2−2.培養血管内皮細胞を用いた研究の歴史

                         東北大学大学院工学研究科
                                佐藤 正明

1.はじめに

 血管内皮細胞のもつ多才な機能については最近多くの人に知られるようになってきたが,その研究の歴史は比較的浅い.従来は血管壁の単なる内張りであって,内皮細胞が傷害を受けて剥離すると血小板やフィブリンが内皮下組織に沈着して,血栓形成に至る,といった程度に考えられていたように思う.内皮細胞を含む細胞培養の技術が1970年代から急速に進歩し始め,多くの研究が開始されたのを機として,従来不明であった機能が次々と明らかにされてきた.細胞培養技術そのものは主として培養液の開発が最も大きな因子のように思う.筆者も,ここ10数年にわたり,培養内皮細胞を用いた研究に携わってきているが,工学者も基本的な設備さえ整っていれば比較的容易に研究ができる状況になっている.
 この度の「培養内皮細胞に関する研究の歴史」について執筆をするように依頼を受けたが,非常に大きなタイトルでどのような内容を書くべきか迷った.培養内皮細胞そのものの研究の歴史については多岐にわたっており,特に医学・生物学の分野で活発に研究が行われているであろうと想像されるが,筆者は不勉強にしてその分野に詳しくない.そこで,ここでは内皮細胞の機能,培養方法の基礎について概説した後,筆者の携わってきた「力学的刺激を加えた場合の内皮細胞の応答」の分野での歴史的な過程を概観して,責を果たしたいと思う.


2.内皮細胞の機能

 われわれの体内にある血管網の総延長は約10万kmであるという.この血管の内側を覆っているのが今回の主題となる内皮細胞である.偏平で,いわゆる上皮細胞(動物の体の内外のすべての遊離面を覆う細胞層)と呼ばれる細胞群の一つであり,ただ一層のみで構成されている.この細胞は血液と絶えず接する唯一の細胞であり,流れのせん断応力を受けて,血栓形成の抑制,血管径の調節,接着分子の発現調節といった面でactiveかつdynamicに機能していることが明らかにされてきている.以下に機能の概略をまとめる.

2−1.血栓形成の抑制

 従来から最もよく知られていた機能であるが,その詳細が明らかになってきたのは内皮細胞を培養系に移して実験が可能になったことによる点が大きい.血栓が形成される際に機能する細胞の一つが血小板であり,血小板は通常の状態では活性化していない.これは流れのせん断応力あるいは化学的な刺激によって内皮細胞膜から産生されるプロスタサイクリン(PGI2:プロスタグランディンI2)が血小板の活性化を抑えているからである.プロスタサイクリンには血管平滑筋を強力に弛緩させる作用もある.プロスタサイクリンの発見は,1930年に精液中に子宮収縮物質が存在することが確認された後,プロスタグランディンと呼ばれるようになり,1976年に構造が決定されるとともにPGI2と命名された[1].
 一方,血液凝固に関しては,出血を止めるためにいわゆる血液凝固系のカスケードが機能していることはよく知られている.この最後の過程でトロンビンがフィブリノーゲンをフィブリンに変え,血液は凝固する.ところで,このトロンビンと強く結合する蛋白が内皮細胞表面に存在することが1981年に発見され,トロンボモジュリンと名づけられた.トロンビンがトロンボモジュリンと結合すると,トロンビンの血液凝固活性が失われ,逆に抑制する酵素へと変わるという興味ある事実が明らかにされている.
 この他,内皮細胞表面にはヘパラン硫酸と呼ばれるムコ多糖が豊富に存在し,血液の凝固を防いでいる.また,血液凝固後に血栓を溶かし,血流を再開させるため,内皮細胞からプラスミノーゲンアクチベータ(t-PA)が産生されている.この産生もせん断応力によって調節されていることがわかっている[2].

