4-1 Columbia 大学
  Orthopaedic Research Laboratoryに滞在して

                            北海道大学工学部
                            但野  茂
 Lai 教授と Mow 教授の提唱している Triphasic Theory(Mechano- electrochemical theory)に興味を持ったことがアメリカ滞在の動機であっ た。早速、Lai 教授に手紙を書いた。Mow 教授から返事が来た。何も知らなかっ たが、Laboratory の Director が、Van C. Mow 教授であった。「丁度、椎間 板の Triphasic Theory に関する Project を開始している。おまえは、Spine Biomechanics が専門だろうから、Columbia に滞在させる審査をする。すぐに 3通の推薦状を送れ」との内容だった。そして、New York 生活が始まった。結 局、平成7年3月末から11月まで、New York 市にある Columbia 大学医学部 整形外科 Orthopaedic Research Laboratory に滞在した。
 Columbia 大学は、Manhattan に2つのキャンパスを持っている。Central Park 北の閑静な住宅街にある Morningside キャンパスは、都会的に洗練された 古き東部IVリーグの面影を残したもので、New York の重要な観光スポットに なっている。それに比べると医学部は、多くの関連病院や研究所とともに、 Manhattan 168丁目界隈のいわゆるヒスパニック・ハーレムの中心的存在だっ た。行く前だったか、Mow 教授に New York は危険な所と聞いているが、と余 計なことをいってしまった。教授はアメリカ政府による最近の統計を引き出し て、Washington, Baltimore, Los Angeles, etc(計10都市を列挙)より ずっと安全だと、心配させないようにか、丁寧に教えていただいた。かえって、 ちょっと不安になった。研究室の学生は、暗くなったら大学近辺は歩かないほう がいい、とまず最初に忠告してくれた。いつも暮れないうちに帰った。でも、毎 日バスで通っているうちに、すっかり溶け込んだ。
 Orthopaedic Research Laboratory は、V.C. Mow 教授が Director として 招請されて1986年に医学部整形外科に設立された。教授は、Rensselaer Polytechnic Institute 機械工学科の出身で、Bio ではない Tribology の理論 解析分野で多くのすぐれた業績を残している。Laboratory といってもその規模 は、日本の大学の大講座位はある。研究室の組織と運営形態を見ると、医学部整 形外科と工学部機械工学科が非常に有機的に連携された体制をとっている。医学 部にあるが、どちらかというと整形外科よりは、機械工学科の体制に重きを置い ている感じを受けた。ちなみに現在の工学部機械工学科には5人の教授がいる が、そのうち2人はこの Lab.の V.C. Mow 教授、M.M. Lai 教授である。Lai 教 授が現在機械工学科長であることによるかも知れないが、この Lab. の Biomechanics 研究が、Columbia 大学機械工学科の重要な位置を占めている。 Biomechanics は、もはや境界領域の研究ではなく、機械工学の重要な一分野を 形成していた。
 Lab. の Research Staff には、V.C. Mow 教授、M.M. Lai 教授、R.J. Pawluk 教授、G.A. Ateshian 助教授、A. Ratcliffe 準教授ほか、6名がい る。Clinical Research Staff としては、整形外科主任教授の H.M Dick 教授を はじめ11名の臨床医が名を連ねている。Postdoctoral Fellows と Visiting Scholars には、私を含めて5名、さらに15名の大学院生(すべて工学部大学 院生)と3名の Assistance から構成されている。大変な大所帯で、医学部研究 棟である Black Building の14階にある研究室は、どの実験室も人で溢れてい た。夏休みともなると、他大学から多くの Summer Student を受け入れてい た。彼等には机のスペースも見い出せないほどだった。大学院生では、中国人学 生の数が非常に目立った。その理由は二人の教授が中国系であることにもよると 思うが、しかしColumbia 大学医学部全体でも、非常に中国人留学生が多く感じ られた。
 研究室は驚くほどシステマティックに運営されている。一端を紹介する。毎週 金曜日の午後に、次週の予定表が研究室内のインターネットを介して示される。 これは、各自が端末をログオンすると自動的にメニュー画面に現われる。ここの 研究室では 整形外科領域全般にわたる5つの Clinical Work Group と4つの Basic Science Group がある。前者には、Hand/osteochondral Work Group、Growth Plate Work Group/Tissue Engineering、Knee Work Group、 Shoulder Work Group、Spine Work Group である。後者には、 Tissue Engineering Group、Triphasic Group、Joint Biomechanics and Imaging Group、Molecular Biology Group である。それぞれ週1回の Meeting を行っていた。Clinical Research でも臨床直結型の研究はほとんど 見られない。また、短絡的な Engineering Application は考えていない。それ らの研究基盤は、Biomechanics による組織生理学のようである。それで、多く の機械工学の Ph.D を輩出していた。この研究室の強みは、Biochemistry と Biomechanics の融合を探っていることにある。それは、先駆的な非常に発展性 のある領域と感じた。全ての研究グループは、Mow 教授の強力な指揮と指導の 下に運営されている。大変な労力である。さらに、Basic Science と称する学会 形式の研究会を毎週行っている。これは、ある特定のテーマに関し総括的な論文 調査を大学院生等が発表するものである。今期は Biotribology がテーマであっ た。日本における Biotribology の現況を、大阪市立大学整形外科から来ていた 北野先生が報告した。また、Lai 教授が、Multiphasic Course(Biphasic & Triphasic theory の連続体力学)と称する講義を週1回研究室内で開いてくれ た。教授は、連続体力学の基盤となる、固体力学、流体力学の数理解析に非常に 優れた人である。教授の講義は、私にとって非常に楽しみで有益であった。
 私は Spine Group と Triphasic Group に参加した。Meeting の内容は、ほ とんど Grant の Proposal だった。アメリカで生き延びることの大変さを垣間 見る思いで、非常に参考となった。Proposal を作る過程が、すなわち研究過程 であった。Proposal には、当該研究の過去の実績が重要なことはもちろん、そ の上で新たなアイデアや戦略を築き上げること、新たな理論や実験装置等の開発 はほとんど終えて、その詳細な説明が盛り込まれていること、当該研究に関する パイロット研究に未発表の貴重な成果を上げていることなどが必要となる。今丁 度手元にある原稿を見ると、一研究に関し約50ページはある。ここまでまとめら れていると、実験結果を出せばいくらでも Paper が作れる気がする。そうなら ば、研究費を新たに申請しなくても良いのでは、と思ったりした。
 Triphasic Theory は、まだ発展途上で、多くの実験実証の課題が残されてい る。しかし、理論構築の華麗さには目を見張る。滞在が短かったこともあり、多 くの宿題を抱えて日本に帰ってきてしまった。生体力学現象を解明するための数 理的理論構築の重要性をあらためて深く認識している。また Mow 教授と Lai 教 授の絶妙なパートナーシップから、多くのことを教えられた。私が帰国する間際 に、Columbia 大学では、Bioengineering Center が設立され、Mow 教授が設 立 Director となった。Biomechanics の方向を示してくれる重要な研究拠点の 一つとして、Columbia 大学 Mow Laboratory の動向を、今後とも見守ってい きたい。
 最後に、渡米中多くの先生から、日本や学会の近況を盛り込んだ心暖まる励ま しのお便りを頂いた。この場をお借りして、心より感謝申し上げます。

    コロンビア大学医学部
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