7−2.認知工学機器を目指した知覚処理研究
松下電器産業(株)
目方強司、丸野 進
松下電器産業(株)中央研究所 次世代情報研究グループ 情報第二研究チームでは、人間のように知的な認識・判断、制御が可能な認知工学機器を目指した研究開発を行っており、これらの取組みの一端を紹介させて頂きます。
本研究チームは、関西学術文化研究都市に所在する中央研究所新棟にあり、近隣にあるATRや他の企業の研究所群の研究者達と切磋琢磨しながら、研究開発を進めております。
現在、コンピューターの周辺機器として、スキャナやデジタルカメラなどの画像入力装置がその低価格化とあいまって急速に普及しつつあり、人間の目に相当する情報入力手段が十分に整備されつつある状況にあります。更にはこれらに加え、インターネット等、ネットワーク上の膨大な情報が利用可能になってきおります。近い将来にはコンピュータの利用方法も、文書作成や計算等のオフィスワークから、これらの画像入力や、ネットワーク上の情報を利用した新しい用途へ広がって行くと考えられます。自然画像を見て判断したり、文章を読み、理解し、機器を制御したり、ネットワーク上の情報を選別、判断したりする事を、人間に代って出来るような、知的な情報処理機器が要望されてくるでしょう。このような知的な機器、すなわち認知工学機器を実現すべく、本チームでは、人間の脳神経の動作メカニズムに着目したニューラルネットワークの研究や、知覚処理及び認知工学的観点からの研究を行っており、これらの研究成果を物体の形状認識や文書認識、知的信号処理等に適用すべく取組みを進めております。
脳の神経細胞興奮メカニズムのひとつに、神経軸索(エクソン)の周波数選択性があります。一般的にはナーブコンダクタンスと呼ばれていますが、神経のインパルス信号が、その周波数によって伝わったり伝わらなかったりする現象です。これをニューラルネットワークに応用した「量子化ニューロンモデル」を提案し、その高速学習性を実証してきました。この原理を用いた「量子化ニューロンチップ」を当社の半導体研究開発部門と共同で開発し、従来の600倍以上の高速学習を実現しました。
その後さらに研究を進め、生体の遺伝的情報に基づく自己増殖性を量子化ニューロンモデルに適用した「適応増殖量子化ニューロンモデル」へと発展さました。従来、ニューラルネットワークを実現するには係数を記憶する大容量メモリーを必要としましたが、このモデルを用いる事により、システムに最適なネットワーク構造が自動構築できるため、メモリーも従来の10分の1で済むようになり、学習の高速化と合わせ、ハードウエアの規模も小さくすることが可能となりました。このモデルに基づき、半導体研究開発部門と共同でチップを試作し(図1)、現在、当チームで行っている物体の形状認識、文字認識等の研究に活用しています(図2)。
図1 量子化ニューロンチップ写真
図2 物体形状認識デモシステム
人間が認識判断をする場合、その対象は膨大な数になります。例えば漢字の認識がその一例です。文書認識で認識対象となる漢字の種類はJIS第一水準だけでも2965文字になり、精度の良い漢字認識を工学的に実現するためには、人間の脳のように、機能分化した構造的な仕組みが必要になると考えられます。そこで、複数のサブネットワークと、これらのサブネットワークを統合し判断する統合ネットワークからなる、独自の「構造化ニューラルネットワーク」を提案、文字認識に導入し、非常に精度の良い文書の認識が可能である事を実証してきました。
現在ではこれらの基本技術に加えて、画像中の任意の物体の分離抽出や文法・知識処理に基づく文書処理等、幅広い課題に対する取組みを行い、自然画像認識や文書認識、ネットワーク上の情報の自動認識判断、更には信号処理制御等に応用展開し、認知工学機器を実現すべく、挑戦を続けています。
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