2−2.血管径の調節

 血管径の調節は血圧および血流の制御という点から非常に重要である.この調節は,交感神経を通して平滑筋を収縮・弛緩させる以外に,内皮細胞を通しても行われている.その1つは前述のプロスタサイクリンであるが,1988年に内皮細胞の培養液から発見されたエンドセリン[3]は,従来までに報告のない強力で長時間の血管収縮を誘発するペプチドとして非常に注目を集めた.エンドセリンの産生に関してもせん断応力が関与していることが報告されている.当初,せん断応力の増加によって産生量が増えるという報告であったが[4],その後の研究によって減少する[5]ということが通説になっているようである.
 血管平滑筋のトーヌスを調節することで最近特に注目を集めているのが一酸化窒素(NO)である.内皮細胞にアセチルコリン,トロンビン,バソプレッシンなどが作用するとアルギニンからNOが作られる.この他にも流れのせん断応力によってNOの産生が調節されていることが報告されている[6].

2−3.接着分子の発現調節

 内皮細胞は血液と絶えず接しており,その中でも血球細胞(赤血球,白血球,血小板)との相互作用が生体内においてdynamicに繰り返されている.ここでは白血球を例にとりあげてみよう.白血球は免疫機能をもった代表的な細胞であり,異物の侵入に対して敏捷に反応する.詳細にみると,内皮細胞との相互作用を経た後に,血管外に遊走して異物を捕える.相互作用は最初セレクチンと呼ばれる接着分子が内皮細胞表面に現われ,白血球はローリングを始める.続いて炎症性の強い刺激が加わった場合には免疫グロブリンスーパーファミリーに属するICAM-1(intercellular adhesionmolecule)やVCAM-1(vascular cell adhesion molecule)と呼ばれる接着分子が現われ,白血球は内皮細胞に接着する.このような現象の後,内皮細胞間隙を通って白血球は血管外へと出て行く.この反応は種々の炎症反応や動脈硬化の初期病変の機序を理解するには大変重要であり,この領域でも培養内皮細胞が主役となって研究が行われている.また,これらの接着分子の発現がせん断応力の状況によって異なることがわかっており,工学者も積極的にこのような研究に参加している[7].


3.内皮細胞の培養方法

 詳細は成書を[8-10]を参考にしていただくとして,ここでは概略を述べる.
 内皮細胞を採取する目的で比較的多く用いられているのが,ウシおよびブタの大動脈あるいはヒト臍帯静脈である.大動脈のように太い血管の場合には,血管を切り開いた後にメスなどを用いて剥離する方法が簡便でよく用いられる.他の方法としては,コラゲナーゼやトリプシンなどの酵素を用いて単離する方法であり,臍帯静脈やその他の比較的細い血管から採取する場合にはこの方法が用いられる.このようにして採取した内皮細胞を10%ウシ胎仔血清(56℃,30分間の熱処理により非働化したもの)と抗生物質を含む培養液(MEM:minimum essential mediumなど)に浮遊させた後,ディッシュにまいて培養を開始する.細胞の密度として25Cのディッシュに105個程度の細胞を播種すると,約5日後にはコンフルエント(細胞が増殖して基質が完全に覆われた状態)になる.臍帯静脈由来の内皮細胞の場合にはMEMよりも栄養素含有量の多いM−199培養液およびヒト血清を用いないと長期の細胞維持は難しい.
 内皮細胞の継代は,トリプシンを用いて細胞をはがし,約1:2の割合で分割して新たなディッシュに播種する.ウシとブタの大動脈由来内皮細胞の場合には数十代にわたって継代可能であるが,筆者らは10代までの細胞を用いて実験を行っている.
 内皮細胞の形態の特徴は一層に敷石状に増殖することで,平滑筋細胞や線維芽細胞は細長く形態が全く異なり,容易に識別は可能である.内皮細胞の同定には,DiI−アセチル化LDLの細胞内取込みを調べる方法が一般的で簡便である.その他,第ヲ因子(血液中に存在する糖蛋白の一つ)関連抗原の存在を調べることによって厳密な証明が可能である.


