1.1 歯科材料の歴史:歯冠修復から骨の再生へ

 徳島大学歯学部

 浅岡憲三

1.はじめに

 ウ蝕により歯冠が欠損したり、歯周病やウ蝕により歯を喪失したときに、歯の咀嚼機能を補綴物により回復する試みは古くからあった.しかし、体系的にこの分野の研究が始まったのは、1900年頃からである.アマルガム合金、金合金についての研究がその嚆矢となった.

 アマルガムは、1826年ヨーロッパで利用され始めてから150年以上にわたり、口腔内で成形され修復物となる代表的な材料(充填材料)である.また、金合金は、欠損部を含む口腔の模型を作製し、模型を利用して修復物を作製、口腔内に装着する材料(技工修復材料)の代表である.現用の歯冠修復用材料の多くは、アマルガムと金合金の代替材料として開発されてきた経緯があり、表1に示すような金属材料、無機材料、有機材料、それらの複合材料が利用されている.

 技工修復物の作製にあたっては、治療した後の歯や口腔状態のメス型を採る作業から、オス型の模型をおこす作業、模型を用いた原形の作製、鋳型の作製、合金の溶解、鋳造、鋳物の研磨仕上げ、残存歯冠との合着に至るまでの材料プロセスがある.そこで、各工程で用いる材料と技法が研究されてきた1)

 歯科材料が口腔内に装着されたときに浮腫、潰瘍、湿疹、出血、味覚異常などを生じることがある.そこで、口腔内の材料が組織、細胞に及ぼす影響、材料の溶出と生体組織の反応が、材料及び材料プロセスの開発と同時に注目され、調べられてきた2)

 1970年頃に、歯科材料の研究に新たな転機が訪れた.欠損した歯は、周囲の歯や歯周組織に力学的な維持を求め、橋義歯 (bridge) や床(denture) により修復がはかられてきた.それに対して、顎骨(歯槽骨)に直接材料を埋め込み、力学的な維持を求める修復法(dental implant )が成果をあげ始めたことである.この試みは次の点で、材料研究の新たな展開の契機になった.すなわち、生体表面での材料と生体との関係から生体内での材料の挙動が興味の対象となり、生体内での生物学的適合性の研究、新しい生体融和材料の開発が始まることになった.また、生体内に材料を埋め込んだときの生体(組織、細胞)反応、すなわち拒絶反応(炎症性反応)、被包化、吸収、接着(密着)、結合(一体化)、細胞の増殖と分化など、生体の応答について関心がもたれ始めた.この頃から生体の形態、機能を修復するための人工材料を、狭義な意味で、biomaterialsと総称するようになった3)

 Biomaterials の研究が深化するなかで、BMP(Bone morphogenetic protein)などタンパクを材料へハイブリッドし、組織の再生を促進する方法、生体が異物である材料の情報を細胞(遺伝子)へ伝達する機構の解明などが研究され始めた.欠損した組織の機能回復をはかる方法が、人工物での修復や生体組織の移植から、生体組織の再生を求める方向へと拡がってきた.生体組織、細胞の再生、再建をはかる研究が細胞・組織工学(Tissue engineering)と呼ばれ、注目されてきた4)

 以上の何れの分野についても、昨今、新たな研究、開発の展開がみられ、歯科医療の革新に繋がることが期待されている.

2.歯科材料(Dental materials)

 歯科で用いられるアマルガム用合金粉は、粒度が30μm程度の銀とスズの金属間化合物(Ag3Sn:γ相)である.この粉末を水銀と混合、練和すると、銀とスズが水銀中に溶け出し銀-水銀化合物(γ1相)を結合材とした銀-スズ粉末の塊となり硬化する.硬化中の寸法変化が -0.1〜+0.2%以下となるよう材料設計されているため、窩洞(歯冠のウ蝕部分を除去した場所)に詰め込んだとき、経時的に寸法適合性に優れていること、硬化後の圧縮強度が300MPa以上(市販材料は400〜500MPa)と高いことから、優れた臨床成績を示している.しかし、アマルガムが水銀を利用していること、口腔内で変色し黒色を呈することから、代替材料が開発されてきた.レジン系充填材料として、常温硬化の化学重合型レジンや光重合型レジンを結合材として、石英ガラス、硼ケイ酸ガラス、リチウム・アルミニウム・シリケートなどの微粉末がフィラーとして添加された材料が1970年代から実用化されている1).最近では、歯の組織であるエナメル質、象牙質に含浸し、歯質に接着するレジンが開発され、健全な歯の組織を削らないで歯冠を修復するという新しい歯科治療のコンセプトが提案されている.生体組織と接着し、生体と一体化する材料という新たな概念が生まれた点で興味がある.その他、歯質に接着し、しかもウ蝕の予防になるフッ化物を徐放するセメント(グラスアイオノマーセメント)やレジン系のセメントなど、多様な機能性材料が開発されている5)

