3−1.人工心臓の歴史
京都大学 工学研究科
赤松 映明
1.はじめに
心臓移植のドナー不足,移植心の生存率が必ずしも高くないこと,さらには心機能
の回復を待つ治療機器としての人工心臓が注目されるに及んで,小形・簡便・低価格
のターボ型ポンプの開発の意義は大きく,1992年,国際ロータリーポンプ学会が設立
され,毎年国際会議が開催され,年を追って盛況になり1996年8月,東京で第4回の
国際会議がもたれるに至っている.ターボ型には図1に示すように1.軸流式,2.斜流
式,3.遠心式の3種類があり,軸流式では羽根車(インペラー)の回転を介して流体に運
動エネルギが与えられる.この運動のエネルギはインペラーの内部とインペラーを出
た外部でそれぞれ圧力にも変換される.遠心式では,これに,インペラーの回転に伴
う遠心力による圧力上昇が付け加わる.斜流式は両者の中間に位置する.上の記述は
数式を用いて理論的に表示することができる.遠心式は軸流式に比べて回転による遠
心力をも利用するので,所要の圧力を得るに必要な回転数,正確には,周速度Rω(Rは
インペラー半径,ωはその角速度)が軸流式より低くてよい.その分,溶血の低減が期
待できる.反面,遠心力利用のためインペラー外径が軸流式よりも大きくなる.この
他,回転軸を保持する支持機構の形状が血液凝固・溶血に対するwashoutならびにそ
の補助機構・所要動力等の点でどちらが優れているか等を考えると,まず遠心型を選
択することになる.
図1 ターボ型ポンプのインペラー形式
2.ターボ型血液ポンプの開発の歴史
定常流ポンプは拍動流ポンプに比べて,@部品数が少ない.A流入弁・流出弁が不
要である.Bポンプの操作が簡単である.Cポンプ効率が高い.D小型で低価格であ
る.Eコンプライアンスチャンバーが不要である.F小口径のカニューレでも送脱血
が可能である.等の利点を有しており,次世代の人工心臓として期待されているが,
まず,その開発の歴史をたどってみよう.
現在,臨床に多用されている Biomedicus Pump の原型がすでに1973年に存在し
ていた.このポンプは三層に組み合わせたコーンの回転が粘性摩擦により流体に伝え
られる遠心ポンプである.(図2).1974年,BernsteinらはMedtronic社の遠心ポン
プを用いた動物実験を開始し,2週間にわたる左心バイパス実験の結果についての報告
(1976)は一時,無拍動の定常流は非生理的で循環の維持が困難であると受取られた.
しかし,1978年能勢らは同じMedtronic社のポンプ(図3)を用いて動物実験を開始
し,34日(1980)から99日(1982)の長期生存が得られるに及んで,最初の3週間に十
分な流量と圧力を維持すれば,無拍動でも生存の障害とはならないことを示し,これ
が定常流ポンプ開発の気運を醸成した.この際用いられたポンプは,軸シール部での
血栓と漏れを防ぐため,その部分を生理食塩水でパージし,ポンプを何回も取換えて
長期にわたる実験が行われた.この軸シール部での難点を解消する方法が早くも1981
年,ベルリン自由大学のBauermeisterとAffeldらによって提示され,Teaspoon
Pump(1982)として発表された.
図2 Bio Pumpポンプヘッドの説明図(カタログより)
図3 米国Medtronic社製遠心ポンプ断面図
2.1 歳差式血液ポンプ
これは旋回軸がすりこぎ運動(歳差運動)を行い,この軸の旋回中心の近くにダイアフ
ラムが取り付けられている.この軸に取り付いた羽根は公転はするが自転はしない.
当初,このポンプは効率が低く,また,溶血も多く,性能の改善を要するものであっ
た(図4).ベルリンのグループからの誘いもあって,筆者の赤松はこの研究に取り組
み,1984年ポンプ中心部にコアー部を設けて流れを整えることで効率が向上すること
を見いだし,1985年,歳差式遠心ポンプの1号機を発表した.その後,羽根,コアー
部,ケーシングの形状に改良を加え,効率は当初の20%から50%に向上し,1989年
には研究室レベルでの完成を見た(図5).しかし,問題は残された.@フレキシブルダ
イアフラムの耐用期間は2週間と短いこと,A比較的溶血が多く,人工心肺用の送血ポ
ンプも兼ねるようにとの要請から,高い圧力を得るため,回転数を上げると溶血の急
増を招くこと,B構造上,ポンプ軸に対して非対称で,回転不釣り合いから来る振動
が生じること等であった.
