3−2.レーザ医学の歴史

                           防衛医科大学校医用電子工学講座
                                              荒井 恒憲

1.レーザ医学の創始期:第一世代

 レーザの医療応用の歴史は古く、初めてルビーレーザが発振してから数年以内に生 体に照射した報告が出現している。最近は、実用化したレーザドップラー表皮血流量 計や、次世代の機能的断層画像法として注目されている光CTの研究など診断学の話 題も多いが、現在に到る20余年の歴史では実用上専ら治療機器を中心に推移してきた ので、本稿では治療器に関して述べることにする。  表1に第一世代のレーザ治療器についてまとめた。ここで第一世代とは1975〜80年 ごろまでを指すものとする。長い間、医療用レーザとしてはこの表にあげたCO2、 Nd:YAG、Ar、の3種類と、用途が限られるがルビーレーザがもっぱら使われてきた。 CO2レーザ、Nd:YAGレーザの治療器は外科手術の基本手技である切開、および止血凝 固を行うものであり、あらゆる外科系の臨床で用いることができた。CO2レーザ治療 器、通称「レーザメス」は夢の「無血手術」を実現する画期的な治療器としておおい にもてはやされ、普及した。確かに止血能、創傷治癒特性において、普通のメスと電 気メスの中間的な特性を有しており興味深い治療器であったが、その価格を考えたと き従来のメスに代替するほどのメリットを出せる手術は限られていた。一方、眼科、 消化器内科、形成外科においては新しい動きが生じていた。Arレーザによる網膜凝固 治療はArレーザの緑色の可視光が網膜に到るまで途中傷害なく透過し、網膜で熱化す ることを利用した治療器である。この治療器の出現によって、網膜剥離症や眼底出血 の患者は手術を行うことなく外来で処置できるようになった。このレーザ治療はレー ザの無侵襲性がいかんなく発揮され、従来法を完全に凌駕して標準的治療法となった 最初の例となった。形成外科においては、皮膚の血管腫や痣(あざ)などメラニン、 ヘモグロビンなどの色素に富んだ病変の治療に、吸収の大きいレーザ波長を用い健常 組織をできるだけ傷害しない、いわゆる選択治療が完成した。また消化器内科におい ては、Nd:YAGレーザが消化器内視鏡の鉗子孔に挿入できる細径ファイバで伝送可能な ことから、消化管出血の止血、早期胃癌の熱凝固治療という内視鏡下レーザ治療が開 発された。このように第一世代では、外科系の汎用レーザ治療器を中心にしながら も、「無侵襲治療」、「選択治療」、「内視鏡治療」などのレーザ治療の特性を発揮 した各種の治療が創始された時期であった。

    
    表1 第一世代レーザー治療器の用途と特性



2.レーザ医学の発展期:第二世代

2-1 多様化とレーザの性質を活かした展開

 表2に第二世代のレーザ医学の年表を波長別に階層化して示した。1980以降の現在 に到るレーザ医学の展開は、レーザの特性を活かした多様化の様相を示している。す なわち各治療器は特定の科の特定の疾患の治療を目的に設計、開発されたものになっ ており、新たに開発された汎用機器はごく少数である。レーザの種類も多くなってき ており、紫外のエキシマレーザ、Ho、Erなどの赤外固体レーザ、大出力半導体レーザ などが導入された(1)。またレーザではないがコヒーレント光源としてオプティカルパ ラメトリックオッシレーター(Optical parameteric oscillator:OPO)も実用化一 歩手前まできている。「内視鏡治療」、「無侵襲治療」の路線はさらに血管内の経カ テーテル的治療として発展し、「選択治療」は薬剤で病変部選択性をさらに増強する 光化学癌治療(Photo-dynamic therapy:PDT)へと発展した。また新たに「精密蒸 散治療」がレーザ治療の特長に加えられた。すなわち角膜をμm精度で精密加工する 技術がレーザ蒸散によって実用化された。 対象部位も、角膜、動脈硬化、前立腺、半月板、骨、歯、結石など多用化している。 特に各種パルスレーザの医療治療器への応用が進められた結果、硬組織が治療対象に 入ってきた。以下に重要ないくつかの治療器用レーザに関して現状を述べる。

    
    表2 第二世代のレーザー治療器(波長別年表)




