4.思いつくままに
  工業技術院における医療福祉機器分野の
  研究開発動向と最近の雑感


                                     通商産業省工業技術院総務部
                                     医療福祉機器技術企画官
                                     医療福祉機器技術研究開発調整室長
                                      渡辺  搖

 近年、日本における高齢化は世界的に例を見ないほどの早さで進んでいる。
とくに、新生児の誕生が減少したこと、戦後のベビーブームの世代が高齢を迎
えようとしていることから少子高齢化が問題となっている。2025年には4
人に1人が高齢者という高齢化社会が予測され、成人病の増加や疾病構造の変
化、健康意識の変化、身体機能の低下した高齢者・障害者の自立促進と介護負
担の軽減に対するニーズの高まり、さらに健康な高齢者の生きがいの追求と積
極的な社会参加への要請等の多様な社会的課題への対応が求められている。
 このような課題に的確に対応していくため、工業技術院では、昭和51年度
に創設した「医療福祉機器技術研究開発制度」のもと、最先端の産業技術を駆
使し、安全性、利便性に優れ、かつ経済性のある医療機器及び福祉用具の研究
開発に取り組んでいるところである。さらに、在宅介護の現場の切実なニーズ
に応える研究を推進するため、高齢者対応住宅と介護機器の両方を総合的に検
討する「先端在宅介護機器システムの研究開発」の研究施設の建設を平成5年
度より着手し、現在までに13棟のウエルフェアテクノハウスを建設している
ところである。
 また、平成5年度からは、福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律
(通産省、厚生省共管の法律)の施行に伴い「福祉機器情報収集・分析・提供
事業」、「福祉機器基盤技術研究」、「福祉用具実用化開発推進事業」を推進
している。
 一昨年6月には産業構造審議会・産業技術審議会の報告書が提出され、政府
研究開発投資の増額とともに、我が国の研究開発活動環境の改善のための制度
改善の必要性が指摘された。さらに、平成7年11月に、我が国が科学技術創
造立国を目指した”科学技術基本法”が可決成立し、今後一層の戦略的な対応
が必要となっている。
 医療福祉機器技術研究開発室としては、平成7年度より戦略的かつ長期的な
観点から以下に示す6つの分野の研究開発を進めている。

 1. 血液等微量採取/微量分析システム開発<予防・検査分野>
 血液をはじめとする生体試料を低侵襲で微量に採取し、得られた生体試料中
の細胞、遺伝子等の微細な変化(疾患情報)を詳細かつ多面的に高速度で分析
するシステム等、予防・検査分野における機器開発を実施する。
 2. 高精度三次元画像診断システム開発<診断分野>
 低周波磁界、超音波、ラジオ波、マイクロ波、赤外光、可視光、X線、γ線
等を活用する生体計測手法の高度化、高機能化及び新たな計測手法の開発によ
り、生体の形態情報、機能情報を無侵襲で3次元的に捉え可視化するシステム
等、診断分野における機器開発を実施する。
 3. 低侵襲手術支援システム開発<治療分野>
 X線CTやMRI等の画像情報を活用しながら、微小マニピュレータを正確
に誘導し、関節、脳、肝臓、心臓、さらには微小血管、神経等の患部の切開、
切除、接合等の手術を低侵襲での行うためのシステム等、治療分野における機
器開発を実施する。
 4. 人工臓器技術開発<機能代行分野>
 生体適合性材料技術、マイクロマシン技術、バイオ技術等の関連技術の進展
を踏まえ、人工心臓、人工肝臓、人工神経、人工骨等、機能代行分野における
機器開発を実施する。
 5. ヒューマンフレンドリー介護支援知能機器開発<自立・介護支援>
 要介護者の増加、若年労働力の減少等に的確に対応するため、ロボティクス
技術、エレクトロニクス技術等の進展を踏まえ、介護者の負担軽減及び要介護
者の自立促進を支援する知能機器等、自立・介護支援分野における機器開発を
実施する。
 6. 在宅福祉機器システム開発<在宅福祉>
 住宅本体との連携及び利用される機器相互のインターフェイスを考慮し、移
動、排泄、入浴等の住宅内での生活動作を支障なくこなすための支援機器等、
在宅福祉分野における機器開発を、平成5年度第3次補正予算及び平成7年度
第1、2次補正予算で整備したウェルフェアテクノハウスを活用して実施する。

 先にも触れたが、昨年11月に”科学技術基本法”が可決成立した。現在、
この法律を受け科学技術庁が中心となりながら「科学技術基本計画」を策定す
るべく鋭意作業が行われているという。また、一説には、策定される科学技術
基本計画には平成4年1月に科学技術会議が内閣総理大臣に対して行った『諮
問第18号「新世紀に向けてとるべき科学技術の総合的基本方策について」に対
する答申について』が、大きな影響を与えるのではないかと言われている。こ
の答申の第3章の2の(1)基礎的・先導的な科学として掲げられているもの
を見ると、次のようになっている。(ア)物質・材料系科学技術 (イ)情報・
電子系科学技術 (ウ)ライフサイエンス (エ)ソフト系科学 (オ)先端
的基盤科学技術 (カ)宇宙科学技術 (キ)海洋科学技術 (ク)地球科学
技術
どうやら「機械工学」そのものは、基礎的・先導的な科学技術として位置づけ
られてはいないようである。一方、私が担当している医療福祉機器部門はと見
ると、同章同節の(3)生活・社会の充実のための科学技術の(ア)健康の維
持・増進のなかで、医療技術の高度化・総合化にかこつけて読み込むのかと見
られなくもない。しかし、高齢化を真っ正面に踏まえた医療福祉機器といった
捉え方は希薄のように思われる。まして、トータルとしての機械工学はとなる
と、その位置づけに正直言って苦慮する。機械工学の原理的な考え方を通じ、
トータルなシステムとして社会に貢献する機械工学の役割は、基礎というより
応用と認識されるものと思われるが、このような仕分け方だけでは無く「機械
工学は社会の実需に対応する重要な科学技術」といった意味合いでの新たなア
イデンティティーの創出が求められているのではなかろうかと感じさせられる
今日この頃である。

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