芝浦工業大学工学部 山口 隆平 芝浦工業大学は昭和2年に創立され,昭和24年に工学部,平成2年に設立された システム工学部の2学部からなる.このうち,本部門に関連のある研究室として工学 部機械工学科の山口研究室およびシステム工学部機械制御システム学科の舟久保研究 室がバイオエンジニアに関連する研究に従事している.本稿では,このうち工学部機 械工学科山口研究室の研究活動について紹介する. 山口研究室では,主に高齢化社会に向けて今後大きな社会問題となる脳溢血や心筋 梗塞といった循環器系の病変である動脈硬化や動脈瘤などの血管の病理学的異変に対 する流体力学的因子の影響,呼吸器系における酸素や二酸化炭素のガス交換に対する 流体力学的促進効果を流体力学的観点から調査するため,特に分岐流れに重点をおい た流体力学的課題に取り組んでいる.その展開状況について要約する. (1)非対称分岐部おける流体力学的構造と血管病変 動脈硬化性病変等の循環器系の病理学的異変が大動脈弓や腹大動脈から臓器へ分岐 する血管部位に好発することから,血管の幾何学的形状に起因する流れ構造と血管病 変との関係が指摘されて久しい.この発生機序に対して,CaroとFryによる低および 高壁せん断応力という相反する有名な議論があった.最近の研究では,Caroの提唱し た低壁せん断応力の部位に動脈硬化症に至るアテローム斑や内膜肥厚が観察され,低 壁せん断応力説が有力である.当課題では,腹大動脈から腎臓への分岐部をモデル化 し,工学的にもよく見られる主管から枝管がほぼ直角に分岐する直角分岐流を取り上 げ,血管壁に直に作用する流体力学的因子である壁せん断応力を酸化還元系の電解液 を用い電気化学的な直接法で測定している.分岐流れ分割点に相対する枝管上流コー ナ回りでは,従来の2次元流れ的考察によれば流れは剥離し,壁せん断応力は小さい とされてきた.当研究室の三次元分岐の壁せん断応力の結果によれば,枝管上流コー ナ回りで壁せん断応力は小さいというよりも,主管上流の十倍以上の振幅で正弦的に 変化することが明らかになった.このような流れ構造は,本研究グループが検討して いる電気化学的な壁せん断応力を直接測定した結果得られたものであり,三次元流れ 場は二次元的な観点から推測できない.また,近年その進歩の著しい数値解析におい てさえ,実際の三次元流れ場を解析することは極めて困難なことから,実験的な流れ 解析の重要性が示されたと言える. (2)脳前交通動脈における動脈瘤発生に対する流体力学的効果 脳細動脈ウイリス輪の主要部を構成し,その構造が生体では希な特異部である前交 通動脈は,脳溢血に至るクモ膜下性動脈瘤発生の30%以上を占める好発部である.そ こで,前交通動脈を2本の管路が前交通動脈に合流し,合流と同時に同一2方向に分 岐する管路でモデル化した.動脈瘤は,この合流部回りの流れ分割点回りに発生する ので,流れ分割点回りの壁せん断応力を前記と同様の方法により計測している.その 結果によれば,上流の合流管流量の不均衡により,流れ分割点回りでは壁せん断応力 400dyn/cm2(40Pa)を優に越えることや,壁せん断応力の勾配が極めて大きな値に 到達するという知見を得ている. (3)Y形分岐を通る振動流における対流混合効果 この課題では呼吸器系における酸素や二酸化炭素の混合が,呼吸器を構成する基本 要素であるY型分岐において如何なる要因で促進され,その効果に流体力学的影響が 如何に作用するかを検討している.さらに,新生児や呼吸器疾患者に対する人工呼吸 法としての高振動呼吸器における換気促進効果を調査している.このほかに,工学的 見地から典型的な非対称分岐としてのT形直角分岐を取り上げている. (4)T形直角分岐における壁せん断応力と枝管内の周期的変動 この課題は,基本的には(1)と同課題であり,さらに発展させたものである.流 体輸送機器の基本構成要素であるT字型直角分岐管入口では,腐食および壊qといっ た損傷が激しいこと,また枝管内で流れ変動が周期的であり枝管流れが複雑なことに 着目した.その結果,枝管入口コーナ回りでは壁せん断応力の変化は上流管の十数倍 の大きさに到達し,かつ変動の激しいことが示され,この変動が管壁の損傷に大きく 影響することが推測される.さらに,最近の調査によれば,枝管内流れは周期的に変 動し,まるで円柱後方に発生するカルマン渦構造のような周期性のある流れ現象が観 察されている. 今後,先の二課題で明らかにされつつある血管分岐および合流での流れ構造が,と くに血管と血液に直に接する血管の最内側の細胞である内皮細胞に対する壁せん断応 力の正弦的な勾配がいかなる影響を及ぼすかについて生物学的な観点からも検討を試 みる.
All Rights Reserved, Copyright (C) 1997, The Japan Society of Mechanical Engineers. Bioengineering Division目次へ