2−1.MRIの歴史

                       新潟大学脳研究所・脳機能解析学
                       カリフォルニア大学・神経内科学
                  カリフォルニア工科大学・ベックマン研究所
                     筑波大学・先端学際領域研究センター
                                 中田  力

誕生と発展

 1946年、原子核の磁化magnetizationが示す物理現象に関する論文が二つPhysical Reviewに相次いで掲載された(1) (2)。一つは東海岸の勇Harvard大学から、一つは西海岸の勇Stanford大学からの報告であった。高周波radio frequency(rf)エネルギーの共鳴吸収resonance absorptionに着目したHarvardチームは、その現象をnuclear magnetic resonance(NMR)と名づけ、隣接するrfコイルにもたらすelectromotive forceからのアプローチを行ったStanfordチームはnuclear inductionと呼んだ。前者はこの物理現象を表わす一般用語となったが、後者もfree induction decay(FID)(図1、式1)の語源としてNMRの世界に君臨している。
 Harvardチームのリーダーは34歳のEdward Mills Purcellであった。1912年Illinois州Taylorvilleに生まれたPurcellはIndiana州のPurdue大学で電子工学を学び、後にHarvard大学大学院で1938年物理学博士を取得している。1946年の論文はPurcellがfull professorにpromoteされる直前、最も意気盛んな頃の仕事とも言える。

    
式1 Bloch’s Equation
M: 原子核内スピンの磁気モーメント(ベクトル)、t: 時間、g: スピンの磁気回転比(元素により異なる)、B: 加えた外部の磁場(ベクトル).


図1 Free Induction Decay
pfコイルで検出される信号.時定数(T1と呼ばれる)は生体組織により異なり、数百msec〜数sec.



 Stanfordチームを率いていたのは41歳のfull professor Felix Blochであった。1905年スイスのZurichに生まれたBlochはZurichのFederal Institute of Technologyで物理学を学び、後にドイツのLeipzig大学大学院で1928年物理博士を取得している。この時の博士論文はsolid physicsの現代理論体系を形成したものとして有名である。Adolph Hitlerの台頭に伴いBlochはアメリカ合衆国に逃れ、1936年Stanford大学のfull professorとなった。1946年の論文は物理学者としてすでに確固たる地位を築いていたBlochが1945年、Manhattan Project*1からStanford大学に帰還して最初に手がけた仕事であった。
 1952年BlochとPurcellはNMRの発見者としてノーベル物理学賞を分け合った。これはまた、画像医学の新時代を予見する出来事でもあった。
 誕生から現在まで、NMR技術の進歩にはいくつかの記念すべきepoch makingが存在する。その最初が1950年Hahnにより発見されたspin echoの記載である(3)。それまでcontinuous wave(CW)法を主体としたNMRはここから一気にpulse化、Fourier化されることとなる。1950年代後半は指数関数的に進むNMR技術革新の時代となった。実践のための新装置開発と装置の高性能化が生み出す新技術の開発とが相乗的な発展を遂げた時期である。構造解析に必須の方法論として確固たる地位を持つ近代NMR確立の過程は、主としてRichard R. Ernstに率いられたVarian Associates*2の努力によるとされる。Ernstはその業績をたたえられ、1991年にノーベル化学賞を授与された。
 もう一つ明記すべきepoch makingはJeenerによる二次元の発見である。この偉業は論文化されていないことでも有名である。Jeenerは1971年YugoslaviaのBasko Poljeで開催されたAmpere International Summer Schoolでのセミナーでこの方法論を説いた。JennerによってもたらされたNMRの多次元化の概念は、NMRの再発見にも匹敵するほど革命的な出来事であった。現代医学に欠かすことのできないNMRのふたつの最新技術、画像法と蛋白質解析はJennerなくしては生まれなかったと言える。