 技工修復材料は力学的な信頼性が高いところから、高い咬合力が加わる補綴・修復物、大きな補綴・修復に利用されてきた.耐食性に優れ、ロストワックス法による鋳造で高い寸法精度の鋳物が得られる金合金がこの目的で利用されている.ここで、合金の鋳造収縮は鋳型(半水石膏とシリカの混合粉末)の硬化膨張(石膏)と加熱膨張(シリカの相変態)で補償される.

 金は延性に富む軟らかい金属であり、銀、銅を添加すると固溶強化により強度は高くなる.また、金-25mass%銅(18K金合金)付近の組成範囲の400℃付近には規則-不規則の相変態がある.この相変態を利用すれば、鋳造した金合金は、溶体化熱処理により軟らかく延性に富む合金になり、その後の時効硬化熱処理により強度が極めて高い合金にすることができる.そうした機械的性質をもつところから、金合金は多様な目的の修復物の作製に利用できる利点がある.

 米国歯科学会(American dental association)は、歯科用金合金を表2のように分類し、歯科補綴物を作製、利用するときの指針を示した6).すなわち、金濃度の高いタイプ氓フ合金は、あまり咬合力が加わらない歯冠の局部的な修復に用いることにより、咬合力で適度な延性を発現し、辺縁で残存歯冠との高い密着が得られる.タイプは、それより若干大きな一部被覆冠や全部鋳造冠に用いられる合金、タイプ。は時効硬化合金であり、溶体化処理して模型上で適合を調整し、時効硬化させて、金属冠や架工義歯など大きな咀嚼力を受ける部分に用いられる.タイプ「は融点が低くなるよう合金組成が選ばれており、義歯床のような高い応力を受ける大きな鋳造体でも容易に鋳造で作ることができる.

 金合金は優れた性質をもつ合金であるが、合金価格の問題や審美修復、より優れた機械的性質の要求から、その代替材料の開発が行われてきた.日本では、銀基の合金による代替が考えられてきた.銀を金と較べたときの問題点は、耐変色性にある.すなわち、銀の表面には硫化物が生成され易く、黒く変色する.この欠点を補う目的で、銀にパラジウムを25 atom%添加し、そしてPdCuの規則-不規則変態を発現して時効硬化性を付与する目的で銅を12mass%〜20mass%添加し、金を12mass%含む合金が金銀パラジウム合金の名称で、主にタイプ。の金合金の代替合金として利用されている.この合金は金合金と同じ材料プロセスにより修復物を作ることができる利点がある7)

 1929年にVitalliumとの名称のCo-Cr系合金で義歯床が作られた.この合金は精密鋳造できる高級耐熱合金として工業的にも利用された.その後、VitalliumやHaynes合金に類似した組成のCo基の合金が鋳造床、すなわちタイプ「の金合金の代替合金として利用されている.この合金は弾性係数、強度が高いことから、薄床化が可能となる利点がある.また、耐熱合金を鋳造するための鋳型材(リン酸塩を結合材とした鋳型材、シリカを結合材とした鋳型材)やグラインダーやサンドブラストによる研削、研磨装置が開発された8)

 以上のように、タイプ氈Aの金合金は充填材や陶材により、タイプ。は金銀パラジウム合金、タイプ「はCo基の合金により代替されている.

 歯冠を歯の色調と同じ色調の材料で修復する方法も古くから模索されてきた.こうした目的で最も信頼性が高い材料は、金属焼付陶材と呼ばれる合金と陶材の積層材料である.この補綴修復物は、鋳造した合金に歯冠色をした陶材を焼付け(焼成)て作製される.陶材が合金に焼き付くこと、合金の融点が陶材の焼成温度よりも高いこと、陶材のガラス転移温度以下で双方の材料の熱膨張係数が適合することなど、複合化の問題が解決し、1970年代から広範囲に利用され始めている9,10).同様な目的で、鋳造した合金の唇側面を歯冠色のレジンで覆った修復物(レジン前装冠)や既製の陶材を張り合わせた修復物(陶歯前装冠)なども利用されている11)