1991年,壁井らは,このすりこぎ軸の旋回中心位置に軸に直角に円板を取り付けた
揺動円板型遠心ポンプ(図6)を発表,その後も開発が続いている.さらに,阿部らは
1993年,巧妙な機構により壁井らの揺動円板と類似の動きをする切欠き円板を用いた
別構造のポンプ(図7)を考案した.このポンプと壁井のポンプとは流入・流出口の位置
ならびに円板表裏の利用方式に相違はあるもののポンプ作用は類似しており,さらに
問題点は先の赤松らのポンプとも共通していて,最大の問題点はダイアフラムの耐久
性である.
図4 Teaspoon pumpの概念図(上)とポンプ構造(下)
図5 歳差式遠心血液ポンプの構造
図6 揺動円板型遠心血液ポンプの構造
図7 小型容積型連続流血液ポンプの構造
2.2 磁気浮上遠心血液ポンプ
軸シールの問題を解消するもう一つの方法は羽根車(インペラー)を磁気で浮上させる
方式である.1985年,Olsenらは5軸制御のオーソドックスな方法で試みたが成功し
なかった.1991年,赤松はNTN(株)と共同で,Kyoto-NTN磁気浮上式遠心血液ポ
ンプの開発に成功した.このポンプのインペラーは2枚の中空円板に挟まれ,一方の円
板はモータにより駆動される磁気カップリングを,他方の円板は3軸制御の磁気軸受を
構成している(図8).インペラーに働く軸方向ならびに半径方向の流体力がつり合うポ
ンプ形状に工夫されている上,静的には永久磁石同志でつり合うゼロパワー方式を
採っているので,磁気浮上のための動的電磁力は小さくて済み,この結果,コンパク
トで消費電力も少なく,これが本ポンプの開発を成功させた要因で,溶血もBioPump
よりも少なく,目下,動物の生存日数は11月現在,7ヶ月を超えている.最近,米国
のAbiomed社とスイスのETHで別種の磁気浮上血液ポンプの開発が始まっていること
をつけ加えておく.
上述のような完全非接触型ではなく,インペラーの支持に@1点あるいは2点ピ
ボット,A3点ボール,B環状端面等を用いる各種のものがある.Baylor医科大学の
Gyro Pump (1991)は2点ピボット支持で,その後,傾斜偏心流入ポート(図9)等の工
夫(1994)がつけ加えられている.
一点ピボットとして,山根(1995)は軸の一端をピボットで支え,軸の首振りを他端
(入口部)の永久磁石の反発力で抑える方式を採っており(図10),またMendler
(1995)は回転駆動用磁気カップリングの吸引力と点ピボットで構成される"弥次郎兵
衛"方式(図11)で多少の首振りは許容している.これをボールによる3点支持に替えれ
ば安定になり,これがSchima(1995)の方式である.また,国立循環器病センターの
遠心ポンプ(図12)は流入ポートでのインペラー端面の接触のため,摩滅を生じながら
も約200日の動物の生存を得ている.ここに掲げた接触型はすべて接触部で軸方向な
らびに半径方向の力を支えていて,血流のよどみ,摩擦・磨耗等の負の影響が生じる
はずであり,またシュラウド側に働く圧力の高低によって入口方向あるいはその逆の
方向に押しつけられたり浮き上がったりする不安定が生じる.したがって,長期に亘
る動物実験による許容限度についての検証が必要である.
図8 磁気浮上式遠心血液ポンプの構造
図9 偏心流入ポートを持ったGyro Pumpの構造
図10 モノピボット磁気支持遠心血液ポンプの構造
図11 一点支持遠心血液ポンプ(Mandler)の構造
図12 国立循環器病センター型遠心血液ポンプの構造
2.3 従来型遠心ポンプ
前節は軸シール部の問題を解決しようとする試みであったが,特にこのことに配慮
せず,短期間の仕様に限定される通常のポンプが当初から作られてきた.Sarns社,
St.Jude社,ウィーン(1991)ならびにアーヘン(1991)のグループ,Baylor-Nikkiso
(1993),テルモ社(1992)等がある.この中で,アーヘンのポンプは工学的設計基準
に従って丹念に作られており,テルモ社のCapioxポンプ(図13)はインペラーの外径が
70mmと大きく,その流路断面積は一定のストレート・パスで高い圧力が得られる.