4.力学的刺激に対する内皮細胞の応答

 内皮細胞に流れの力学的刺激が加わった場合の応答について最初に言及したのはFry[11]であった.彼は1968年の論文で高いせん断応力によって内皮細胞が傷害を受け,動脈硬化発生の一因にもなり得るということを指摘した.その後,1972年にFryの共同研究者であるFlahertyら[12]がイヌの下行大動脈の一部を切り取り,90度回転させて再び元の場所に縫合して約70日間観察するという興味ある実験を行った.その結果を図1に示す.黒くみえるのは核であるが,当初円周方向に並んでいた核(図1,b)が時間とともに流れの方向(左から右)に配向していく過程がよく示されており,70日後(図1,f)にはきれいに血流の方向に配向している.この後,動脈硬化の好発部位と血流の関係を調べようとする研究が増え,微視的観点から内皮細胞のまわりの流れが重要であるとの指摘が出てきた.Kruegerら[13]は流れの条件を明確に規定できる装置を用いて研究を行うため,初めて培養細胞に流れを負荷して,流れと細胞挙動の関係を調べた.しかしながら,1971年当時はまだ内皮細胞を培養して使用する条件が整っていなかったのか,あるいは別の理由で彼らはM.D.B.K. (Mayden Darby Bovine Kidney) 細胞と呼ばれるウシ由来の株化した腎細胞を使用した.負荷したせん断応力は10-4〜1Paと比較的広い範囲で実験が行われたが,明確な結論は得られず,動脈硬化の発生と局所血流の重要性を指摘するにとどまった.彼らが使用した平行平板型のフローチャンバの模式図を図2に示す.その後,流れが内皮細胞の機能に影響を及ぼしていると考えられるデータが報告されるようになった.その詳細を検討するためDeweyら[14]が円錐平板型の流れ負荷装置を開発して積極的に研究を展開し,せん断応力と細胞の増殖,細胞の流れの方向への配向,細胞の飮作用との関係などについて明確な結果を提示した.これを契機に,米国ライス大学のMcIntireら,現ジョージア工科大学のNeremらを中心にこの領域の研究が急速に広まっていった.


    
図1 イヌ下行大動脈の内皮細胞の核の配向パターン(流れは左から右へ)[12].
a. コントロール状態,b.血管壁を切除後90度回転した直後,c. 3日後,d. 3日後(cと異なる部位),e.10日後,f.70日後.



   
図2   培養内皮細胞にせん断応力を負荷した最初の平行平板型フローチャンバの模式図[13]



 血管壁は血圧の変動によって絶えず円周方向に伸縮している.このことから,Ivesら[15]は伸縮性のあるポリウレタン系の材料の上に内皮細胞を培養して,図3に示す装置を用いて1Hzで10%の伸びを与える実験を行った.その結果,引張り軸に対して90度の方向に細胞が配向した.内皮細胞を用いた実験はこのように1986年に最初に報告されているが,Buck[16]は既に1980年に線維芽細胞をシリコン膜上で培養して同様な実験を行い,引張り軸と直交する方向に細胞が配向することを報告している.


    
図3 ポリウレタン系の膜上に内皮細胞を播種し引張り刺激を加えた装置の模式図[15]



 内皮細胞がせん断応力や引張りなどの力学的刺激に対して反応することが多くの実験から明らかとなり,その後は関心が応答機序に移っていって今日に至っている.この間,細胞内のセカンドメッセンジャの動き,細胞骨格の変化,それに伴う力学的性質の変化などが調べられている.しかしながら,現在においても機械的刺激を直接感知するメカノレセプタは未だみつかっておらず,いろいろな角度から研究が行われている.力学的刺激によって内皮細胞内で起こる変化や機能的な変化をまとめたものを表1に示す[17].また,内皮細胞がせん断応力を受けた際の典型的な反応を時間を追って示したのが表2である[18].この他にも最近はさらに詳細な点が次々と明らかになっており,興味のある方は文献[19,20]を参照されることをお薦めする.


