東海大学開発工学部医用生体工学科 山口隆美 世上、とくに、ビジネス関係の世界では、最近internet の話題で喧しい(ら しい)ことはご承知の通りです。とくに、その中心を占めているのが、World Wide Web (WWW) と、その情報を引き出すための道具 (browser) であるMosaic (最近は、Netscape というのが標準になりつつあるようですが)の話題です。 アカデミックな世界では、すでに、10年以上前から Internet 上の電子メイ ル (E-mail) がそこそこ普及していましたので、最近のブームを見ると、なに を今頃という感じの方も多いのではないかと思われます。しかし、私共の研究 室でも WWW のサーバを立ち上げてみておりますが、私は、この WWW と Mosaic の開く世界は、もしかしたら、これまで我々が知っていた世界と、あ る意味で、本質的に違う世界になるかもしれないという感じがしております。 そこで、その感想についてご紹介したいと思います。 WWWというのは何であるか、一口で言えないのですが、ある形式のもとで、 internet 上に公開された情報の集積であるということが出来るでしょうか。 情報には、ある(世界的に)統一されたアドレスがついていて、ネットワーク さえ生きていれば、世界中のどこからでも、どこの情報にもアクセスが可能に なっています。そのアクセスを行い、情報を引き出すためのソフトウェアが browser と呼ばれるもので、上に述べたように、無料で配布されてきた Mosaic というのが老舗(といっても、せいぜい1ー2年の話ですが)で、最 近は、商品化された Netscape が標準になろうとしているというのは、この手 の話に多少でも関心のある方はよくご承知の通りです。 これだけですと、ある程度以上、お年を召した先生方を中心に、要するにパソ コン通信遊びの話かという反応が必ず返ってきそうです。ところが、私の考え では、このシステムはアカデミックな世界を大きく変えつつあると思うのです。 その最大の要因は、このシステムには、思いつく限りの情報をすべてのせるこ とができることにあります。文字は言うまでもなく、音声、画像(静止画、動 画)、生の測定データ、そして、多分、遠くない将来、触感とか臭いまで。し かも、それらが、ダイナミックにリンクしています。情報相互の関係が固定的、 静止的でないのが特徴です。これこそ、多分、グーテンベルクの印刷術の発明 以来の情報革命ではないかとさえ考えられます。 事実、必ずしも、WWW の普及以後ではありませんが、ある種の研究分野では、 E-mail による研究の速報が常識化しつつあります。最近では、フェルマーの 最終定理の証明の話が注目を引きましたが、これも、発表と確認は、ほとんど、 E-mail の上でなされたそうです。生物化学の分野では、最近、タンパク質の 研究で、あるタンパク質の遺伝子配列の研究をどこかの研究施設が始めると、 世界中の関連の施設は、その研究をやめて、タンパク合成器をセットして E-mail を待つようになったという話です。塩基配列がわかると、それが E-mail で世界に流れ、待ちかまえていた合成器がその配列をもとに合成にか かりだすのだそうです。 つまり、印刷媒体を中心にした研究成果の発表という形式は過去のものになり つつあるのです。これは、ニュートンとかライプニッツとかが雑誌などと言う 便利なものがなくて、手紙を相互に書いて研究発表をしていた時代に、大規模、 かつ、高速な形式で回帰しつつあるとも言えます。もちろん、現在では、印刷 公刊された論文という形式がプライオリティを証明する唯一の手段ですから、 そのために、雑誌に投稿するという形式は踏まなければなりませんが、E-mail 上でのプライオリティの確認手段(これは技術的には簡単です)が普及すれば、 必要なくなることは明らかでしょう。 WWW 上の研究発表では、上に述べたように、テキストだけではなく、考えられ るあらゆる形式の情報を含むことが可能です。数式の表現にはTEX という手段 がありますし(欧米の論文誌は4ー5年前から TEX の形式での投稿を受け付 けています。例えば、我々の分野でいえば、J.Biomech.Eng など)、とりあえ ず、論文にカラー写真をのせるために取られる高額の料金を考えただけでこれ は魅力です。動画でなければ表現できない情報を音声付きで発表することも可 能です。しかも、一度公開されたらその情報は瞬時に世界に広がるのです。雑 誌を含む印刷媒体というものが、早晩過去の遺物になることは明らかでしょう。 すでに、WWW を使用した学会というものが実現しています。参加者は、普通に 募集された演題が集積されているサーバとネットワーク接続してこれを見るの です。要するに、ポスター発表だけの学会と同じです。討論したい参加者は、 発表者にメイルをかけばいいのです。WWW からは、そのまま手元のコンピュー タのファイルに内容をコピーできますから、プロシーデイングスの必要はない ようなものですが、一応 CD-ROM で作られたそうです。 もっと、ある意味で驚くべき事業というのは、アメリカで進行中の Visible Man (Woman) プロジェクトでしょうか。これは、バイオ部門としても見逃せな い内容をもっています。コロラド州立大学のチームが国立医学図書館の委託を うけて、死刑囚の屍体を用い、これを、頭の天辺から爪先まで、1mm 刻みで、 実物のスライスのカラー写真、CT と MRI のスライスのデータにしたというも のです。このデータは、15Gbyte あって、internet を経由して頒布されるの です。全部で 140 万ドルかかったそうですが、情報単価は、たったの 100 byte/cent です。これを、印刷するなどということは誰も考えないでしょうが、 ネットワークならでは仕事といえますし、また、このようなデータが公開され るということの意義は非常に大きいと思います。 もちろん、新技術には、いろいろと問題があることはやむを得ません。最大の ネックは、ネットワークのスピードと容量でしょう。前述の Visible Man の データは、現段階では、アメリカの基幹高速ネットワークに接続したノードで も、転送するのに、2週間を要するそうです。しかし、これは、大量の印刷の ために高速輪転機が発明されたように、技術、しかも、情報の本質と別の次元 の技術の問題です。現在、我々が利用していて感じる最大の問題は、実は、言 語の問題です。日本では、先人の努力で、internet の日本語化が進んでいる のですが、これがかえってある意味で世界とのコミュニケーションにおける障 害になっています。internet は、良くも悪しくも、英語の世界なのです。し かも、やや、逆説的なことに、これは、読み書きの英語の世界なのです。会話 能力に重点をおきはじめてきたように見えるわが国の英語教育はかなりの発想 の転換が必要です。 さて、この他にも、この問題では論ずるべきことは多いのですが、紙数(とい う表現も過去のものになりつつありわけですが)もつきましたので、これでと りあえず、終わりにしておきます。 最後に、わがバイオ部門でも、メイリングリストに引き続き、信州大学の小林 俊一先生のご尽力で、WWW のホームページが実験的に開設されており、多分、 この記事が印刷公刊される頃までには、世界の同様のホームページとリンクさ れていることをつけ加えておきます。ご興味のある向きには、下のアドレスが 参考になるかと思います。 http://newton.shinshu-u.ac.jp/JSMEBIO