 修復物の破折、脱落、適合不良や歯冠が再びウ蝕になるなどにより、再充填、装着物の取り替えが必要となる頻度は、現実には、かなり高く、歯冠修復治療の7割に達するとの報告もある.こうしたことから、修復物の寿命(口腔内での機能期間)、信頼性向上に関する研究、材料選択の規格化に対する必要性が指摘されている13)

3.歯科生体材料(Dental biomaterials)

 我が国が高齢化社会を迎えるにあたり、新規な生体融和材料の創成に対する社会的なニーズは大きい.こうした時代的背景のもと、歯冠修復材料のみならず、硬組織の再建材料であるbiomaterialsの研究が重要になってきた.Biomaterialsは、その生体反応から、bioinert materials(生体不活性材料)、bioactive materials (生体活性材料)、biodegradable materials (生分解性材料)に分類される.前二者が人工骨、人工歯根や歯槽堤形成のための顎骨再建、歯槽骨吸収部への填賽、口蓋裂、顎顔面領域での欠損修復などの治療に用いられている.後者は骨補填材、薬物担体として利用されている.

 セラミックスは化学的に安定であるところから、アルミナ、ハイドロキシアパタイト(HAP)、リン酸三カルシウム(TCP)、生体活性ガラスなどが、こうした目的に利用されてきた.強度に対する信頼性、成形性が問題となるときには、ステンレス鋼(SUS316, 316L)、Co-Cr合金、チタン及びその合金やニオブ、タンタルとその合金などの金属材料が使われる8).骨内で材料の安定を確保するためには形態設計が重要であり、また、材料の表面構造を多孔質とするなどの方法により、骨侵入や嵌合による骨との結合が考えられている.合金の表面改質、表面コーティングにより骨との親和性の向上をはかることも試みられている14)

 この分野における徳島大学歯学部の取り組みの一部を紹介する15)

 表面改質による機能付与:チタン及びチタン合金は、生体内で、その表面にリン酸カルシウムを選択的に析出することを明らかにした.そして、析出速度を高め、生体適合性が向上することを目的としたチタンの表面処理法(カルシウムイオンの注入、化学処理など)を開発した.開発した材料を動物に埋入して、骨伝導の機構を調べている.界面近傍に存在する生理活性物質、細胞に着目して、生体との融和をはかるための機構を明らかにすることがこれからの課題である.

 リン酸カルシウム:硬化すると骨の主成分であるアパタイトになる生体融和材料を合成し、セメント、充填材料、骨再建材料としての臨床応用を図るための研究を行ってきた.短時間で硬化し、かつ水中、疑似体液、血清中で崩壊しない骨充填材料を開発し、動物実験により生体適合性、予後について調べている.

 硬組織再建技術:骨形成能を有する骨芽細胞の前駆細胞である骨髄間質細胞や骨誘導因子(BMP)は骨欠損部や骨折の治癒、歯槽骨欠損の修復促進に利用できる可能性がある.そこで、骨形成に関わる各種細胞や骨形成タンパクによる骨誘導現象、硬組織の形成機構を調べている.他固体よりの硬組織、人工素材、骨形成能保有細胞、生理活性物質などをハイブリッドした移植材の開発を模索している.に関わる各種細胞や骨形成タンパクによる骨誘導現象、硬組織の形成機構を調べている.他個体よりの硬組織、人工素材、骨形成能保有細胞、生理活性物質などをハイブリッドした移植材の開発を模索している.

 力学的環境と細胞の応答:インプラントの埋入法、埋入後の力学的環境と周囲骨組織との関係を組織学的手法、動揺度検査法、3次元画像解析を通して総合的に評価する方法を開発し、埋入材料周囲の骨量を定量的に評価している.また、細胞のバイオメカニックス、力学的な環境と骨の代謝の関係を分子生物学的立場から検討することにより、骨誘導による骨の再建の可能性を検討している.

 以上のように、現用の最も有用な生体材料である金属材料のチタン及びその合金、セラミックスのリン酸カルシウムに関する工学的な立場からの研究と組織、細胞、タンパクなどの生体側からの応答を生物学的な立場から調べ、双方の研究が補完するかたちでの材料設計を考案することがこれからの課題である.

4.組織・細胞工学(Tissue engineering)

 腫瘍、外傷、形態異常などに対する外科的治療技術の向上に伴い、手術後の形態回復、及びそれによる機能回復は人類のQOLを向上させるうえで不可欠になってきた.また、将来の高齢社会を展望したときにも生体組織の再建に関する研究は、現代医療の解決しなければならない重要な課題である.とくに、硬組織の再建技術の確立はその中核をなすと考えられており、安定した技術の早期確立が望まれている.硬組織の再建をはかるには、生体融和材料の開発と生体を構成する物質、それらが階層化されたミクロ構造、組織等の構造と機能との関係の解明と生理活性物質の探索、抽出、抽出された物質の人工素材への固定などにともなう諸現象の解明、人工素材と生体素材との接触部等における生体反応の系統的解明が欠かせない.