臨床画像との出会い

 1895年ドイツ物理学者のWilhelm Conrad Ro¨ntgenによるX線の発見より出発した臨床画像学は1972年Hounsfieldによって発表されたcomputed tomography(CT)により革命的変革を遂げた(4)。Ro¨ntgenは1901年ノーベル物理学賞を、HounsfieldはCormackと共に1979年ノーベル生理学・医学賞を受けている。
 CTのもたらした画像医学の変革には計り知れないものがある。Hounsfieldに与えられたノーベル生理学・医学賞の決定にはKarolinskaの委員会が通常の過程を無視したとの逸話までも残っている。それはまた、computerとFFTを含むnumerical algorithmの進歩がもたらした変革でもあった。多かれ少なかれすべての現代科学はcomputer技術発展の産物と言えるかもしれない。
 1973年Lauteburによって発表されたNMRによる最初の画像もHounsfieldにより示された画像再構築image reconstructionの概念の延長上に存在した。Lauterburのoriginal画像法もまたprojection法によるものであった(5)。Lauterburはその画像法を「二つを結ぶ」との意味を持つギリシャ語、zeugma、を使ってzeugmatographyと名づけた。1972年にDamadianによって書かれたpatent (6) にある概念記述との間にoriginalityをめぐる論議が続いているが、Lauterburの1973年の論文をもって磁気共鳴画像magnetic resonance imaging(MRI)の誕生と考える研究者も多い。MRIのFourier化は1975年Kumarらによってなされている(7)。
 NMR信号がspinの動き*3に敏感なことはごく初期の段階から理解されていた。“動き”の画像として最初に実用化されたMR angiography(MRA)の実践の基本概念であるtime of flightは1951年Suryanによって最初に示されている(8)。血流の測定法として生体での実験を初めて記載したのは1959年のSingerによる論文である(9)。Phase contrast angiographyの基本となるphaseによる速度計測の概念は1960年のHahnによって示されている(10)。
 diffusionに由来するecho信号強度変化はspin echoの最初の記載である1950年のHahnの論文(3) にすでに明記されてはいるが、spin echoを用いたdiffusion解析を最初に系統的に行ったのはCarrとPurcellであった(11)。Diffusionを扱ったMRIにもっとも影響を与えたpulsed gradientによるdiffusion解析はStejskalとTannerによって確立された(12)。
 1970年後半から爆発的に起こったMRI画像法の進展は、先人達によって示されたNMR技術の画像応用の過程であった。その中で特記すべきものは1978年にManfieldとPykettによって記載されたecho planar imaging(EPI)である(13)。画像学としてのk-spaceとNMRの技術とを結び付ける新しい概念を確立したことに重要な意義がある。


機能画像への展開

 神経細胞の活動を画像化する試みは神経科学の歴史そのものであったと言っても過言ではない。ヒトを対象とする非侵襲性機能画像の歴史は1976年Phelpsによるannihilation coincidence detection(ACD)の記載とACDを用いた陽電子断層positron emission tomography(PET)装置の開発により飛躍的進歩を研げた14)。ここにもまたHounsfieldによる画像再構築法の大きな影響があったことは言うまでもない。
 現在、最も簡便な生理学的脳機能局在の画像法として普及している方法論は局所脳血流量regional cerebral blood flow(rCBF)もしくは局所脳血液量regional cerebral blood volume(rCBV)を対象とした脳賦活試験brain activation studyに集約される。その代表はFoxらによって1984年に確立されたH215Oを用いたPET法である(15)。MRIによる試みはまずgadolinium造影剤を用いた方法論として誕生した(16)。これが機能的磁気共鳴画像functional MRIの語源となった。改めて操作をしなくとも脳賦活に伴ってMRI信号強度の変化がおこることを経験的に会得して登場したものが現在、一般にfunctional MRI(fMRI)と呼ばれる方法論である。
 fMRIにおける賦活前後のMRI信号強度変化は一般にBOLD(blood oxygenation level dependent)contrast (17)と呼ばれている(図2)。これは1990年Ogawaらによって提唱された言葉で、ラット脳の血管像のcontrastが血中の酸素化に依存するとの所見に由来する(16)。現在、賦活に伴う信号強度変化が血中の酸素化の程度を反映するものであるとの考えは否定的であるが*4、BOLD contrastと言う用語そのものはdeoxy-hemoglobinの磁化率効果によるcontrastを示す一般用語として生き残っている*5。