     表1 内皮細胞に力学的刺激を与えた場合のいろいろな反応[17]




表2 ウシ大動脈由来の培養内皮細胞にせん断応力を負荷した場合に時間を追って観察される生物学的現象 [18]




5.おわりに

 培養内皮細胞を用いた研究で,特に力学的刺激に対する反応を中心にその歴史的発展の過程をみてきた.ここでは方法論を中心に述べており,現象や機序の詳細には誌面の関係もあり,あえて触れなかった.筆者の調査不足のためさらに古い文献などに当たる必要があるかも知れない.読者諸兄のご指摘,ご教示をいただければ幸いである.


参考文献

[1] 現代医療編集委員会編,プロスタグランディンとその周辺,(1980),1-11,現代医療社.

[2] Diamond, S.L., ほか2名, Fluid flow stimulates tissue plasminogen activator secretion by cultured human endothelial cells, Science, 243(1989), 1483-1485.

[3] Yanagisawa, M., ほか8名,A novel popent vasoconstrictor peptide produced by vascular endothelial cells, Nature, 332-6163 (1988), 411-415.

[4] Yoshizumi, M., ほか6名,Hemodynamic shear stress stimulatesendothelin production by cultured endothelial cells, Biochem. Biophys. Res.Commun. 161(1989), 859-864.

[5] Nollert, M. U., ほか2名, Hydrodynamic shear stress and mass transport modulation of endothelial cell metabolism, Biotechnol. Bioeng.38(1991), 588-602.

[6] Cooke, J. P., ほか5名, Flow stimulates endothelial cells to release a nitrovasodilator that is potentiated by reduced thiol, Am. J.Physiol. 259 (1990), H804-H812.

[7] Gopalan, P. K., ほか5名, Neutrophil CD18-dependent arreston intercellular adhesion molecule 1 (ICAM-1) in shear flow can beactivated through L-selectin, J. Immunol., 158(1997), 367-375.

[8] 江橋節郎編,心臓・血管研究方法の開発−心臓・血管障害の成因研究の基礎−,(1983),学会出版センター.

[9] 日本生化学会編,新生化学実験講座,第10巻血管(内皮と平滑筋),(1993),東京化学同人

[10] 日本生化学会編,新生化学実験講座,第18巻細胞培養技術,(1993),東京化学同人

[11] Fry, D.L., Acute vascular endothelial changes associated with increased blood velocity gradient, Circ.Res., 22 (1968), 165-197.

[12] Flaherty, J.T., ほか5名, Endothelial nuclear patterns in the caninearterial tree with particular reference to hemodynamic events, Circ.Res.,30 (1972), 23-33

[13] Krueger, J.W., ほか2名,An in vitro study of flow response by cells, J. Biomechanics, 4 (1971), 31-36.

[14] Dewey, C.F., Jr.,ほか3名, The dynamic response of vascular endothelial cells to fluid shear stress, J.Biomech.Eng., 103 (1981), 177-185.

[15] Ives,C.L., ほか2名, Mechanical effects on endothelial cell morphology:In vitro assessment, In Vitro Cell. and Developm.Biol., 22-9(1986), 500-507.

[16] Buck, R. C., Reorientaiton response of cells to repeated stretch andrecoil of the substratum, Exp. Cell Res., 127 (1980), 470-474.

[17] 佐藤正明,片岡則之,血流と内皮細胞の物理的応答概論,血管と内皮,4 (1994), 9-18.

[18] Girard, P. R., ほか2名, Chap. 6 Shear stress effects on the morphology and cytomatrix of cultured vascular endothelial cells. in “PhysicalForces and the Mammarian Cell” (ed. Frangos, J.A.), (1993), 193-222,Academic Press.

[19] Frangos, J.A. 編,Physical Forces and the Mammarian Cell, (1993), Academic Press.

[20] Davies, P.F., Flow-mediated endothelial mechano-transduction, Physiol. Rev., 75-3 (1995), 519-560.


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