 一方、現今の研究・技術を概観すると、リン酸カルシウム、チタンなどに生体融和機能を付与した人工素材の開発、骨成長因子の探索、抽出、硬組織の表面構造、表面の付着物質、生体組織と人工素材との界面現象を原子、分子、細胞レベルで明らかにし、疾患の機序を解明する研究が端緒についたばかりである.また、その成果は材料の生体内環境での表面構造の特徴を明確にし、生体に融和するための機能を明らかにしつつある段階である. 

 今後、硬組織修復の可能性を進展させるためには、生体に融和する人工素材、骨形成能を有する細胞とその前駆細胞、生理活性物質を抽出する技術、生体素材からの抽出物質を人工素材に固定化する技術、生体素材が生体内で発現する機能を保持した状態で抽出する技術及び維持する技術の高度化、人工素材とタンパク質等の生体活性物質とをハイブリッド化した生体代替材料、インテリジェント機能を有する材料等の開発が必要である.こうした研究には、分子、細胞レベルで生体をその場観察することが不可欠である.試料を前処理することなしにナノオーダーから数百ミクロン単位のオーダーまで観察できる装置が、昨今、実用化されてきたことから、ハイブリッド型硬組織代替材料、細胞を用いた生体組織の再構築、遺伝子、タンパク質、細胞、組織のレベルで生体に融和する材料の研究が進展し、実用化されることが期待されている16)

5.おわりに

 工学的立場からの医用材料開発は in-situ な材料設計から、複合材料、機能材料、スマート材料などのように人為的に機能を付与した材料の設計を可能にしてきた.他方、生物は体温、大気圧下で組織を構築している.医学・生物学的立場からの細胞、組織の再生、誘導技術と前述の機能材料とを融合する手法を開発し、生体がもつ自己修復機能、物理・機械的性質の環境適応機能などを付与したハイブリッド材料の開発が今後の課題であり、21世紀の夢の医歯用材料である.

参考文献

1) Phillips's Science of Dental Materials, 10th ed. KJ Anusavice, W.B.Saunders Company, 1996.

2) International Workshop: Biocompatibolity, Toxicity and Hypersensitivity to Alloy Systems Used in Dentistry, BR Lang, HF Morris and ME Razzoog Eds、The University of Michigan, 1986.

3) Fundamental Aspects of Biocompatibility, DF Williamsed., CRC Press, 1981.

4) Orthopaedic Tissue Engineering Conference, Biomedical Engineering Society, Boston, 1997.

5) 先進歯科技術と新臨床、増原英一編、医歯薬出版、1995.

6) Metals Handbook, 9th ed. Vol. 2, American Society for Metals, 1979.

7) 歯科用銀合金、三浦維四、浅岡憲三、医歯薬出版、1981.

8) Medical and Dental Materials, DF Williams ed., Pergamon Press, 1990.

9) Guide to Dental Materials and Devices, 8th ed., American Dental Association, 1976

10) 歯科鋳造用合金と陶材との接合、日本金属学会会報、28(2), 124-128, 1989.

11) 歯科技工学臨床研修講座、日本歯科技工士会編、医歯薬出版, 1998.

12) チタンの歯科利用、三浦維四、井田一夫編、クインテッセンス、1988.

13) Effects and Side-effects of Dental Restorative Materials, Advanced in Dental Materials, Vol.6, International Association for Dental Research, 1992.

14) Metals as Biomaterials, JA Helsen and HJ Breme eds., John Wiley & Sons Ltd., 1998.

15) http://www.dent.tokushima-u.ac.jp/rikou/index.html

16) Frontiers in Tissue Engineering, CW Patrick Jr. AG Mikos and LV Mcintire eds. Pergamon Press, 1998.



著者プロフィール

1972年 横浜国立大学工学部金属工学科卒業、同年より東京医科歯科大学医用器材研究所助手、1978年 徳島大学歯学部講師、1980年 助教授、1993年 教授(工学博士:東京工業大学)、歯科材料学の研究に従事、最近は歯科材料の材料プロセス、生体適合材料の開発・評価に関する研究を行っている.

勤務先住所 〒770-8504 徳島市蔵本町3丁目18-15








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