2-2 小型で安価な半導体レーザ

 半導体レーザは従来から低出力のものが除痛治療用に用いられており、新しいレー ザ治療器とはいえないが、最近大出力の半導体レーザ手術装置が出現してきた。半導 体レーザの利点は、素子が極めて小さい上に周辺装置も簡単なので、全体に装置を小 型化できる点にある。また、半導体レーザ素子は集積回路を作るのと同じ手法で製作 するので、量産によって単価が安くなる効果が期待できる。近年、最近大出力で寿命 の長い0.5W〜2Wの連続半導体レーザ素子が製作できるようになった。1素子では治 療用には出力が足りないので、これを多数実装することで出力25〜60Wの小型装置を 構成する。  内視鏡下使用を可能とし、操作性を高めるために、レーザ治療器ではファイバ伝送 が極めて重要である。半導体レーザの出射ビームはビーム断面積が小さいために広が り角が大きく、光ファイバでの伝送が難しい。具体的には石英光ファイバの開口数は 0.2程度なのにもかかわらず、細径ファイバへの入射のためには短焦点のレンズで開口 数0.3以上の集光を行うことが必要とされ、ファイバ端に集光はできても効率良い伝送 ができない状態になるためであった。これに対して、Geなどの添加でコアの屈折率を 高めた特殊な石英ファイバ(高開口数(0.35〜0.45)ファイバ) が開発され、さらに光を 集光する微小レンズの製造法が発達したため、実用上問題無くファイバ伝送が行なえ るようになった。ただし、ファイバ直径は400〜600μmとやや太くて堅く、Geを添 加したためファイバ素材自体も熱暴走しやすいなどの欠点もある。  半導体レーザ治療器の800nm近傍の光は機能的には従来のNd:YAGレーザ治療器と ほぼ同じで、主たる用途は、一般外科および内視鏡下治療における凝固・止血および 接触照射法による小切開である(2)。現状でもNd:YAGレーザ治療器の代用にはなる が、より高い切開能の付与するため、可視光の大出力半導体レーザ素子の開発が待望 される。 最近PDT用であるが波長664nmの赤色連続レーザ装置が医療用に開発されて いる。


2-3 硬軟両組織が治療できる赤外固体レーザ

 YAGロッドに、HoやErといった元素をドープすると、それらの物質からの発振が得 られる。これらのレーザの発振帯は生体吸収が大幅に変化する1〜3μmの波長域にあ る。特に波長2.1μmのHo:YAGレーザは、裸眼に対する障害閾値が比較的高い、いわ ゆるアイセーフレーザとして軍用の測距装置として検討されてきた。これらのレーザ は、特殊な冷却をしない限り連続で発振させることはできず、全てパルス幅100〜 200μs程度のパルス発振である。  発振波長2.1μmのHo:YAGレーザは石英ガラスファイバで短距離医用伝送(〜4m) が可能な最長波長のレーザである。Ho:YAGレーザに対する生体の光吸収係数は約 20cm-1(光侵達長0.5mm)であり、Nd:YAGレーザよりも1桁以上大きく、切開用レー ザとして使用できる。Ho:YAGレーザをファイバ伝送し生体組織に非接触照射すると、 切れ味はCO2レーザには及ばないものの切開能を示す。また接触照射すると組織内に 直径3〜5mmの水蒸気気泡が短時間発生し、組織に圧力が掛かって切開能が増す。連 続レーザの接触照射では蒸散組織の一部が炭化物として照射端に付着しやすいが、パ ルスのHo:YAGレーザでは付着物が吹き飛ぶので安定した照射条件で接触照射が可能で ある。Ho:YAGレーザの最大の特徴は組織に圧力をおよぼす蒸散を行なえることにあ り、連続レーザでほとんど切れなかった硬組織に対する切開をが可能である(3)。すな わち、半月板などの軟骨組織除去、小規模な骨切開、石灰化動脈硬化除去、尿路結石 破砕などに用いることができる。このようHo:YAGレーザは硬軟両組織の切除、破壊に 用い得る汎用医用レーザである。現在、整形外科手術を中心とした外科術一般に使用 できる装置と、動脈内レーザ手術専用の装置が開発されている。  波長2.94μmのEr:YAGレーザはHo:YAGレーザよりも強い軟組織切開能と、より弱 い硬組織破壊特性を持つレーザ種である。石英ガラス光ファイバで伝送できないのが 欠点だが、最近フッ化物ガラスの新しい光ファイバが開発され、医用レーザとしての 重要性が高まった。我が国では歯科・口腔外科領域を中心に応用が始まっている。


