筑波大学構造工学系 石黒 博 自然界には、寒冷の厳しい環境を生き抜く種々の生物(越冬性の爬虫類、両生類、 昆虫、魚など)がおり、それらは、低温に対する独特の防御法(兵法)を身につけて いる。その兵法は、体の凍結を完全に回避する場合(凍結回避)と、体の一部を積極 的に凍結させ過冷却を伴わない状態で耐え忍ぶ場合(耐凍性)に分類される。 兵法氈D完全な凍結回避: a)体内の低分子量の水溶性溶質(塩、糖(グルコース、 トレハロースなど)、糖アルコール(グリセロール、ソ ルビトールなど))を増加させ、束一的に、体液の平衡 凝固温度(融解温度)を環境温度より低下させる。 b)体液の平衡凝固温度にはほとんど影響を与えないが、 体液の凝固開始温度を非束一的に安定に低下させる特 殊なポリぺプチドや糖ペプチド(不凍タンパク質)を 体内で合成し、環境温度において体液の過冷却を安定 に維持する。 兵法.細胞外凍結と細胞の浸透圧脱水による細胞内凍 結の回避: 細胞内凍結は、通常、致命的であるため、氷核生成化 物質の合成により体内の細胞外凍結を促進し、凍結濃 縮・細胞の浸透圧脱水により、環境温度における体液 の過冷却を回避すると共に、低分子量の水溶性溶質の 合成により細胞の浸透圧脱水による細胞の体積減少を 緩和する。 例として、兵法-b)は、極海や北温帯の海に生息する魚や越冬性の昆虫に見られ、 兵法-a)と兵法は、越冬性の爬虫類、両生類、昆虫に見られる。 当該の耐凍性を有するカエルやカメでは、体液の凝固温度以下の寒冷にさらされる と、体内で凍結が起こる。凍結は、体表から内部に向かって(外表に近い組織、器官 外、外表に近い器官、内部に位置する器官の順で)進行し、循環機能など停止する。 組織や器官の凍結形態は、氷核生成タンパク質の存在と細胞外の大きな体積のため に、細胞外凍結であり、凍結の進行と共に細胞は浸透圧脱水する。これらは、致命的 損傷の原因とはならず、体全体の水の約60〜65%の凍結に耐えることができる。一 方、解凍は、凍結過程と比べると、体内でほぼ一様と見なせるが、内部の重要器官の 解凍が幾分早く、血液循環や酸素供給などが再開する。 我々には、生体の組織、器官、さらには、個体全体をも凍結により保存できればと いう願いがある。凍結保存の実現とその技術の発展のために、自然の寒冷を生き抜く 生物がお手本となるかもしれない。