3−1.超音波医学の歴史

                               武蔵工業大学
                                       井 出 正 男

1.はしがき

 超音波の医学への応用は、診断的応用と治療的応用がある。超音波の診断的応用は 誠に目覚しく日常の臨床診断に広く利用されており、医療機関において必要欠くべか らざる装置になっている。(1)(2)(3)(4)(5)  超音波を医学的診断に応用しょうとしたのは超音波のエネルギーを生物学・医学方 面に応用したのに比べて新しい。文献によると、1942年にAustriaのK.T.Dussikが脳 診断に超音波を用る方法の可能性を発表し、1947年に実験の結果を報告したのが最初 である。これは「透過法」と呼ばれる方法であり脳組織の超音波の吸収の度合が場所 により異なることを利用して脳を走査し脳の透過像を得るものであるが当時の画像は 病変部分の描写が不十分であったと考える。


2.超音波診断装置

 現在実用されている超音波診断装置の方式は
 1.超音波パルス反射法診断装置
 2.超音波ドプラ法診断装置
 3.細径プローブを用いた内視鏡的超音波診断装置
などである。

2.1 超音波パルス反射法診断装置

 パルス反射法は超音波パルスを生体内に放射し生体内の音響的に不連続あるいは不 均質なところからのエコーを検出しCRTなどに表示させるが、エコーの表示の方式 により  Aモード法:エコーを振幅の形で表示する。
 Bモード法:超音波ビームを走査して超音波ビームで生体を横断させエコーにより        断層像を表示するもので超音波断層像診断装置と呼ばれている。
 Mモード法:生体内の臓器の動きの時間的変化を表示するもので心臓の弁や壁の動        きの診断などに用いられる。
がある。

a.超音波断層像診断装置
 超音波ビームの走査の方法により幾つかの方式に分類できる。走査の速さにより低 速走査方式、高速走査方式に分かれる。低速走査方式では、探触子を機械的あるいは 手動的に動かして超音波ビームを走査するので、1枚の断層像を得るのに数秒程度を 必要とする。このため初期の頃の装置では、残光性のCRTを用いたり、CRTの像 を写真に記録するなどの方法が用いられていた。その後蓄積型CRTが用いられ、走 査終了後直ちに断層像が見えるようになった。しかしこれは階調の表示が不十分で あった。そのため階調性超音波断層像装置の研究が行われ(6)、階調特性の優れた装置 が実用されるようになった。  その後、探触子の駆動機構を工夫し高速に駆動できるようにした高速機械走査方式 や、探触子は固定したままで、超音波ビームを電子的手段によって走査する電子走査 方式などの装置が実用されるようになった。これらの高速走査方式では毎秒30枚程 度の断層像を得ることができるので、動きのある対象もリアルタイムで見ることがで きる。  高速走査方式の装置は、リアルタイムである特長のほか、探触子を体表上に当てる だけで断層像が得られるなどの特長があるため昭和51年頃より急速に普及した。  電子走査方式にはリニア走査とセクタ走査が実用されている。図1はリニア走査用 の探触子の一例を示すが、幅15mm、長さ100mm、高さ100mm程度の大きさであ り腹部などに用いられる。図2は電子走査の原理を示す。またセクタ走査用の探触子 は直径25mm、長さ100mm程度であり肋骨の間から心臓を覗き込むように診断する ことができる。

    
    図1 電子リニア走査用探触子の例



    
    図2 リニア電子走査超音波診断装置の動作原理




2.2 超音波ドプラ診断装置

 超音波ドプラ法は阪大の里村教授が世界に先駆け昭和30年に開発(7)されたもので ある。ドプラ効果を用いて、生体中の動いている部分すなわち心臓の弁の運動の観 察、血流の測定や胎児の心拍動の検出などの装置が開発されている。  超音波ドプラ装置には連続波超音波ドプラ診断装置および変調波超音波ドプラ診断 装置がある。また血流などから得られるドプラ信号は、単一の周波数でなく周波数の 広がりを持っているから、得られたドプラ信号を分析、表示して診断に供される。  最近はデジタル信号処理技術の進歩により、パルス法とドプラ法を併用して、心臓 内の血流の流れの方向や速度に応じてカラー化し、心臓の断層像に重畳してカラー表 示するカラーフローマッピング装置も開発されている(8)(9)(10)。  このような装置では心臓壁からの大きな信号と血流からの非常に弱い信号を分離す る技術や血流の方向、速度、および乱れなどの、血流情報を二次元的、かつリアルタ イムで表示させる技術が開発されている。


3.超音波の治療的応用

 超音波の治療的応用は超音波のエネルギーを用いて生体に作用させるものであるか ら、超音波診断装置に用いるものより、超音波のエネルギーが大きく、また超音波の 強さ(強度)が大きいものが用いられる。超音波の治療的応用(11)は、治療の目的や 使用する超音波周波数の違いにより、装置の構造、形状、超音波エネルギーの導入方 法と作用のメカニズムが異なる。

