析モジュールを一つの単位として、最大4モジュールを接続し64試料を同時に測定できる装置とソフトウエアであった8)。その後、PCの進歩に合わせて反応曲線のモニターと検量線演算法9)、標準添加試験を発展させた試料中ET濃度の推計法(Es-Eapp 推計法)、平行線定量法など、各種のデータ処理ソフト(Toximaster)を開発してきた。同じ時期に米国ACC社でも同様の測定原理に基づくシステムが開発されている。  この測定法とシステムはその後の改良を含めて、多くの製薬メーカーに採用され安全な医薬品の製造と品質管理のために広く普及するに至っている。1996年には、光源に青色LEDを採用することで、比濁時間分析法によるエンドトキシン測定以外に発色合成基質法にも対応するより汎用的なシステム(ET-301BLシステム、図5)へと発展した10)。更にこのシステムを、1998年、検体数の増加に伴う人為的ミスの排除と省力化の要請から自動分注搬送ロボットと結合し、試料のサンプリング、希釈、検量線の作成、反応試薬との混合、攪拌、測定の開始、データ処理を全自動で行う測定システム(ET-auto3000システム、図6、図7)を開発した11)。

図2 ET濃度と透過率変化の関係


図3 ゲル化時間の定義


図4 ET濃度とゲル化時間の検量関係


図5 トキシノメーターET-301BLシステム


図6 全自動トキシノメーターシステムのブロック図


図7 全自動トキシノメーターシステム

4.おわりに

 リムルス試薬を用いるET測定法は1992年にJISに、1993年に生物学的製剤基準に、また1996年に第13改正日本薬局方に収載され、公的な認知も様々な分野で進んでいる。現在、トキシノメーターシステムは、PET用放射性医薬品の検査、透析病院でのモジュールの試験、感染症の臨床診断などへも応用が進んでおり、今後広範な分野で一層の用途の広がりが予想される(表1)。 なお、リムルス試薬の原料は米国産カブトガニ(米国東海岸に多数生息している)の血液であるが、一匹当たり100ml程度の血液を採取した後カブトガニ自体は海に帰されている。我々はこれをカブトガニからの献血と呼んでいるが、従来のウサギ発熱性試験のウサギが数回の使用の後廃棄されていたことを考えると、リムルス試薬を用いるETの測定法は、動物愛護、環境保全にも寄与するものがある。

表1 リムルス試薬によるエンドトキシン測定関係の年表

参考文献

1)F.B.Bang, Bull. Johns Hopkins Hosp., 98, 325(1956).

2)J.Levin, J.F.Cooper, H.N.Wagner Jr., J. Lab. Clin. Med., 78, 138(1971).

3)J.H.Jorgensen, G.A.Alexander, Appl. Environ. Microbiol., 41, 1316(1981).

4)J.L.Sloyer Jr., L.J.Karr, T.E.Stoneycypher, Prog. Clin. Biol. Res., 93, 207(1982).

5)K.Tsuji, P.A.Martin, D.M.Bussey, Appl. Environ. Microbiol., 48, 550(1984).

大石晴樹、畑山泰道、白石浩己、柳沢和也、佐方由嗣、薬学雑誌、105、 300 (1985).

7)H.Oishi, A.Takaoka, Y.Hatayama, T.Matsuo, Y.Sakata, J. Parenter. Sci. Technol., 39, 194(1985).

8)H.Oishi, Y.Hatayama, M.Fusamoto, Y.Sakata, Appl. Spectrosc., 43, 821(1989).

9)H.Oishi, M.Fusamoto, Y.Hatayama, M.Tsuchiya, A.Takaoka, Y.Sakata, Chem. Pharm. Bull., 36, 3012(1988).

10)H.Oishi, S.Wada, H.Shiraishi, T.Koshindo, R.Tsujino, Journal of Endotoxin Research, 3, Supplement1, 53(1996).

11)房本正滋、栗原啓泰、白石浩己、宇治葉子、今村昭憲、大石晴樹、内田弘毅、日本薬学会第119年会  講演要旨集4、225(1999).



著者プロフィール

1976年大阪大学理学部物理学科卒業、1978年同大学大学院工学研究科応用物理学専攻修士課程終了、同年和光純薬工業株式会社に入社。1991年工学博士(大阪大学)。同社ME開発部にてバイオケミカル、バイオメディカル分析システムの開発に従事。








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