2-4 精密蒸散が可能なエキシマレーザ

 エキシマレーザは工業用レーザとして広く普及しいる。紫外光は光子エネルギーが 大きく、物質構成分子の内部結合を切断するphotodestructive ablationの機構によ り非熱的精密レーザ生体蒸散が可能なレーザとして注目されてきた。実際、蒸散孔の 周囲の熱損傷は極めて少ない。この蒸散機構に関しては赤外レーザと同じ熱蒸散の機 構の関与が大きいことが最近わかってきた。紫外光には催奇毒性、生体毒性の問題が あるので、催奇性発現確率が最も高い260nm近傍を避け、長波長のXeCl (308nm)、短波長のArF(193nm)が医用レーザとして実用化した。XeCl エキシ マレーザは動脈内手術に、ArFエキシマレーザは角膜形成術用に使用される。  石英ガラスは紫外光を透過するが、光ファイバを用いたエネルギー伝送のような高 強度光では、格子欠陥が生じて色中心を形成し、散乱によりファイバ透過率が減少す る。これが原因で紫外高強度光の光ファイバ伝送が事実上不可能なのは、エキシマ レーザの医用応用を考えるときに極めて重大な欠陥であった。これに対して、波長 308nmのXeCl エキシマレーザのパルス幅を通常の約20倍の200ns以上と長パルス 化して光強度を抑え、石英ファイバに格子欠陥を自己修復するような物質を新たに ドープするなどの検討の結果、治療応用可能なエネルギーのXeCl エキシマレーザを ファイバ伝送することができた(4)。これによってエキシマレーザを用いた初めての治 療器として、XeCl レーザを用いた動脈内レーザ手術装置が実用化した。  最近注目を集めているのはArFレーザによる角膜形成術(屈折率矯正手術)である。 ArFレーザは短波長ゆえにファイバ伝送が不可能であるが、現在の医用レーザ中で最も 精密な生体蒸散が可能なレーザである。外部からアプローチでき、精密な形状変化が 必要で、かつ蒸散量が少ない角膜/角膜形成術は部位、使用目的共にArFレーザ蒸散の 最適の応用といえる。特徴的なのはその精密さであり、角膜実質を1ショットにつき1 μm程度の速度で精密に加工する。角膜蒸散は角膜曲率を変化させて屈折率を矯正す る手術の他、角膜上部の遺伝性の病変(角膜ジストロフィ)の治療にも用いられる (図1)。屈折率矯正を必要とする患者数は、全人口の数%に達すると考えられてお り、レーザ治療器としても非常に大きい市場となることが予想されている。我が国の メーカーを含む大小10社以上が製造・開発に参入しており、最近米国FDA(Food and drug administration)からpremarket approvalが与えられ本格的な普及の時代に突 入した。近い将来、我が国の厚生省の認可も下りるものと思われる(5-6)。

    
    図1 種々の角膜治療
       角膜削除術(PRK:Photorefrective keratectomy),
       放射状角膜削除術(RK:Radial keratectomy)(従来法),
       治療的角膜形成術(RTK:Phototherapeutic keratectomy)





3.レーザ医学の未来

 レーザ治療がどのように近未来の医療の課題に関連しているかを図2に示した。重要 な医療の課題の一つに、患者のQuality of life(QOL)の向上が挙げられる。この課題 には色々な側面があるが、外科術を伴う治療の場合、簡単に言えば患者が術後管理か ら早く離脱でき、早期退院(入院期間の短縮)して早く社会復帰することを指す。一 方、高齢者の増加、医療費の高騰で社会保険制度は破綻の危機を迎えており、「速く 確実に」に加えて「安く」医療を提供しなければならない。これらの課題に対する有 力な解決手段として侵襲の少ない内視鏡下治療がある。内視鏡下治療では細径の伝送 路を有し、出血(量)が確実に制御でき、生体内で安全に使用できる治療手段が必要 である。レーザ治療器はこれらの条件に適合している。内視鏡下でレーザ治療を行な えば入院期間短縮が可能で、医療コスト節減に大いに寄与するはずである(7)。外来で の治療も検討項目となっており、出血量が少なく止血性が良好なレーザ治療が治療手 段として有用である。一方、外科術は手技の熟練を必要とする治療であるが、その確 実性を高めるため自動化を行なう動きが活発になってきた。いわゆる、コンピュータ 外科、ロボット手術といった分野である。この分野でも、非接触で確実な制御性を持 つレーザは必須の治療手段である。新しいレーザ種の登場によってレーザ治療を適用 する治療がより多くなり、内視鏡治療を中心とした、次世代の手術の中心的役割を果 たすことが期待される。

    
    図2 近未来の医療とレーザー治療の関係




参考文献

1)荒井恒憲:新しい医用レーザ装置. JOHNS、10:737-741、1994.
2)鈴木博昭、増田勝紀:高出力半導体レーザシステムの内視鏡治療への応用.
  日本レーザ医学会誌、14(1):21-25、1993.
3)荒井恒憲:Ho:YAGレーザ治療器. 医学のあゆみ、168:813-816、1994.
4)Taylor RS, Leopold KE, and Brimacombe RK:Long optical pulse excimer
  lasers for fiber optic delivery. Proc. SPIE. 1041:198-203, 1989.
5)荒井恒憲:角膜屈折矯正用エキシマレーザ装置. 日本レーザ医学会誌、
  16:37-45、1995.
6)荒井恒憲:医療におけるエキシマレーザの役割. O+E、(192):94-101、
  1995.
7)荒井恒憲:レーザ治療器の開発動向. オプトニューズ、90:21-23、1995.



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