3.1 MHz 帯超音波を用いる方法

 超音波周波数が数MHz 帯の超音波では超音波が進行波的に伝搬媒質内を伝搬する ので、超音波を集束させたりすることができる。また生体組織の超音波減衰係数が比 較的大きいので生体組織を加熱する事ができる。超音波を集束させることにより目的 部位に選択的に作用させる事ができる。  この周波数帯では、超音波治療器、集束超音波メス、ハイパーサーミヤ、などによ り生体組織の加熱・ミクロマサージ、生体組織の破壊、癌の治療が行われている。
a.超音波治療器
 これは照射ヘッドを体表に接触させ体内に超音波を入射させる。超音波の周波数は 1MHz 程度、超音波の強さは1W/cu程度が用いられる。
b.集束超音波メス
 これは超音波を集束させ焦域に於ける非常に強い超音波により生体組織を破壊して 手術を行うものである。図3(a)は集束音場の発生方法の概略を示すが、振動子に超音 波レンズを装着したり凹面型の振動子を用い集束させる。焦域では数kW/cuの音場 を発生することができる。
c.ハイパーサーミヤ
 超音波を用いたハイパーサーミヤは超音波により生体組織を加熱し癌の治療を行う が、超音波エネルギーを制御して目的の部位を約43℃に保つ必要がある。この為に は無侵襲で目的部位の温度測定を行うことが望ましいがこれはかなり難しい。しかし 生体組織は温度により、音速や超音波の減衰が変るので超音波的な方法によってもこ れが可能と思われる。この応用では比較的広い超音波ビームを発生させる必要がある が図3(b)はこの方法の一例を示す。

    
    図3 音場の発生 (a)



    
    図3 音場の発生 (b)




3.2 数十kHz帯超音波を用いる方法

 周波数が数十kHz帯の超音波を用いる方法は振動子にホーンなどの機械振動系を接 合した機械振動系が用いられるが、これらは使用する周波数で共振するように設計さ れている。これらを用いた装置は機械振動系の先端部に装着された工具等を直接生体 に当て、工具の振動振幅、振動速度、振動加速度などの力学的な作用を利用している ので、その作用機構はMHz 帯の超音波とかなり異なる。
a.超音波機械振動系メス
 図4は超音波機械振動系を用いたメスの構造の一例を示すが、これは超音波発生用 振動子に金属製の指数ホーンなどを接合し、このホーンの先端に半波長のメスを接合 している。メスを超音波周波数で振動させることにより、摩擦力減小作用等により切 れ味を良くする事ができる。
b.結石破砕装置
 尿路結石を経尿道的に超音波機械振動系の先端に接合したワイヤー状の超音波機械 振動系を結石まで導き超音波振動の衝撃力により結石を破砕するものである。なお、 腎臓結石の場合は経皮的に行われる。
c.白内障用装置
 これも超音波機械振動系の先端で水晶体を僅かずつ破砕していくもので、破砕屑は 先端部の吸引パイプにより体外に排出される。
d.歯石除去用装置
 図5は歯石除去用装置のヘッドの構造の一例を示す。
e.超音波破砕吸引装置
 『CUSA』とも呼ばれるが、これは商品名であるので超音波破砕吸引装置と呼ん だ方がよいが、白内障用の手術装置とほぼ同様な構造をしている。

    
    図4 超音波メス(機械ホーン型)


    
    図5 歯石除去用超音波ヘッド




4.むすび

 超音波医学の歴史的展望を述べたが、最近の超音波診断装置の進歩は目覚ましく画 質もX線を使用したものに比べて遜色の無い程改善された。なお超音波とX線とでは 画像の取得のメカニズムが異なるので直接の比較はできないが、画像診断を異なった 手法で行うことは可視化されるものが異なるので意義がある。  また超音波の治療的応用についても述べたが、超音波の治療的応用は超音波のエネ ルギーを用いて生体に作用させるものであるから、その実施に当っては、作用のメカ ニズムの把握と共に超音波のエネルギーや超音波の強さの測定(12)が重要である。  また超音波診断装置も出力が大きくなる傾向にある(13)ので注意する必要がある。

文 献

(1)日超医編; "超音波医学:初版",医学書院, (1966)
(2)日超医編; "超音波医学:第2版",医学書院, (1973)
(3)日超医編; "超音波診断法",医学書院, (1988)
(4)井出正男編; "超音波診断法",電波実験社, (1973)
(5)井出正男; "医用超音波",電子通信学会誌,66巻11号, 1115-1122, (1983)
(6)井出正男,増澤信義; "超音波診断装置の階調特性の改善", 12回日超医講演論文集, 49-50, (1967)
(7)里村茂夫; "超音波による末梢循環の検査法", 音響学会誌, 15巻、P151, (1959)
(8)尾本良三 編著; "リアルタイムドップラ断層心エコー図法", 診断と治療社, (1983)
(9)滑川孝六,近藤裕司,河西千広他; "実時間二次元血流映像システム", 42回日本超 音波医学会講演論文集, P541-542,(1983)
(10)河西千広,滑川孝六; "超音波ドプラを用いたリアルタイム二次元血流映像法", USE, 17-20, (1986)
(11)井出正男監修; "超音波応用", 電波実験社, (1980)
(12)井出正男; "超音波の音場測定に関する動向", 54回日超医講演論文集, 95-96, (1989)
(13)井出正男; "超音波の出力と安全性", -現用超音波診断装置の出力調査-, 60回日超 医講演論文集, 21-30, (1992)


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