また,Baylor-Nikkisoは小形で溶血も少なくパージによって軸シール問題に対処しよ
うとすることの試みもある等それぞれ特徴を有している.
図13 テルモCAPIOXポンプの構造
2.4 軸流ポンプ
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ついで軸流ポンプについて述べるが,何と云っても1986年,Hemopumpの出現は
強いインパクトを与え,軸流型ポンプが続々と登場するきっかけをつくった.このポ
ンプは,カテーテルの先端に直径7ミリの軸流ポンプをつけ,大腿動脈から逆行性に大
動脈弁をすり抜けて左心室に挿入され,左心室から大動脈にくみ出すもので,約3(l/
min)の拍出量を有する.IABPと補助心臓の中間に位置づけられる.体外におかれた
モータ軸につながるフレキシブル・ケーブルがデキストラン液を満たしたカニューレ
中を約20000rpmで回転する.当初,臨床に使用されたものの,ケーブルの接触によ
るカニューレの破損のため現在,使用が中止されているが,最近カバーを二重にして
再登場したときいている.この発展形としてケーブルを取りやめて,直接モーターを
接続することによって,AxiPump(1992)として再生している.Baylor/NASAポンプ
(1993)(図14),Jarvik2000ポンプ(1995)(図15),アーヘンのMicroaxial Pump
(1994),山崎らの心尖部から大動脈弁に抜けるポンプ(1992)(図16),バルボポンプ
(1992)等があり,とくにBaylor/NASAポンプは回転羽根外周に微小な永久磁石を埋
め込んで,モーターの回転子を兼ねさせている.これらいずれのポンプも工学的に洗
練された設計を行っているが回転軸を保持する軸受での血栓生成の問題を抱えてお
り,動圧軸受によるパージ液の加圧,あるいは磁性流体によるシールなど試みられて
いるが,長期使用の場合,完全に問題を解決したわけではない.
図14 Baylor-NASA 軸流ポンプの構造
図15 Jarvik2000 軸流ポンプの構造
図16 軸流ポンプ(Yamazaki)の構造
3.おわりに
以上,軸シール部の問題に注目し,ターボポンプ開発の歴史を紹介したが,共通し
て云えることは,大型のポンプに適用される工学的設計方法が,そのまま,血液ポン
プに通用するものではない.それは,小形であるがゆえに,体積の割には表面積が大
きくなり,表面摩擦が流れのパターンに大きく影響するだけでなく,エネルギーの大
幅な損失を招く.さらに,羽根とポンプケーシングの間の隙間の直径に対する割合が
大きく,これも流れのパターンを変えるとともに,漏れによるエネルギーの損失を招
いている.この上に,溶血・血栓という重大な要因が加わってくる.溶血には,ポン
プ内の流路中の鋭い角の有無,インペラーとポンプケーシングの間の隙間の流れおよ
びポンプ効率が関与しており,ポンプの概形のみからでは優劣を判断できない.血栓
防止には良好なwashoutが重要であることは言をまたない.軸シール部の摩擦トルク
は,その物理的性状から不確定な値を示すが,この軸シールを持たない磁気浮上ポン
プはそのトルクが安定しており,モータの電流と回転数の実測値から流量を流量計な
しで測定できる.これは非観血・非侵襲で計測できるばかりでなく,ポンプの装置と
しての価格を下げることができ,大きな利点を有する.誰しも考えることであるが,
定常流ポンプでも設定回転数を周期的に変動させることによって若干の効率低下を招
くものの拍動流が可能で,どの程度の拍動性を要求するかによって,モータの電気的
容量の増加の程度が決まる.
こうしてターボ型血液ポンプの開発の歴史を振り返るとき,すべての研究に共通す
ることではあるが,新しいコンセプトが提示されると,それが契機となって次々とそ
れに追従する研究が登場する.しかし,面白いユニークな発想が必ずしも臨床用ポン
プとしての可能性に結びつくとは限らず,使用期間が数日,数週間,数カ月,数年の
いずれに該当するのか,あるいは原理的に体内植込みが可能かどうか等を明確に認識
した上で開発研究を行うべき時機にそろそろ来ているのではないだろうか.
紙面の都合で,引用文献は一切省略させていただいたが,詳細は日本ME学会誌BME
特集号循環器系人工臓器,10巻10号(1996)P.29-36を参照いただくことでお許し願
いたい.
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