図2 Hand motionのBOLD機能画像。
状態解析に加えそれぞれのpixelにおける事象解析も可能なことを示している。図は、”動かさない−右手−左手−両手−動かさない−右手−左手−両手−動かさない”との課題を行った場合のfMRIである。画像は右手を動かしたときと何も動かさないときとのcontrastで作られた統計画像で、グラフは選ばれたpixelの課題全体での経時変化を表す。破線は元data、実線はregression lineを示す。


 Oxy-hemoglobinとdeoxy-hemoglobinとの間に僅かな磁化率の違いが存在することは1936年、Pauling とCoryellによって記載されている(18)。1982年Thulbornらによってこの違いがT2* の変化として実測され(19)、1990年Ogawaらによって画像での効果が示された。機能画像の最初の試みは1992年Kwongらによる(20)。


未来に向けて

 医学・生物学におけるNMRの歴史はまだ始まったばかりである。画像法だけを取ってみても、代謝画像、顕微鏡、軸索画像、流速画像、電流密度画像など応用間近な方法論がひしめき合っている。NMRは量子力学quantum mechanicsの手ごろな実践としても名高い。新しいepoch makingの日はすぐそこまで来ているのかもしれない。


文 献

(1) Purcell EM, Torrey HC, Pound RV. Phys Rev 69:37, 1946

(2) Bloch F, Hansen WW, Packard ME. Phys Rev 69:127, 1946

(3) Hahn EL. Phys Rev 80:580, 1950

(4) Hounsfield GN Brit J Radiol 46:1016, 1973

(5) Lauterbur PC. Nature 242:190, 1973

(6) Damadian R. US patent 3789832, 1972

(7) Kumar A, Welti D, Ernst RR. J Magn Reson 18:69, 1975

(8) Suryan G. Proc Indian Acad Sci 33, 107, 1951

(9) Singer JR. Science 130:1652, 1959

(10) Hahn EL. J Geophys Res 65:776, 1960

(11) Carr HY, Purcell EM. Phys Rev 94:630, 1954

(12) Stejskal EO, Tanner JE. J Chem Phys 42:288, 1965

(13) Manfield P, Pykett LL. J Magn Reson 29:355, 1978

(14) Phelps ME Hoffman EJ, Mullani NA, Ter-Pogossian MM. J Nucl Med 16:210, 1975

(15) Fox PT, Mintun MA, Raichle M et al. J Cereb Blood Flow Metab 2:89, 1984

(16) Belliveau JW, Rosen BR, Kantor HL, et al. Magn Reson Med 14:538, 1990

(17) Ogawa S, Lee TM. Magn Reson Imaging 8:557, 1990

(18) Pauling L, Coryell CD. Porc Natl Acad Sci USA 22:210, 1936

(19) Thulborn KR, Waterton JC, Matthews PM, Radda GK. Biochim Biophys Acta 714:265, 1982

(20) Kwong K, Belliveau J, Chesler D, et al. Proc Natl Acad Sci USA 89:5675, 1992



脚注

*1 第二次大戦中New Mexico州Los Alamosで行われていた原子爆弾開発のプロジェクト。

*2 Stanford大学に隣接して建つNMR装置の主要メーカー。

*3 剛体の並進運動としての“動き”。

*4 optical imagingの最新の検索によれば、hemoglobinによるとされていた賦活前後の信号変化は、細胞の拡張などをも含めた複合効果であるとの見方が有力である。

*5 NMRの立場から言えば、最終的な信号変化がdeoxy-hemoglobinを介していることに疑問の余地はない。


All Rights Reserved, Copyright (C) 1998, The Japan Society of Mechanical Engineers. Bioengineering Division

目次へ