4−2.低温環境を生き抜く生物の話

                      			         筑波大学構造工学系
                                                             石黒  博

 自然界には、寒冷の厳しい環境を生き抜く種々の生物(越冬性の爬虫類、両生類、
昆虫、魚など)がおり、それらは、低温に対する独特の防御法(兵法)を身につけて
いる。その兵法は、体の凍結を完全に回避する場合(凍結回避)と、体の一部を積極
的に凍結させ過冷却を伴わない状態で耐え忍ぶ場合(耐凍性)に分類される。

   兵法氈D完全な凍結回避:
    a)体内の低分子量の水溶性溶質(塩、糖(グルコース、
    トレハロースなど)、糖アルコール(グリセロール、ソ
    ルビトールなど))を増加させ、束一的に、体液の平衡
    凝固温度(融解温度)を環境温度より低下させる。
    b)体液の平衡凝固温度にはほとんど影響を与えないが、
    体液の凝固開始温度を非束一的に安定に低下させる特
    殊なポリぺプチドや糖ペプチド(不凍タンパク質)を
    体内で合成し、環境温度において体液の過冷却を安定
    に維持する。
   兵法.細胞外凍結と細胞の浸透圧脱水による細胞内凍
       結の回避:
    細胞内凍結は、通常、致命的であるため、氷核生成化
    物質の合成により体内の細胞外凍結を促進し、凍結濃
    縮・細胞の浸透圧脱水により、環境温度における体液
    の過冷却を回避すると共に、低分子量の水溶性溶質の
    合成により細胞の浸透圧脱水による細胞の体積減少を
    緩和する。

 例として、兵法-b)は、極海や北温帯の海に生息する魚や越冬性の昆虫に見られ、
兵法-a)と兵法は、越冬性の爬虫類、両生類、昆虫に見られる。
 当該の耐凍性を有するカエルやカメでは、体液の凝固温度以下の寒冷にさらされる
と、体内で凍結が起こる。凍結は、体表から内部に向かって(外表に近い組織、器官
外、外表に近い器官、内部に位置する器官の順で)進行し、循環機能など停止する。
組織や器官の凍結形態は、氷核生成タンパク質の存在と細胞外の大きな体積のため
に、細胞外凍結であり、凍結の進行と共に細胞は浸透圧脱水する。これらは、致命的
損傷の原因とはならず、体全体の水の約60〜65%の凍結に耐えることができる。一
方、解凍は、凍結過程と比べると、体内でほぼ一様と見なせるが、内部の重要器官の
解凍が幾分早く、血液循環や酸素供給などが再開する。

 我々には、生体の組織、器官、さらには、個体全体をも凍結により保存できればと
いう願いがある。凍結保存の実現とその技術の発展のために、自然の寒冷を生き抜く
生物がお手本となるかもしれない。


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